SSS | ナノ


(ややグロテスクかもしれません。血は出ませんが指が取れる描写があります)
(ぐだ子ちゃんが絡みます。百合的な表現が含まれます)
(バレンタインのお返し礼装のネタバレがあります)
(夢主に左利き設定がついています)
(いろんなものを捏造しています)
(なんでも許せる人向け)




「びっくりだねえ」
 笑う。なんにもなかったような顔をして、彼女はたおやかな笑みを私に向ける。
 なまえさんの左手の小指が、コスモスフィンクスの幼体に食いちぎられた。バレンタインのお返しにと、かのオジマンディアス王より賜ったスフィンクス・アウラード。そこまで凶暴な性格ではない筈なのに――少なくとも、彼のマスターであるわたしの前では。
 アウラード子どもたちが職務中に足元をうろつくので、手を振って追い払っていたら、突然手を噛まれたのだと彼女は言う。痛々しくも見える表情で笑うなまえさんは、大丈夫、気にしてないから、と、無くなった小指を右手で撫でる仕草をする。あの子たちには悪いことをしてしまったからと、ばつの悪そうな顔をして。
 どうして。どうして。何故子どもたちは、なまえさんの指を食いちぎったのだろう。悪いこと? 何も叩いたり怒鳴りつけたりした訳でもないだろう。中央管制室はいつ何が起こるか分からない危険な場所だ。職員らの仕事を妨げるような要因はなるべく排除すべきと考えるのが妥当な判断である。足元で獅子の子ほどの大きさのアウラード子どもたちがうろついていたら、それこそなまえさんだけではなくスタッフ全員の集中力を削ぐことになってしまう。
 子どもたちは、遊んでほしそうになまえさんの周りを跳ねていたと云う。精密機械に軽くぶつかって、彼女の気を引くようなこともしていたそうだ。
 アウラードは彼からわたしに向けて贈られた神のけものだ。それを野放しにして、皆に迷惑をかけて。わたしの管理不足が祟って、なまえさんを傷つけたも同然だった。それでも。自分の行為を棚に上げてでも、彼を怒鳴りつけてやりたかった。ひとつだけ、どうしても許せないことがあったのだ。
――彼女は指を盗まれた・・・・! それも、誰もが想像つかないような手法で!
 体中に鳥肌が立って、わたしは居ても立ってもいられなくなった。だって彼女の指の根元からは、血の一滴も出ていないと云うのだ。まるで初めから、指など存在していなかったとでも言うような――肉や骨の断面すら見当たらない、つるりとした皮膚だけがそこにあった。しかし、確かに指は欠落しているのだ。
 昨日までは確実にあったのに。彼女の小指があったところには、なんにもない。そんな、なんにもなかったような顔をして。彼女は笑ったのだ。
 なまえさんの小指は、きっとまだどこかにある。食いちぎられたのではない。もし本当に食いちぎるためだけに噛み付いたのだとしたら、なまえさんの指が今も見つからない筈がない。
 子どもたちの一頭が、なまえさんの小指を吸った・・・。それ以外あり得ない。彼女の小指は、あの銀河の海のどこかで小舟のように揺蕩っている。
「オジマンディアス王!」
 長い廊下を走り抜け、わたしは王の部屋へと勢いよく駆け込んだ。
 豪華絢爛な内装の施された彼の部屋は、元から定められている部屋の狭さを感じさせないような空間に再構成されていた。彼の居た神殿の内部に酷似しているものの、やはりワンルームの間取りには勝てない。目線より少し高い位置に玉座を置くので精一杯のようで、わたしは今日も今日とて金色に輝く彼の瞳を睨みつける。
「ほう」
 息の上がったわたしを見て、オジマンディアスは面白いものを見るような目つきで私を見下ろした。読みかけの書物をご丁寧に閉じてふんぞり返り、アウラードの内の一頭をその膝の上に乗せている。足元には寝ころんだ子どもたちが二頭。まるで私の登場を待っていたみたいに、片方は盛大に伸びをしている。
「探し物か?」
「はい。わたしが何を探しているか分かりますか?」
 オジマンディアスはにやりとして、徐にその子の頭を撫でた。小さなスフィンクス・ウェヘムメスウトの口元に、あの大きな手を添えると――。
「これだろう?」
 宇宙の輪郭から、白い指先がにゅるりとひり出された。小さな、細く伸びた指が一本。王の手のひらの上に落とされる。健康的な色の爪。桃色に染まった指先。ああ、良かった。血は通ったままなんだ。やはり、吸われていた。
