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「視線を感じる?」

 パイモンの質問になまえはゆっくりと頷き、「わたしの気のせいかもしれないけど、」と付け加えた。旅人は店の周りを少しだけ見回して、こちらを見ている人物が誰もいないことを確認すると、今は大丈夫みたいだね、となまえを安心させるように微笑を浮かべた。旅人の笑顔を見て緊張が解れたのか、なまえはつられて少しだけ笑う。だが、すぐに表情を曇らせてしまった。

「わたしも最初はそんなわけないだろうって思って、あまり考えないようにしていたんです。でも、建物の影に誰かが隠れるのを見ることが多くなってきて……」
「どんなやつだったか、覚えてるか?」
「いえ……。誰かいたな、ってくらいなので、毎回同じ人なのかも分からないです。ごめんなさい、相談しているのに情報が曖昧で……」

 パイモンが最後のハッシュポテトに口をつけた。揚げたての衣に歯を立てる音が心地よく、味も申し分ないのか、パイモンの顔がほころぶ。その様子を見た旅人は、パイモンがなまえの答えをあまり聞いていないことを察して、大丈夫と返した。
 旅人は、己に頼りきりなパイモンを見て少しだけ溜息をついて、オレンジジュースのストローに口をつけた。
 飲食スペースのある鹿狩りの周辺は通りに面していることもあり、見晴らしが良く見えるが、店舗が密集している分、路地も多い。喧騒とまではいかないが人の通りも良く、誰かが路地に入っていくところを人が隠れた、と認識することもできなくはなかった。
 旅人はゆっくりと瞼を細めたあと、任せて、となまえに言った。

「ありがとうございます。わたしはこれからお店の開店準備があるのですが、もし、周りで変な人を見つけたら、捕まえてほしいです。報酬は……」

 それから暫くして、なまえが経営する雑貨屋が開いた。小物を広げやすい幅のあるカウンターの奥からなまえが出てきた頃、旅人は目星をつけていた路地のほうを見遣って、どこかやりづらそうに、苦い笑いをこぼした。
 建物の影から、白い髪の毛先がちらりと現れて、続けてそうっと、新緑色の瞳がのぞいた。視線の先には液体の入った小瓶を磨いているなまえの姿があった。少年はなまえを見つめて、すぐにまた隠れて、しかし名残惜しそうにまた視線を送る。

「ベネット!」
「うわぁっ!?」

 ベネットと呼ばれた少年の背に、パイモンの声がぶつかった。背をそらし、吃驚の声をあげて振り向いたベネットは、少しきまずそうな顔をしている旅人と、大きく瞬きをしているパイモンを見て、額に脂汗が浮かぶのを感じていた。

「た……旅人、パイモン……」
「なんでこんなところにいるんだ?」
「いや、その……」

 やっぱり。
 旅人は独り言のように呟いて、恥ずかしそうに俯くベネットをじっとりとした目で見遣った。なまえに視線を送っている人物が誰であるかを、初めから分かっていたようである。

「その……違うんだ。別になまえを見てたとかじゃなくて……」
「見てただろ!」
「うう……」

 パイモンに言い返され、ベネットは口ごもった。

「なまえの店で買い物したいのか? 今なら他のお客さんもいないし、行ってみたらどうだ?」
「……俺が行ったら、なまえが今持ってる瓶を割っちゃうかもしれないだろ?」
「行ってみないとわからないだろ!」
「前行ったら、なまえの店の商品を五つもダメにしちゃって……」
「うわぁ……」

 旅人は、ベネットの様子がいつもと違うことに気が付いた。ここまで自分の体質を気にしてこそこそと行動をする彼を不思議に思い、口を開く。どうしてそんなに消極的なの? ベネットらしくないよ。旅人がそう言えば、ベネットは少しばかり顔を赤らめて、鼻先を擦った。

「……嫌われたくないんだ」

 答えを聞いて、パイモンと旅人は二人して顔を見合わせる。「なるべく遠くから、見ていたいというか……」「なまえに用があるんじゃないのか?」「用はあるんだけど……」そう口ごもるベネットは、視線をいろんなところへとやって、旅人の足元へと辿り着く。

