SSS | ナノ


 璃月の天空が、過去最大とさえ謂われた流星群で埋め尽くされた夜に、甘雨は数多の星に願った。己が通い詰めている、花屋の女が摘んだ花を一度でいいから食べてみたいというものだ。私欲を願っても罰は当たらない、と金の髪を風に流した旅人に言われるまま、胸の奥に秘めていた想いを雲よりも高いところへと託したのである。
 次の日、甘雨のもとに小さな花籠が届いた。両手を重ねて掬えてしまうくらいの小さな花籠だった。それの中には白い清心の花が詰まっていて、甘雨は花の本数を数えているうちに、そのすべての花びらを食べてしまっていた。
 残ったものといえば茎と萼片と花蕊くらいで、先程まで甘雨の手の中にあった美しい花籠は無くなっていた。女が甘雨のために摘んできたであろう花は、甘雨にその美しい姿を眺められる間もなくこの世界から消えて無くなった。璃月の山岳の上で優雅に咲き誇り、人の目的のままに摘まれ、その短い生涯を、人間と仙人の混血に食いつぶされた。
「私……、」
 籠の中の残骸を見て、甘雨は後悔の念を口から零した。
 せめて花びらを食べるのは一日一枚と決めておくべきだった。ゆっくりと噛みしめて味わうべきだった。一度でいいなどという願いは嘘だ。明日も明後日も、あの命が尽きるその日まで、自分に毎日この籠を届けてほしい。
 甘雨が籠を抱えて途方に暮れていると、部屋の扉が叩かれた。甘雨は立ち上がり、気を引き締めてからどうぞ、と言うと、花屋の女が部屋に入ってきた。
「甘雨さま、今日どうしても清心の花が必要なんですよね。だから、持ってきたんです」
「どうして……」
「旅人さんが教えてくれたんですよ」
 女の腕の中には、綺麗に包まれた清心の花束があった。女は甘雨に花束を差し出して、言った。
「千と八百モラになります」

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -