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 そんなこと言わないで、とみょうじは言った。ひどく、深刻そうな声であった。まるで卑下するこちらを慰めようとしているかのようなのだが、当人は俺のほうなど目もくれずに窓の向こうを眺めて紙パックのミルクティーなどを啜っているのだから、多少眉間に皺を刻んでも文句を言われる筋合いは無いだろうと眉の間に力を込めた。「なに。むかつく、って顔してる」俺からの返事がなかったからか、少しばかり間を置いてから振り向いたみょうじは、こちらの顔面の中央より上あたりを見てぱちぱちと瞬きをした。

「何だァ、テメェ」
「怒らないで! 弓場くんは射撃以外も、案外得意なんだよ。わたし、知ってるもん」
「あァ? それにしたって案外は余計だろォが」
「は、確かに……」

 漫画じみた表情を作り、大げさに驚いたかと思えば、こちらになどなんの興味もないとでも云った仕草で、手元のノートにイメージだけが先行した拳銃のイラストを描いて見せたりする。

「何が言いてェんだテメェは」
「うんとね、弓場くんが俺にはこれしかないーとか言うからさ、ほんとにそんなことないんだよって伝えたくって」
「表情がわざとらしいんだよ、そんなんじゃ伝わるもんも伝わらねェ」
「弓場くんは早撃ちだけの人じゃないです!」
「うるせェ!」

 講義机の隅のほうと言えど、すぐ隣は窓である。窓ガラスに反射した声はその場というか、俺の頭蓋によく響いた。
 そこそこ広い教室内だ、ある程度は騒いでも人様の迷惑にはならないだろうが、限度と云うものがある。「みょうじ」「ん」「こっちむけェ」「なになに」ずいと向かってくる朗らかで明るすぎる間抜けな顔、その白い額のど真ん中を、親指に引っ掛けた中指でバチリと弾いた。「いたーい! そんなおもくそしなくても、あああ、おでこ割れる!」「うるせェな静かにしろ、俺ァ帰る」「待って、リエちゃん戻ってくるまで話し相手になってよう」額を撃ち抜かれたみょうじは、患部を両手で押さえながら机の上に突っ伏した。いびつな線で描かれた拳銃が、紙の上でうねって曲がる。
 痛い、と喚くみょうじは、座ったまま器用にのたうちまわっている。「ほんとにいたい、その指でいつも引き金を引いているのね?」「超小型でもねェ限り中指で引き金は引かねェよ」どういうこと、と問われる暇もなく時が止まったので、ボルトアクション式ライフルでの連射の話をするのはやめにした。
 しばらくすると、机に突っ伏したままだったみょうじは、そのまま首を曲げて俺のほうに顔を向けた。無論、視線はない。軽く散らかった机の上で、眉を顰めている。「ゆ……」額の痛みに歪んだ唇が、そっと動いた。

「弓場くんのね……ボーダーの仕事っていうの、まだわたしよくわかんないけど、ボーダーの仕事以外の部分でも、弓場くんはすごいんだよ。ほんとうだよ」

 まるで俺以外の人間に言い聞かせるような声色で、みょうじは呟いた。「頭も良いしね、気が利くんだよ。人のことよく見てるし、結構世話焼きなの」「あン?」「だから、それしかない、なんてこと、ないよ」伏せて乱れた前髪が、みょうじの目元を隠してしまった。思ったよりも深刻に物事を考えてしまう癖があったのか、なにやら感傷的な物言いである。声こそ潤ってはいないのだが、このままでは、今にも。
 漫画作品における名シーンの話題で抜粋した台詞が、俺の本心であるかのように受け取られてしまった場合、いかにして謝るべきなのか、今の俺には分からなかった。

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