SSS | ナノ


(GOGO二号さんの設定)
(真名バレ回避のため「新宿のアサシン」と書きましたが、正確には新宿シナリオに登場するアサシンくんではありません、ごめんなさい)
(気が狂ってるときに書いたものなのでお許しください)
(荊軻さん出ます)
(少し卑猥です!)





「おねーえさん、俺と、へへ、えろいことしよ」
「……は?」
「だめ?」
「いや、だめっていうか、……は?」
「しよーよ、えろいこと」
「えろいことって」
「……きもちいーこと」
 指先で優しく鎖骨を撫でられて、首の辺りがぞわりと粟立った。手甲の指先が、少しずつわたしの熱を吸い取っていく。それに反して、わたしの背中は彼の胸で着実に炙られていった。それが誰の胸かなんて、声を聞けば嫌でも分かってしまう。視界の端に、艶めかしい黒髪がさらりと流れ込んでくる。やっぱり、こんなことをするのは彼以外にいないのだ。
 コフィンの夜間点検中のことだった。いつものように無言で背後に立たれたから、作業の邪魔でもしに来たのかと思ったら、やっぱりそうだった。でも、なにやらいつもと雰囲気が違って、少しだけ不信感を覚えたのだ。アサシンさんは軽く息を荒げ、時折喉の調子を確認するように低く唸っていた。それこそ犬みたいに。
 一番の違和感は、ここに辿り着くまでの足音が、妙に不規則なリズムを刻んでいたことだ。特殊な歩法を体得していると本人の口から明言されていたし、きっとそれのひとつだろうと勝手に思っていたけれど、今それをやるのは本気でわたしを殺すためなのでは、と最悪のパターンを想像して震え上がってしまう。でもそれ以外に可能性のあることってなんだろう。ああだこうだと考えあぐねているうちに、気づいた頃には、彼はその入れ墨まみれの太い腕でわたしの身体をすっぽりと包み込んでいた。
 そうして不意に抱きつかれて、すぐに理解した。その場にぶわりと広がった、鼻腔を刺激するあの匂い。
 この人、お酒を飲んでいる!
 彼の呼気からは、多量のアルコールと甘いフルーツの匂いがした。まるで香水みたいに漂うその酒気は、酔っているわけでもないわたしの胸をどきりとさせる。
 きっと、けーかさんや李書文さんたちと飲み会でもしていたんだろう。他の人に酒を勧められでもしない限り、彼がここまで泥酔するなんてちょっと考えられない。いや、わたしがアサシンさんの何を知っているって言うんだ。勿論、一人酒の可能性もあるけれど、そこまで自制心のない人には、「チューしたい」到底見えなかった。いや、何、今なんて。
「チューしよぉ」
「……何、言って」
「ちゅうー、」
 アサシンさんのくちびるが、柔らかい小鼻が、わたしの頬の輪郭を掠めた。その口から漏れ出る声はわたしの理性を麻痺させるほど甘くて、なのに少しばかり鼻にツンとくる刺激的な香りも含んでいて。意識の端っこをゆっくりと溶かされていくような気さえした。
「おねえさんと、チューしてぇ、えろいことして、俺のにする……」
 酔っ払い特有の支離滅裂な発言が左耳に飛び込んできた。こんなの、サーヴァントに現代の法を適用してもいいならばダ・ヴィンチちゃんあたりに現行犯逮捕してもらわないと気が済まない。だってこんなのセクハラだ。ぞわりと背筋が粟立って、唇を締める。不快感よりも恐怖のほうが優っていた。
 しかし、相手は酔っ払いなのだ。アサシンさんがどんな酔い方をする人かもわからないし、下手に叱りつけて逆上されては本末転倒だ。
「……おにーさん、飲み過ぎですよ。お水でも飲んだほうが……」
「俺のこと嫌いなの」
「なんでそういう話になるんです」
「俺は、おねえさんと、えろいこと、したい。チューしたい、ぎゅーってして、……チューしたい」
「二回言いましたね」
「……チューしたい、から」
 腕ごと抱きしめられていて、大した抵抗も出来ないし、彼の声色は何故だかものすごく心臓に悪いし、「おねー、さん」吐息の詰まった声は、わたしの鼓膜の奥を粘ついた舌先でべろりと舐めあげてくる。もう逃げ出してしまいたいほどわたしの心臓は爆発する寸前なのに、がっしりと抱きかかえられているせいで走り出すことも出来ない。
