SSS | ナノ


「蘆屋さん」
「はい、何か?」
「何か? ではなくて」
「はい」
「……退いてほしいです」
「何故でしょう?」

 性悪。底意地の悪い。根が腐っている。人でなし。人が嫌がることを進んでやるような人。
 わたしの行く手を阻む蘆屋道満というサーヴァントは、不気味なほどに満面の笑みを作ってそこに立っていた。顔の横ににんまりと効果音が描かれていてもおかしくないほどに、目元に弧を乗せている。それを見て背筋がぞくりとしたのは、カルデアの廊下の温度が例年に比べて著しく低いからではなく、眼前の男性がつくる微笑の奥に、何かあるような気がしてならなかったからだ。
 それはジャック・ザ・リッパーやナーサリー・ライムの行う、所謂『とおせんぼう』だった。背の低い彼女らがやってはじめて、可愛らしい悪戯だと感じるものである。然し、彼のそれはあまりにも、可愛らしくはない。

「……何か御用ですか?」
「いえ、通りすがりまして」
「そうですか」
「はい」

 彼がその場から退くことはなく、ただ悠々と時間が流れていくだけだった。黒を基調とした狩衣のところどころに星座のかたちが刻まれていて、綺麗だな、と見惚れる反面、なんだか少し不思議な装束、とも思った。
 退いてくれそうにはなく、会話をしてくれる様子もない。
 恵体の横を抜けようとするも、行先を阻まれ続け、一向に前には進めない。「ちょっと、」「はい、ええ、いえ、はい」口元のにやけを人型の札で隠しながら、ゆらゆら揺れて、わたしが先に進めず困っているのを楽しんでいる。

「ふふふ」

 どうして邪魔をされているのか、なぜ彼が笑っているのか、わたしには理解できなかった。いいや、本当は知っているし、分かっている。けれど、それを何故しようと思ったのかが理解できないだけ。
 たぶん、蟻の進行方向に足を置くようなもの。意味はないし、意図もない。ただ邪魔してやりたくなったから。きっと、その程度の動機。
 もし、そうではなかったのなら。恐らく、暇なのだろう。くだらない悪戯に付き合っている暇は当然の如く無い。そんな時間は無いのだから、「退いて、くださいよ」ここで泣いてる暇だってあるわけなんか無い。こんなくだらないことで。泣いていたら、人理の修復なんて、とても。

「退いてよ……」

 その場で膝を折ってしまいたいくらい、今のわたしの心は脆くて、ふにゃふにゃだった。柔らかくて湿っているそれに、そっと手を伸ばして爪を立てて、「ふふ、ふ!」掬い上げるような人。
 本当に意地の悪い、最低な人!

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -