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 静寂の中、押し出された吐息がひとつばかり落とされた。
 男の指が、ゆっくりとそこに押し込まれていく。成熟したおとこの、でこぼこと節くれ立った無骨な手だ。それでいて、爪は丁寧に切りそろえられ、ささくれ一つ見当たらない。手入れの行き届いた、優しさの垣間見える手である。一目見れば、良いものを食べ、良いものに触れ、清く正しいところをのぞむ者だと分かるかたちをしている。そして、今よりもさらなる高みを目指し、心に炎を宿しているおとこの手がそれだった。
 なまえは、自分の夫であるカブのことを、そのように思っていた。手の形だけで人となりがわかるのものだろうか、とカブに言われようが、あなたのことを手だけでは判断していないから大丈夫、と少しずれた意見を言うのだ。
 カブは少し気恥ずかしかったが、自分の妻のそういった素直なところを、とても好ましく思っていた。
 静かに、カブの指先が妻の身体に食い込んだ。ふう、と二人して息を吐く。カブはうつ伏せになったなまえの背に跨り、腕を伸ばしている。

「あ、」

 小さな、嬌声じみた声が上がる。そしてとうとう、指の腹が押し込まれた。ぐっと、ある一点を貫き、妻の声が甘やかに痺れだすまで、何度もそこをゆっくりと刺激し続ける。

「う、ああ、あ、」
「痛かったら言いなさい」
「……い、痛くな、あー……、あ……」

 つぼを、押し込んでいる。「あ、そこ、あ〜〜……」日々自分のために共にいてくれる妻を労わるために、直々に腰をさすってはマッサージを施してやっていた。

「あ、あー……、カブさん、例の、チャレンジャー、ええと、ユウリちゃん、でしたっけ。あの子、おお、強いです、ね、ぇえっ。この前の、初手、あー、あー」
「うん、そうだね。ぼくのマルヤクデのとぐろをまくを読んでトリックからメガネを押し付けてきた」
「リーグ戦用のマルヤクデも、物理型だから、ちょっと、きつい、い、ぁ、あ」
「もえつきるを採用しても、いいかも、しれない」
「弱点、ぉを、消せるの、っ、つよ、あぁ、あー、そこ、っふ、うー、」

 妻から押し出される声が激しくなると、やりすぎたかと即座に謝るものの、そのまま続けてと返ってきた。「うー、そこ、あ〜〜、」「……、そんなに気持ちいいんだね……」カブは、もっと早くこうしてやっていれば、と下唇を噛む。
 カブの日頃より鍛え上げられた強靭な肉体は、腰痛どころか衰え知らずである。心身ともに不調もなく毎日トレーニングに励めるのも、妻のお陰ではあるのだが、妻のほうが身体を壊しては元も子もなかった。彼が安心してポケモンバトルに励み、家を空けて鍛錬をつめるのは、彼女の協力が無ければ成し得ないことだ。

「メガネ押し付けられても、そのまま、ダイマックス、おふ……しちゃえば、いいし……わたしも、ひさしぶりに、したい、です、ね。座りながらでもいいから……」
「……体調が万全になってからにしよう。きみはバトルでヒートアップするとよく飛び跳ねるから、どうも危ない」
「確かに、あ、いたい! そこは骨」
「ああ、ごめんね……」

 ときどき、二人の時間がとれた際にポケモンバトルをすることはあれど、大抵の場合はシングルバトルの三対三のルールだ。若いころはよく制限なしの六対六で戦っていたものだが、見せ合いルールのほうが面白いことに気付いてからは、ずっとそれをやっている。
 バトルのことになると、なまえの瞳はよりいっそう煌めく。カブと共にジムチャレンジに挑戦していた頃から、それは変わっていない。

「今はぼくがマッサージをしているけれど、あとでしっかり整体に行くんだよ。ほら、バチンウニが施術してくれる整体院、あそこに行くといい」
「はあい。帰りにバウタウンでご飯を食べたいです」
「うん、行こう」
「カブさんに食べさせたい新メニューがあって……」

 二人での行動が当たり前になっている上に、昼間はカブのジムリーダーとしての仕事を優先しなければならないため、必然的に出かける提案の時間は夜になる。妻だけが昼間に行けばよいものを、この夫婦は常に二人でいようとする。
 カブは、なまえが一人で行く選択をしなかったことに、心底ほっとした。少しよくない言い回しをしたことが胸に引っかかっていたのだが、妻は気にしていないようで、ロトムに整体院までの道を調べさせている。
 時間が余ったら、おこうショップに寄ってから帰りましょうね。
 カブの心配など露知らず、呑気に明日のスケジュールを決めていく。カブは安堵しきったおだやかな声で、うん、と返事をするのだった。

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