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 店先に咲いているあの花たちをすべて食べ尽くしてしまったら、彼女は一体どんな顔をするだろう。

(悲しむ? 驚く? 誰がやったのか、と憤るでしょうか……)

 揺れる葉茎にはたっぷりと水滴がついていて、清心の花弁を透明な輝きで彩った。それから少しだけ彼女の顔に悪戯をして、柔らかそうな白い頬を濡らす。
 ぎゅうと瞑られた瞼の奥にあるそれは、いつだってあの美しい花たちのものだ。
 店頭に並ぶ様々な種類の花に、彼女はひとつひとつ手を入れる。葉の色や形、花弁の向きを見て、それらが一番愛される姿へと仕上げていく。
 たおやかな細い指先が、垂れ下げられた青紫の花冠をそっと掬い上げた。
 此度の相手は瑠璃袋で、彼女の前であるにも関わらず頭をもたげている。それなのに、彼女は嬉しそうにして、数本の茎を紐でまとめた。
 私は旅館の外壁に身を隠し、その様子を眺めている。

(ああ……、)

 軽く掲げられた瑠璃袋たちは、瑞々しい色をして身体を揺らした。水滴が地面に落ちる。あの水玉が、彼女の服を濡らさないかと心配になる。
 すんすん、と鼻を鳴らして、瑠璃袋の匂いを嗅いでいる。その芳香にうっとりとした表情を浮かべる彼女を、もっと間近で見られたなら。
 近づくことはできない。だって、まだお店が開く時間ではないから。次の花に手を入れる彼女を見て、心を奮わせずにはいられない。
 ――ああ、あれらをすべて食んで、飲み下してしまいたい。
 きっとそれは格別に甘くて、ひどく苦い味がする。花粉は奥歯に絡みつき、茎は喉を刺して、翠葉に唇を歪ませられるのだ。
 想像する。私は罪のない花たちを胃袋に詰め込んで、今日の商売を諦める彼女に寄り添う。あの手を取って慰めて、優しいひとに成り切って、内なる獣の心を隠す。また明日も来ますからと笑い、腹の奥で揺蕩う花弁を溶かして……唇の端についた花の蜜を舐め、そっと彼女に手を振って別れるのだろう。
 そんな出来もしないことを脳裏に描いては、彼女の指先に想いを馳せる。
 璃月港の賑わう少し前のこの時間が、私の一日の始まり。潮風と甘い花の香りが、足のつま先を誘いこむ。

「おはようございます。清心を、ひとつ。頂けませんか?」

 そっと笑って声をかければ、彼女も笑って返してくれる。
 その笑顔すら、食べてしまえたらいいのに。

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