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#完凸公子の設定を含んでいます



 なまえが俺に甘く擦り寄り、それに応えて優しく腰を抱けば、なまえは俺の首にそっと腕を回して何度もキスをしてくれた。爪先立ちをして、一生懸命に首を伸ばして、俺の唇を可愛らしく啄んでくれる。求められるままに口を開ければ軽く舌を入れてくる、けれどすぐに引っ込んで、唇の裏側の粘膜を優しく舐めるだけに終わった。舌を絡めてあげても良かったけれど、なまえから積極的にしてくれることが何よりも嬉しくて、つい受け手に回ってしまう。「はあ、」息継ぎの吐息に鼓膜を揺らされて、身体全体が熱を持ち始める。
 そのまま強く抱きしめてしまおうと腕を開くと、なまえは性急に俺の身体をまさぐった。上着を強引に脱がされ、突然のことに狼狽する。少し視線を落とせば嫉妬深い目でこちらを見つめるなまえがいて、俺はその視線にぞくりとした。襟を掴まれ、ぐいと引き寄せられる。「誰と一緒にいたの?」なまえの瞳に揺らめく炎が宿り、瞬く間に燃え上がったそれを、俺はただ、綺麗だな、と思いながら静かに眺めていた。

「匂いがする」
「へえ、なんの?」

 突き刺さる疑心の瞳に喜びを感じ、こちらもなまえの服をはだけさせようとすれば、小さな手が俺の手首を掴んだ。「女の人の匂い」「気のせいだよ」「気のせいじゃない」俺の首筋に顔を埋めて、なまえは短い呼吸を始める。そんな一瞬の行動にすらどきりとしてしまって、いよいよもどかしい。向こうは何かしらを確認するためにそうしているだけなのに、俺はなまえに近づかれたことがただただ嬉しくて心臓を跳ねさせている。
 なまえは、すんすんと可愛らしく鼻を鳴らして、俺の今日一日の行動を疑った。

「今日女の子と一緒にいたでしょ」
「……そうだっけ? なまえ、俺のこと監視してるの?」
「最近よく一緒に歩いてる子いるじゃん」
「あれなら部下だよ」
「部下だって女の子でしょ! 距離もだけど、こんなに顔近づけてた」

 なまえは声を荒げ、俺の胸ぐらを掴んでぐっと距離を詰める。頬に触れそうなほど顔を近づけるものだから、そのままキスをしてしまいそうになったが、軽く避けられてしまう。お互いの呼吸が肌を擦れ合って気持ちが良い。怒りに震えるなまえの呼吸が皮膚を湿らせてくる。俺を見上げ、ぎろりと睨みつけてくるその視線だってたまらない。なまえはあんな部下なんかに嫉妬して、激情を燃やしている。

「あれは向こうの背が低かったから、声がよく聞こえなくて、こうして耳を近づけただけだよ」

 なまえの両手を奪って、耳に唇を近づける。甘く低い声でそう囁けば、なまえは息を詰めて一歩後ろに下がろうとした。俺は手を離し、今度はなまえの背中を捕まえて、ぎゅうっと優しく抱きしめては赤く染まりかけた耳殻にキスをした。ジャケットが無い分、なまえの体温がいつもより身近に感じられて嬉しい。耳にもう一度キスをするために唇を尖らせると、なまえが俺のシャツを握りしめて、後方へと引っ張った。

「……そうやって、チューもしたの」

 不安そうな声に、俺の胸は激しく高鳴ってしまう。震え始めた肩と語尾上がりの言葉に、どうしても口元が緩んでしまった。「してないよ、」こぼれた声は歓喜を含んでにやついてしまった。なまえはそれに反応して、俺の腕の中で暴れ始める。

「うそ、嘘ばっか、アヤックスの嘘つき、やっぱり女の子と一緒に居て、距離もすごく近かったんだ!」
「それはそうだけど、不可抗力だし、なまえが思ってるような関係はないよ」
「うるさい!! 離してよ!!」

 興奮して騒ぎ始めたなまえは、俺の腕から逃れようと懸命にもがいた。涙声で暴れるなまえは本当に可愛くて、手首を捻ってやったらどんな顔をするだろうと考えるだけで背筋がぞくぞくする。
 なんの関係もない女の子に嫉妬して、感情に振り回されて、挙げ句の果てには大声で泣く。その子には恋人がいるから心配しなくても大丈夫だよ、と言ったら落ち着くだろうか。いてもいなくても関係ないと火に油を注ぐだけか。何にしろ、なまえが俺を観察している事実は変わらないし、それを知っていながら疑惑をかけられるような行動をしてなまえを試している俺がいるのも本当のことだ。
 俺はこんなにもなまえに愛されていると実感できる瞬間だった。「ばか! 嫌い!」腕も肩も殴られて、足も蹴飛ばされて、なのに全然痛くはなかった。「きらい、」弱々しい声で感情を吐き出して、俺の胸に涙を押し付ける。

