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#完凸公子の設定を含んでいます



 安っぽい壁掛け時計から流れ出る秒針の音がいやに耳に刺さる。こんなに大きい音だったのかと疑念を向けるも、他の時計と聴き比べる術はない。
 黙り込むなまえはまともに会話すらしてくれなくて、俺の脚の間に座り込んでは脱力していた。俺の身体を椅子のように使い、すっかり気を緩ませている。軽く首を捻り、俺の左胸に耳を擦り付けて、ぼうっとしているのだ。「……、」俺はどうにも現状を信じることができないまま、五分が経過したことを観測した。

「……なまえ?」
「なに」
「何かあったの?」
「なにも」

 何もないのにこんなことをする奴があるだろうか、こんな、人の心を惑わせて遊ぶようなことを。口の端が引き攣るも、それは笑みの延長線でしかなく、俺は確かになまえの行動に対して喜びを感じてしまっている。
 部屋に飛び込んできたと思えば上着を脱げと強要され、言う通りにすれば今度はソファに座れと命令されて、理由を訊けば返答も貰えず急かされた。そして、股の間にお尻を押し込まれて、人の胴体を背もたれ扱いして、腕すら肘掛けの代わりにされている。その格好は身の丈に合わない椅子に座ってふんぞり返る子どもの姿か、男を口でもてあそび心の揺らぎを楽しもうとする悪女の姿か。どちらでも構わない。踵を軸に靴の爪先を合わせて音を鳴らしているのは、紛れもなくなまえであるからだ。
 嬉しい、凄く嬉しい、なまえからこんなに距離を詰めてきてくれるなんて、興奮を抑え込むことに必死で動揺さえ隠せない。深呼吸をすればなまえの匂いが鼻腔を掠め、肺に入った。己の心拍数はだんだんと上がってゆき、それがなまえにも筒抜けなのかと思うと、気恥ずかしさでどうにかなりそうだった。

(……やば、)

 そして、それは肉体の方面へと素直に反映されてしまう。寧ろなまえが脚の間に座り込んできた段階で何の反応もしなかったのが奇跡に近かった。熱のこもる半身に気づかれてはいけないと、何か気を逸らすための話題でも振ろうとしたその時だった。

「……ベルト外して」
「はっ?」
「腰になんか当たってる、座り心地悪い」
「いやそれは、」

 装飾品でもなんでもなく、俺の肉体の一部である。「……他のところに座りなよ」「やだ、ここがいい」「じゃあ我慢して」「なんで、ちょっと外すだけでしょ」俺の腰についている神の目が当たっていると思い込んでいるのか、なまえは執拗にそれを退かそうとする。

「無理だよ」

 なまえのつむじに顎を乗せて、こちらも全身の力を抜いた。腰を少しだけ前に出して、なまえのお尻に熱源を押し付ける。まだ硬度はそんなにない、けれども接触すれば確実に違和感を持つであろうそれを、言葉を介せずに理解させようと俺なりに努力した結果である。
 顔面に軽く血が昇っていくのが分かる。シャツ一枚と皮膚一枚、それから僅かな肉と数本の肋の奥で暴れている心臓が、いっそのこと体外に出てしまいたいと脈打っている。どうせ期待通りになんていかない、行くはずがない。なまえにそんな気はないし、俺の太ももを緩やかに撫でるのも手持ち無沙汰であるからだし、不機嫌そうに鼻を鳴らしているのも、俺が興奮しているのに不快感を示しているからだろうし、「だから、ベルト外してって、言ってるじゃん」頑なに席を立とうとしないのも、自分の意見を通したいからでしかない。

「早くしてよ……」

 細い指が俺の手に絡みついてくる。柔らかくて細い、握り拳なんか俺の手で包みこめてしまいそうなほど小さな手が、俺の手を掴んでいる。「えっ?」両手で手を取られ、腕を抱きとめられる。

「はっ? なまえっ? 何してるの、ちょっと、胸当たってるって、」
「…………、」
「なまえっ、ッあ、」

 下半身が熱を溜め込んで、ついに膨らみをあらわにした。なまえは確実に俺が勃起してしまっていることに気づいている、なのに暴れないし、部屋から出て行かないし、胸も押し付けてきて、「いつもみたいに勝手に触ればいいじゃん……っ」泣きそうな声で喉を震わせている。

「え!? いや、だって、なまえいつも……、」
「自分がしたいときは無理やりするくせに」
「……はあっ!? やっ、えっ、ええっ!?」

 頭が混乱して大声を上げてしまう。うるさい、と文句を言われて口をつぐむも、動揺はおさまり切らず、興奮は比例して身体はどんどん昂っていく。
 膝を擦り合わせて腰を軽く揺らしているなまえは、少しだけぐずっていた。「う〜……、」抱かれている腕に垂れてきたものは涙で、俺の手の甲を濡らしていた。
 なまえのことが信じられないのではなくて、この現状がどうしても現実のように思えなくて仕方がないのだ。「本気で言ってる?」素の声で聞けば、なまえは「なんでそんな嘘つかないといけないの」と、減らず口を叩いた。耳まで真っ赤だった。目を開ければ気怠い肉体の中に意識を押し込まれていて、普段通りの客室のつくりが視界に入ってきた。壁を見遣れば五分ほど時計の針が進んでいる。「あー……、」俺は報告書まみれの机の上に突っ伏して、深いため息を吐く。下半身ばかりがひどく元気だったし、なまえの姿なんてどこにもなかった。

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