 アサシンさんの身体は熱でも出ているんじゃないかと思うほどに熱かった。腕に彫られている入れ墨の縁に赤が差し込まれているのが見えて、なんだかすごく痛そうで、「入れ墨、痛くないんですか」と思わず口に出してしまう。とにかくチューの申し出に対する答えを誤魔化すことで頭がいっぱいだった。
「えー……? んー……確かに、少し疼く、かも」
「やっぱり、お酒抜いたほうが」
「……撫でて」
 予想外の返答に、変な声が出てしまった。んひ、とおよそ彼らしくない笑い声が左耳から聞こえてきて、また、ぞわりとする。
「いたい、かもー……、なでて……ねー、お願い。むずむずする……」
 強く抱き寄せられて、背中に盛り上がった筋肉がごりごり押し当てられる。その引き締まった身体を想像してしまうのは、アサシンさんがわたしに身体を擦り寄せてくるからで、決してわたしが変なことを考えているからとかでは、ない。
 肘を曲げて、届く範囲にあるアサシンさんの二の腕あたりを指の腹でさすってみた。「こ、こう? ですか?」「ん、」アサシンさんの腕が、一瞬びくりと跳ねる。「痛いですか?」傷に触れるような痛みなのだろうか。わたしは入れ墨を身体に入れたことがないので、その痛みは分からない。「んー、」彼は間延びした声を出して、態とらしく吐息を漏らした。
「へへ、きもちい、」
 びたりと手が止まる。なんで。いや、彼の反応は普通のものだ。わたしはアサシンさん痒いところを掻いてあげた、というかさすってあげただけで、彼のその言葉もとくべつ変な意味を含ませている訳なんかなくて。というか、あったらおかしい。手が届かない背中を掻いてあげたくらいの感覚だ。いや自分の腕に手は届くだろうとかそういう細かい話は置いといて。
「もっと」
「え、あ、はい」
 催促が飛んできた。太い腕に巻きついている龍の胴体を、追いかけるように撫でる。時折漏れるアサシンさんの声は、痛みを我慢している声と云うよりも、もっと何か、別の意味を孕んでいるように聞こえてきてしまって仕方がない。
「ん、ぁは、へへへ、おねえさん、上手いねぇ」
「上手い?」
「へへ、手ぇつめたくて……、きもちー……」
 頬擦りをされる。それから更に強く抱きすくめられて、本格的に身の危険を感じた。このままでは締め殺されてしまう。まるで、アサシンさんの腕に住む龍に、この身を締め上げられてる気分だった。
「あ、アサシンさん、苦しいです、潰れちゃう」
「んん……、あ! おねえさん、どきどきしてんだぁ」
 人の話を聞いてほしい。死の淵に立たされたら誰の心臓でも暴れ回る。耳のあたりでアサシンさんの唇が動く。「チューしたくなってきた?」んひ、と意地の悪い笑い声がして、わたしはついに頭の中が真っ白になった。
 擦り寄られて、肩口に柔らかいくちびるを滑らされる。そんな風に優しく食まれたら、肌と同様にだんだんと思考が蕩けていって、おかしくなってしまう。振り解くには力が足りない。何故だか嫌ではないと思ってしまっているわたしもいる。
「……俺の部屋、いこーよ」
 ね、と甘い声色で急かされて、その言葉の意味を咀嚼するのすら時間がかかってしまって。行ってどうするの、なんてとてもではないが聞けない。相手は酔っ払いなのだから、適当にあしらってしまえば良かったのに。適応力が無さすぎる。もっと臨機応変に対応できる人間であれば良かった。あまりの不甲斐なさに涙が出そうになる。
 身体を覆う熱と恐怖と羞恥心で震えていると、背後で、たたた、と小さな足音がした。それはどんどんわたしたちのいる方向へと近付いてくる。んぬぬ、なんて唸り声まで聞こえてきて、わたしはハッと息を飲んだ。
「そこまでだ小僧!」
「ッ、ぐ、おぉ、っ……! あ、っぶね、何しやがる!」
 急に、わたしの背中に張りついていたアサシンさんが引き剥がされた。感じていた熱が急速に無くなって、少しだけさみしくなる。いや、寂しいとか何考えてるんだわたし。相手は酔っ払いのセクハラ現行犯なのに!
