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「これは何ですか?」
「あ、わたしの料理動画! これね、反響たくさんあったんだよ〜。みんなスシに興味があるんだね。ジェイドも見てくれたんだ!」

 屈託のない笑みを浮かべて答える女に対し、ジェイドは皺を刻んだ眉間を押さえて俯いた。片手に握られたスマートフォンには料理をしている彼女の動画が写っていて、手順の解説やレシピの紹介などを手際良く行う姿があった。
 女は、こんなコメントが来ただの、次はこんな動画にするだのと、身振り手振りを大きくしてこれからの展開に想いを馳せている。ジェイドはその姿を可愛らしいと思う反面、腹立たしいとも思っていた。
 彼女が自分以外の者に興味を持つのがつまらない、気に入らない。
 その相手というのも、最近妙に彼女と馴れ馴れしく接しているあの監督生である。
 ジェイドは今の不機嫌さを強調するように、言葉の節々に棘を生やして言った。

「見ましたが、僕はあまり賛同できません」
「どうして?」
「あなたは何の人魚ですか」
「うなぎ!」
「あなたはこの動画で一体何を作ったのでしょう」
「うなきゅう巻き!」

 同種を、しかも自分の同胞を食材にした料理の動画を上げるなんて、イカれている。そういった主旨のコメントが複数見受けられたことをジェイドは知っているし、彼女も恐らく知っている。相手にしなければ良いだけということも。
 今回彼女が使用した食材に鰻そのものは使われていない。鰻の肉質と近い白身魚に、専用のたれを絡めて仕上げた鰻もどき。それを、きゅうりや玉子と一緒に細巻きにしている。
 けれども、人魚が魚を調理し、それを振る舞う行為そのものを忌避する者たちが存在するのも事実である。狭い学園内とは違い、SNSではそういった思想を持つ者たちがより多く集まりやすい。
 言ってしまえば、ジェイドは強烈な誹謗中傷を浴びて悲しむ彼女の顔が見たくないだけだ。それを面と向かって伝えることができないから、いつもこうやって遠回しな言及ばかりしている。

「何故こんな挑戦的なことを?」
「ユウがうなきゅう巻き食べたいって言ってたからどんなものか教えてもらって作ったの。わたしも食べてみたらおいしかったから、動画にしようと思って」
「……監督生さんはなんと?」
「美味しいって! わたしの肉も食べたらこんな味なのかな〜って言ってたよ」
「……はあ、」

 彼女が何に対しても楽観的な態度をとるのはよくあることで、ジェイドはついに呆れ返ってしまう。それはそれとして、このかけ合いの雰囲気が嫌いな訳ではないし、肉としての彼女の味を知りたくない訳でもない。僕も食べてみたいです、そう言えば良いだけなのに、ジェイドの唇はため息の後一向に閉ざされたままだ。
 監督生に対しての嫉妬心で、口内が焼け爛れている。鰻の肉が食べたいのではない、彼女の肉をもし自分が口にすることができたら……。ただの興味本位にしては、歪んだ願望が入り混じっている。「あ!」軽く伏せられていたジェイドの瞼が少しばかり持ち上がった。目の前には照れ臭そうに笑って頬を掻く彼女がいて、その頬肉の食感に想いを馳せてみたりする。
 別にそういった趣味があるということもなく、単純な興味から成るもの。
 本当に?
 頭蓋から沁み出した不気味な問いが脳裏に浮かびゆく。

「そういえば、うなきゅうってわたしとユウの巻物みたいだねって話もしたよ。うな、きゅう!」
「は?」
「うなきゅうラブラブ巻き!」
「は?」
「今度モストロ・ラウンジにもうなきゅう巻き出してよ」
「は?」
「ジェイドがbotになっちゃった……」
「スペルが違います」
「発音も大体同じだからオッケーじゃない?」
「ウナキュウのユは拗音なのでユウではありません」
「いいじゃん別に! 細かいこと気にしないで!」

 彼女の、あの白い腹にかぶりついたら、一体どんな味がするのだろう。あの柔らかそうな頬は、口に含みやすそうな指先は、肉の多そうな太腿には、それこそどんな……。
 食感などどうでもいい。舌触りなど気にも留めていない。
――彼女の反応が知りたいだけ。
 自分も貴女の肉を食べてみたいと言ったらどんな反応を示すのか。皮膚に歯を立てたら一体どんな声で鳴くのか。牙を突き立てたときに得られる感情は、一体どんなものなのか。

「(ただの探求心などでは到底済まされない、)」

 冷静を装った顔の裏で、彼はそんなことを考えている。

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