 王はその指を優しくつまみ、女性の手を包み込むようにしてすくい上げた。小指の根元はこちらに向いている。断面から血は出ていない。肉も骨も見えず、つるりとした皮膚でまとまっている。まるで初めから、そういうものとしてこの世にあったみたいに。
「返してください」
「この指は貴様のものではないな?」
「そうですが、あなたのものでもありません」
「はははは! 良かろう。ではこの指が誰のものであるか……ん? ……おお……?」
 オジマンディアスは妙な声で唸りながら、不思議そうになまえさんの小指を凝視している。目を皿のようにして、焦げ付くほどに熱いまなざしを向けていた。
 見ないで。そんなに見ないで。なまえさんの小指、わたしと何回も指切りをした、大切な小指。世界を救うために繋いだ小指。なまえさんとのたくさんの約束が詰まっている、大切な大切な小指なの。
 レイシフト前、絶対にカルデアへ帰還することを約束するときに、わたしは魔法を使う。わたしとなまえさん、どちらが欠けてもいけない魔法。『指切りしましょう』という呪文からなるおまじない。彼女は左利きだから、無意識で出された左手に、わたしはわざと右手を出す。なまえさんを困惑させて、ごめんねと言わせながら右手を出させて。それで、左手でいいですよ、と指切りする手を変える。彼女の利き手で指切りをするのだ。令呪のない、魔術師ではないほうの手で、わたしはなまえさんと指切りをする。何度も。何度も。
 指をつないで、上下に揺すって、詠唱を終えたら、名残惜しくも離れる。赤い糸で結ばれているみたいに、ことあるごとに指を繋いで、切って、また結ぶ。
「返して、返してください。なまえさんの、指、返して」譫言のように繰り返して、呪詛を吐くように強く願う。
 彼女の小指は彼とわたしの視線だけを絡めとっている。わたしだってそこまでじっくり見たことないのに、そんな、爪の裏側まで、皺の溝まで視線を這わせてしまえるなんて。羨ましい、羨ましい! もう、早く返して! わたしが催促しようとした矢先。彼は鼻で笑い、愉快そうに口角を上げた。
「ははッ……小指ではないか」
 王はそう呟くと、垂らしていた前髪を豪快に掻きあげながら、なまえさんの指の背を唇の間に挟んだ。
 目線だけをこちらに向けて、まるでわたしに見せびらかすみたいに!
「やめて!!」
 咄嗟に叫ぶ。喉が張り裂けそうになるほど大きく吠えた。彼は余裕そうな笑みを向け、なまえさんの小指の甘皮に歯を立てる。それに対してわたしが目を剥くと、遂に彼は喉を開いて盛大に笑いあげた。
「ふはははは! 仔らには薬指を持ってこいと命じたのだが、そうか! 小指か……ハハ、悪くない。……うん? 何だ、その物欲しそうな顔は。これはすでに余の所有物。薄皮一枚くれてやらん」
 彼の唇に寄せられた、なまえさんのきれいな小指。もしあれが、彼が望んだとおりの薬指だったとしたのなら。恐ろしくて舌が震える。彼が薬指に狙いを定めた理由を問いただすことすらやめてしまえた。
 だって彼は紀元前のエジプトで生まれ育ち、衆生を束ね、そして弔われた人だ。召喚時に現代の常識や知識が彼の霊基に流し込まれていたとして、いや、だからって、そんな理由であの指を選ぼうとしたのなら! 王の気まぐれであっても。誰かの入れ知恵であったとしても。絶対に許せるもんか。
「勝手に人のものを取るのは泥棒ですよ」
「ほう、ではこれはモノか」小指の腹に優しく口付け、わたしを挑発する。小麦色の肌に映える、白桃のような瑞々しい指先。
「……言葉の綾です」
「良い。あれはすでに余のものである。――小指を、贈られたのだからな」
 なまえさんはあなたのものじゃない。わたしが歯を剥いて威嚇したところで、彼の笑みが止むことはなかった。
 欲したものと別のものを手に入れて、どうしてそこまで喜べるのかがわたしにはわからなかった。そもそも人の指を手に入れて悦に浸るなんて。彼なりに別の思惑があるのかもしれないけれど、わたしはそれに気がつかないふりをした。その事実に直面したとき、自分がどうなってしまうのか想像もつかない。わたしがあの指を返して“欲しい”と思ったのは、もしかしたら心の奥底で彼と同じ願望を持っていたからなのかもしれないのだ。
 ふと子どもたちアウラードへ視線を向けると、三頭ともべったりと金の耳を垂らしていた。銀河は鈍い色をして、輝きを澱ませている。
 寄せ集められた水色の肉球が、力なくぼんやりと光っていた。

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