 崩された身体のバランスを整え、そっと振り返ると、顔を真っ赤に染め上げたけーかさんが、同じように顔を真っ赤にしているアサシンさんの後ろ髪を引っ張っていた。赤面の理由は、恐らくどちらとも、お酒だ。
「飲みの最中に急に姿を消したからな、もしやと思って出向いてみれば……」
「痛え! 引っ張んな!」
 お仕置きの如く、アサシンさんの長い後ろ髪を鬼のような顔で引っ張り続けるけーかさん。リードを引かれた犬みたいに苦い顔をしているアサシンさん。わたしはと云えば、けーかさんの着物がいつもより激しく着崩されていること気がついてしまい、目のやり場に困ってしまっていた。彼女の見えてはいけないところまで見えてしまっている気がする。あのつるりとした白いお尻に視線をやらないようにするので精いっぱいだった。
 けーかさんは、ある程度アサシンさんを痛めつけたあと、お酒の入った真っ赤な顔でにんまりと笑った。
「んん、なまえ、小僧が邪魔をした! 悪かったな、飲み直してくる! 小僧、しっかり立て! ほらッ、行くぞ!」
「いってぇな、だから髪引っ張んなよ! それに、小僧じゃねえっての! くそっ、おねえさん! 俺、待ってるからなぁ!」
「なまえ! 聞かなくていいぞー!」
 髪を掴まれたアサシンさんは、けーかさんに怒鳴られながらふらふらとした足取りで歩いて行く。なんだか心配になってきた。でも、けーかさんはバイバイと笑顔で手を振ってくれているし、ここでわたしが割り込むのも野暮かと思い、そのまま見送ることに決める。わたしが手を振り返すと、それに気づいたアサシンさんも大きく手を振ってくれた。
「荊軻、見たか!? おねえさん、俺に手ぇ振ってる!」
「そうか! めでたい頭だな!」
「おねーさーん、もし来なかったら、部屋まで行くからな! 覚悟しろよぉ!」
 上機嫌で手を振っているアサシンさんは、隣を歩くけーかさんに脛を蹴飛ばされて「いってぇ!」と声を上げた。そのあと、けーかさんに何か叫ばれた気がするけれど、アサシンさんの言葉の意味を考えるのに手いっぱいで、うまく飲み込むことが出来なかった。闇の中へと消えて行った二人を見て、胸に手を当ててほっと息をつく。
 やっと静かになった。そう実感した途端、抑え込んでいた汗がわっと噴き出してきた。
 あのアサシンさんが、チューしようって。えろいことも。えろいことってつまり、えろいことだ。きっと、なんか、やらしいことだ。途端に恥ずかしくなって、胸に当てていた手をそっと口元に持っていく。酔ってもいないのに、顔が熱くなっていくのを感じた。うわあ、と遂に顔を両手で覆う。
 もし彼の部屋に行かなかったら、部屋まで来るって。部屋に来て、それからどうするんだろう。覚悟しろって言ってたような、一体何を覚悟すれば、いやそんなの分かってる! でもやっぱり信じられなくて、だって彼の口からそんな言葉が冗談でも飛び出て来るなんて思ってなくて! 酔ってたからこその発言だったのかもしれないけど、それはそれで妙な気分になる。もしかしてアサシンさん、わたしとそういうことしたいって、ずっと思っていたのかな。頭の中でアサシンさんにかけられた言葉が、洗濯機の中でぐるぐるしている衣服みたいに回っている。
 それから交代の時間になり、部屋に戻ってお風呂に入って寝る準備をして、就寝する直前になっても、アサシンさんがわたしの部屋を訪れることはなかった。布団の中に入っても、わたしはずっとアサシンさんのことを考えている。結局、アサシンさんの部屋には行っていない。ということは、つまり、彼の言った通りになるなら、アサシンさんはわたしの部屋に来てしまう。
 わたしはアサシンさんとえろいことをするんだろうか。どきどきしてうまく寝つけない。彼の上気した頬と、とろんとした虚ろな瞳が、瞼の裏に浮かび上がってくる。この瞼を開けたら、わたしの上に乗っかったアサシンさんが、にやにやと笑っているんじゃないかと想像してしまって。