「嫉妬したんだ?」
「してない」
「俺が他の女の子と一緒に歩いてるのが気に入らなかったんだね」
「違う」
「あの子にキスしたかもって思って不安になった?」
「なってない!」
「俺はなまえのことが好きだから、他の子とキスしたりなんかしないよ」
「そんなの、分かんないじゃん、好きじゃなくてもチューとかするくせに」
「好きでもないのにキスなんかしないよ」
「するよ」

 どこから捻り出したのか、なまえは強い力で俺を押し除けた。俺は、尋常ではないその力に押し負けて後退してしまう。腕を伸ばした状態のまま固まっているなまえは、俯いて目元を隠してしまっていた。泣いている様子はない。怒りで震えているわけでもない。なまえはゆっくりと両腕を下ろし、動揺する気のない俺の瞳を見つめる。

「アヤックスのことが好きな女の子が、戦場で死ぬ間際にキスしてって懇願してきたら、アヤックスは、するよ」

 そう言って、目元に涙を溜める。薄く染まった頬に涙を垂らして、強い目でこちらを睨みつけた。
 それは嫉妬ではなく、恨みでもなく怒りでもない。俺を信じている瞳だ。
 ふう、と息を一つ吐き、なまえを落ち着かせるために薄く笑ってみせる。

「なまえは一回も俺にキスしてって言ってくれたことなんかないだろ」
「……はあ?」
「それに、俺は戦場でなまえを放っておいたりなんかしないし」
「なに?」
「なまえを戦場になんか出さないよ」
「なに言ってるの?」

 捲し立てて、ふと気づく。「俺のことが好きな女の子って、なまえのことじゃないの?」「わたしなわけないでしょ! 人の話聞け!」彼女の中で燃える炎は瞬く間に天に昇り、身を振って火の粉を散らした。俺はそれらが己の身に降りかかるのを心より嬉しく思っている、けれども共に燃えるようなことはしない。燃えれば灰になるだけだ。俺はなまえという女が俺を糧にして燃え尽きるのを、全身全霊で止めるためにここにいる。俺を火種に燃えるのは良い、ただ、その炎が消えてはならない。燃え尽きてはいけない。

「俺が他の女の子にキスするの、考えるだけでも嫌なんだ」
「そういうことじゃない」
「じゃあ何?」
「……もういい」

 脱力したなまえはゆっくりと鎮火して、じっとりとした視線で俺を見た。熱を孕むわけでなく、湯が冷めたようでもない、潤った瞳である。諦めか、失望か、そのどちらでもないことを俺は知っている。

「確かに、その状況の俺はなまえの想像の通りに動くかもしれない。ただ、それがなまえに伝わるようなヘマはしない」
「当たり前でしょ、だってアヤックスだもん」

 なまえという女は、アヤックスのことを一番よく知っていて、故に俺のことを何も知らない。

「だから……俺は、なまえ以外の女の子にキスしたりなんかしないよ」

 そう言ってなまえに擦り寄り、静かに唇を近づける。なまえ俺の広げた腕に肩を跳ねさせながらも、大人しく抱擁を受け入れた。「ん、」背伸びして、と軽く顎で誘い、近づいてきたなまえの唇に優しくキスをする。「んん、」腕の中で身じろぐなまえは可愛くて、このままベッドに放り投げてしまいたいくらいだった。
 こういったくだらない痴話喧嘩も悪くないかもな、とカップの中身を口の中に流し込む。なまえは冒険者協会からの依頼で夕方まで帰ってこないし、もうしばらくこの話の続きを考える時間はありそうだ。
 二人して穏やかなキスをしたあとに、冷たいシングルベッドに身を潜めて、シーツの海を温めるのだ。湿った空気を吸って、甘い言葉と少しの煽りを吐いて、お互いに快楽を与え合って長い夜を過ごす。名前を呼び合い、少しだけ心に針の痛みを受けながら、劣情でくるんだ愛欲をなまえの内側に激しく叩き込んでみせる。「あ、うぅ、う、」溢れる声を唇で揉んで、そのまま吸って、嗚咽も悲鳴も全部飲み込んでやりたい。嬌声だけが打ち出されるようになったら、あとはしつこいほどに優しく甘やかして、ぐちゃぐちゃに溶かして遊んでやりたいな。
 なまえの思考パターンはそこまで複雑なものではないから、このシミュレーションは良い筋ではあると思う。ただ、冒頭のくだりから始めることだけはどうしても難しく、何ならその後の流れすらまともに掴めるかすら分からない。そもそもなまえは俺の昼夜に渡る行動を把握したがるような人間ではないし、この妄想自体なかなかに無理があるような気もしてきてしまった。ううん、と唸り、昂る身体を鎮めるために手に取ったカップを傾ける。口内に流れ行く真っ直ぐな味の紅茶は、まるでなまえのような口当たりで、つい、目を細めてしまった。飲み干した際に感じられたほのかな苦みが、本当に、本当に、なまえとよく似ているのである。

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