「なまえのことを見てたのって、ベネットだったんだな。オイラたち、なまえから『最近変な視線を感じて怖いから、犯人を見つけてほしい』って依頼を受けてたんだ。なまえは犯人がベネットだってことは分かってないみたいだったけど、すごく不安そうだったぞ」
「そんな……」

 ベネットは見るからに落ち込んで眉を下げた。普段の陽気な表情からは想像がつかないほど、顔が青々としている。

「ベネットはなまえと仲良くなりたいんじゃないのか?」
「なりたいけど……俺のせいで、なまえが困るようなことはしたくないんだ」
「でもベネットがこんなところでもじもじしてるから、なまえが不安になってるんだぞ」
「う……」

 旅人は、なんとかしてうまくいく方法がないかを考えていた。ベネットはなまえと仲良くなりたいが、彼は自分の体質を気にしてうまく行動を起こせない。そこに疑問を持った旅人は、原因を探るべくベネットに問いかける。
 ベネットはなまえのことが好きなの?
 ベネットは顔を真っ赤にして黙り込んだ。

「えー!!」
「パ、パイモン、声が大きい!」

 騒ぎ立てるパイモンに、ベネットは声を抑えるように言うが、パイモンは続ける。

「じゃあなんでこんなとこでストーカーみたいなことしてるんだ!」
「ストーカー!?」
「だってこんなのストーカーだろ!」

 改めて自分のしていること客観的に見てショックを受けたのか、ベネットは凍りついてしまった。「仲良くなりたいなら、こんなことしてる場合じゃないはずだ! ……むぐぐ!」旅人はパイモンの両手で口を塞いで、静かに、と叱りつける。

「お、俺だってそんなの分かってる! でも、相手に迷惑がかかるようなことをしてまで仲良くなりたいわけじゃない!」
「でもこのままだと、ベネットはなまえを眺められていいかもしれないけど、なまえは不安な日々を送るしかなくなっちゃうぞ」

 旅人の制する手をかいくぐり、なるべく小さな声でパイモンは言った。「それは嫌だ……」ベネットは悲しそうな顔で瞼を伏せた。
 人を思いやれるベネットがどうしてこんなことをしているのか、旅人は疑問で仕方がなかったが、答えを知ることができて一安心したようだった。旅人は暫く考え込んだあと、大丈夫、とベネットに声をかけた。

「大丈夫って……」
「ベネットさん?」
「うわあっ!」

 ベネットの驚く声になまえも驚いたが、すぐさま「ここに誰かいたんですか、」と路地の奥のほうを覗き込んだ。
 旅人はそれを見て、表情を穏やかにした。そして柔らかい声で、ベネットが怪しい人を追い払ってくれたんだよ、と説明すると、なまえは素直にそれを嬉しがって、ベネットの手を両手で握って感謝の言葉を伝えた。

「ありがとうございます。怪我とかしてませんか」
「あ……うん」
「よかった……」

 緊張しているベネットをよそに、なまえは旅人のほうを向いて「報酬は御二方に半分ずつでもいいですか」と聞くので、旅人はそれを快く受け入れた。ベネットも最初は遠慮をしたが、旅人となまえとパイモンに押されるまま、報酬を受け取った。
 今回は追い払えたが、次もまた同じことが起こるかわからない。旅人は、ベネットがときどきお店の周りを警備すれば犯人も諦めるのでは、と提案してみせた。なまえも、ベネットなら安心して任せられると乗り気になっている。

「ベネットさんの都合が良ければ是非お願いしたいです」
「お、俺は、大丈夫だけど……」
「けど……?」
「……、いや。その依頼、俺に任せてくれ!」

 ベネットの笑顔に、なまえも笑って応える。なまえに手を引かれて出た暗い路地の外は明るく、その場にいた誰の心も晴れやかであった。



「報酬は減っちゃったけど……二人がいい感じになってよかったな」

 そうだね、と旅人は返事をして、出来立てのポトフに浮かぶジャガイモをスプーンで掬い上げる。夕飯にしては幾分か早い時間ではあるが、次の探索依頼のための腹拵えのようだった。「でも……なまえは、自分を見てたのがベネットだとは思わなかったんだな」パイモンはミントゼリーを口に含んだ。口内に広がる爽快感が残っている間に、ストローを咥えて甘いチョコレートドリンクを吸い上げる。
 そこは……ベネットの人柄かもね。旅人は依頼書を眺めながら目を細めた。

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