 心臓が、ずっと胸の裏を叩いている。アサシンさんに後ろから抱き締められたときと同じくらい、めちゃくちゃに跳ね回っている。背中に当たっているのは彼のごつごつした筋肉の凹凸ではなく、平坦なシングルベッドのマットレスだけだ。わたしの体温だけを掬い取って、触れた面をじんわりと温めるだけのもの。腕もなく、指先もなく、耳元で囁くための口もない。チューしよ、なんて色気の詰まった声で、わたしを誘ったりしないのだ。
 世界が心臓の鼓動と同じタイミングで小刻みに揺れて、すごく、落ち着かない。どきどきどき、アサシンさんはいつ来るんだろう。いつ、わたしの部屋に訪れて、あの龍の住む牡丹の庭を見せてくれるのだろう。


 結論から言うと、アサシンさんはわたしの部屋に来なかった。別に来訪を待ち望んでいた訳ではない。ただ、わたしが勝手に、彼がその夜部屋に来るものだと思い込んでいて、わたしが勝手に、どきどきして寝つけなかっただけだ。
「昨日、来なかったんですね」
「どこに」
「わたしの、部屋。アサシンさん、来るって言ったのに」
「……言ったっけ、そんなの。酔ってて、覚えてねーや」
 気まずい。廊下で鉢合わせになってしまった。挨拶するだけと云うのも逆に話題を逸らしているみたいだし、思い切って昨夜のことを聞いてみたのは良かったけれど。何やら彼には昨晩の記憶が無いらしい。
 わたしは寝不足で若干頭がぼんやりしている。アサシンさんは二日酔いでもしているのか、俯いたままぶっきらぼうにそんな返事をした。待ってたのに、なんて口が裂けても言えなくて、不自然に口ごもってしまう。でも何か言わないとこの会話も終わらない気がして、無理やり会話を繋げる。「何も憶えてないんですか」「うん」「そうですか」じゃあ、あのえろいことしようとか、チューしようとか、そういうのも全部冗談で、本気ではなかったのだ。ちょっと残念かもしれない。でも、あれはお酒を飲んだアサシンさんが見せてくれた、一夜のまぼろしみたいなもの。なんだか少し可愛かったし、普段はお目にかかれない、所謂レアなものが見れたような気がして。
「よかった」
 わたしがそう呟いたと同時に、アサシンさんが勢いよく顔を振ってこちらを見た。陶磁器のようにつるりとした綺麗な肌が、まるで本物のそれのように、さあっと青白く染まっていく。
「アサシンさん?」
「……あ、いや、顔」
「顔?」
「疲れてる、ように見える、から」
「ああ、アサシンさん、なかなか来ないなーって、昨日、待ってた、というか……おかしいなー、と思って、起きてて……」
 だって、来なかったら行く、なんて冗談でも言うから。そんなに強く待ち望んでいたという訳ではないけれど、アサシンさんが来なくて少し残念に思った自分も居た。その辺りの思考は、小声でも口に出すのが恥ずかしくて、つい、俯いた顔の陰に隠してしまった。どきどきどき、世界が鼓動を刻み始めた。
「お、さけは、ほどほどにして、くださいね」
 昨日の夜と同じくらい、心臓がばくばくと煩い音を立てている。顔から火が出そう。アサシンさんがお酒を飲んでなかったら、わたしは普通に彼を受け入れたとでも言うのか。全身を襲った羞恥の念に遮られて、アサシンさんの顔をうまく見ることもできない。いや、これは普通にお酒の飲み方に対しての忠言であって、それ以上でも以下でもない。「う、ぁあ、うん、」と歯切れの悪い返事をしたアサシンさんは、「じゃ、……ばい、ばい」と、これまた歯切れの悪い手の振り方と挨拶をして、わたしの横を通り過ぎていった。
 きっと今のわたしは茹蛸みたいになっている。頬に両手を当ててみると、昨日のアサシンさんの肌と同じくらいの体温を有していて。肌に浮かび上がる入れ墨なんかひとつも持ってないくせに、胸の辺りだけが、ひどくむず痒かった。

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