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(ぼくの宝石の続き)
(会話文)



「わたし、キバナくんのことやっぱり好きになれないよ。わたしにとってキバナくんは大事な後輩ってだけだもん」
「一緒に住むってことは、何かしら進展を期待してもいいってことじゃないですか」
「同居を提案したのはわたしだけど、別に嫌なら出て行ってもらってもいいし」
「それは嫌だ! ……嫌です」
「このアパートが気に入ってるなら、他の部屋が空き次第そっちに住めばいいし。キバナくんが私と同居してるのって、ナックルジムとかその周辺の施設と今の自宅を行き来するのが面倒だからだよね」
「そうです」
「それで、この辺りに引っ越したいけど、引越し先がないから、困ってたんだよね」
「そう、です」
「わたしは、キバナくんが後輩じゃなかったら、ここを寝泊りの場所にしてもいいよって声はかけなかったよ。わたしがキバナくんに親切にしたのは、キバナくんのことが恋愛的な意味で好きだからじゃないよ。付き合ったり、結婚したいから提案したんじゃないんだよ」
「わ、かって、ます、けど、わかってる、わかってるよ……」
「それにね」
「ごめんなさい」
「恋人を作って、恋人と一緒に住んだほうが、もっといい条件の部屋に住めるだろうし、こんな窮屈な家で生活しなくてもよくなると思う。キバナくんのことを好きな人と付き合ったほうが、キバナくんにとっても良いことだと思うよ」
「ごめんなさい、嫌だ、そんなこと言わないでください、」
「キバナくんの気持ちには、わたし、応えられないよ。わたしはキバナくんのこと、どうやっても好きになれないんだよ。ごめんね」
「……じゃあ、なんで期待させるようなことしたんですか。同居しようなんて、はじめから、提案しないでくださいよ」
「そうだね。それはわたしの落ち度だね。ごめんね」
「落ち度とか……」
「キバナくんが困ってたから、助けてあげたかったんだ。キバナくんの悩みを解消してあげたかったの。『してあげる』なんて烏滸がましいけど、わたしは自分の後輩に親切にしてあげたかったの。困ってる後輩を、先輩として、助けてあげたかったんだ」
「……う、」
「キバナくん」
「はい、……」
「わたし、引っ越すよ。別のところにいく」
「は?」
「それで、この部屋を借りなよ。ごめんね。はじめからこうしておけば良かったのかも」
「な、んで」
「わたしがキバナくんに何かしてあげたいと思うことは、キバナくんを苦しめてるだけだったみたい。だから、わたしはここを出ていくよ」
「なんで、」
「このアパートに空きがないなら、わたしがつくるよ。そうしたら、ここにキバナくんが住めるよね。キバナくんの悩み、解消するから」
「違うんです、違う、オレはただなまえさんと一緒に住みたかっただけです! もしかしたら一室貸してくれるかもって、なまえさんの親切心につけこんで、それに乗っただけです! ジムから近いとか、全部、嘘です、オレ、なまえさんともっと仲良くなって、付き合えたらいいなって、思ってた、だけで……」
「仲良くなることはできるけど、付き合うとかは、たぶん、無理だよ」
「もしかしたら、気が変わるかも、って」
「ごめんなさい。これはわたしの生まれ持っての性質だから、気が変わる変わらないの問題じゃないんだよ。もっとちゃんとわたしについて、説明しておけばよかったね」
「いや、知ってる、知ってました、いっぱい、なまえさんのことも、アセクシュアルのことも、たくさん勉強したんです、けど、でも、」
「うん」
「諦めたくなくて、」
「うん」
「一緒に住んだら意識してくれるようになるかもって、あり得ないのに、だって、なまえさんからしたらオレってただの後輩で、それ以上には絶対にならないって、なれないって、知ってたのに」
「……」
「やだ、なまえさん、行かないでください、オレ、別にこの部屋に住みたかったんじゃないんです。あなたと住みたかったんだ。この前空いた部屋も、オレが借りました。先約がいるって嘘を吐きました。まだこの部屋に住む口実をつくるためです。ごめんなさい」
「そうだったんだ。へんなの、とは思ったけど」
「なまえさん、」
「ん、何」
「オレに恋愛感情を抱かなくていいです、キスもセックスも、しなくていいです」
「うん」
「今まで通りでいいから……っ、形だけでも、付き合ってください」
「え?」
「デートとかも誘いません、そういう雰囲気つくろうとか、絶対しないから」
「付き合うのは無理だよ」
「普通の後輩として今まで通りに接してくれさえすればいいです」
「……? 付き合うけど、恋人同士みたいなことはしなくてもいいってことでいいのかな」
「そうです、オレの恋人になってください。恋はしなくていいです。今のまま、このまま、オレと、一緒に住んでください、お願いします、お願いだから……」
「……それって付き合ってる状態になることに意味はあるの?」
「あります。オレを口実にめんどくさい約束とか断っていいですし」
「……」
「たぶん、たぶんですけど。なまえさんが周りの人間から持たれてる偏見、ぜんぶなくなります」
「……人が気にしてることを言うね」
「オレはそういうなまえさんが好きなので、別に周りの人間には言わせておけばいいんですけど、たぶん、悪くない方向に、行くと思いますよ」
「…………、そう、だね。そうだね……。うーん……」
「お願いします。オレと、付き合ってください」
「……、わかった。付き、合ってみる。キバナくんがそんなに言うなら……、それに、キバナくん、わたしのこと、まだ好きでいてくれたんだね……」
「はい」
「それは、とっても嬉しい」
「……はい、」
「妥協じゃないよ。言い負かされた訳じゃない。もちろん、さっき言ったみたいなメリットだけを取った訳でもないよ」
「オレが大事な後輩だからですよね」
「そうだね」
「…………、やっぱり先輩って頑固ですね」
「キバナくん」
「すみません」
「本当に今まで通りでいいの? 何もしなくていいの?」
「はい。でも、オレはなまえさんのことずっと好きなので、これからも好きって言いますし、前と同じ距離感で接します」
「キバナくん距離感おかしいからもう少し気にしてくれると嬉しいな」
「がんばります」
「……キバナくんは今日からわたしの恋人なんだね」
「そうですね」
「……よろしくね」
「よ、よろしくお願いします」
「なんだか変な感じ」
「今まで通りでいいので、本当に、高望みはしませんから」
「うん」
「……でも、オレは今日からなまえさんのキバナですから、色んな人に自慢していいですよ、キバナはわたしの恋人ですって、紹介したりなんかしても……」
「……」
「なまえさん?」
「…………わたし、の、……」
「そう、オレはなまえさんのキバナです」
「……わたしは?」
「え」
「わたしはキバナくんのなまえ?」
「……嫌ですか? オレのじゃなくてもいいです。や、本当はオレのがいいですけど」
「別に嫌じゃないよ、初めてのことだから……不思議な感じ」
「あっ、束縛するために言ってるんじゃないんだ! その、気分っていうか、言い回し、が、その!」
「今度ナンパされたとき、彼氏いるのでって言えるのは、ちょっと頼もしいかな」
「っ、そ、そういう使い方で、大丈夫、です……大丈夫です」
「なんで笑ってるの?」
「や……なんか……、うれしくて、」
「そうなんだ。じゃあ、機会があれば、友達にも言っておくね」
「……なんて?」
「……恋人ができました、って!」

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