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♥なんか設定とかてきとう、めちゃくちゃ、あやふや



 湿った空気の満ちる獣道の途中、偶然見つけた穴蔵のなかで、夜を越そうとしていた。
 雨風が防げる場所ならばどこでも良かったのだけれど、想定した中で一番最低の空間が選ばれるとは、不運というか、最悪だった。
 クー・フーリンさん――無論、反転しているほうの――は、穴蔵のようすを少し見ると、まあ奥に詰めれば一夜くらいは過ごせなくもない、と感想を漏らした。割と、聞きたくない返答ではあったと思う。だってそこは、暗くて、狭くて、湿っていて……火を起こす場所を確保してしまったら、あとは人一人が座ってやっとの空間しか残っていなかった。詰めれば一夜くらいは、と言うけれど、詰められるほどのスペースも無いように思えた。
 投薬によってレイシフト適性を上げる実験の被験者に選ばれ、十数回の試験通過後、念願の“本番”が成功したところまでは良かったものの――完全に、カルデア側との通信は途絶えてしまっていた。
 わたしに選ばれた初のレイシフト先は矮小特異点デモイン。一度藤丸さんたちが到達し、通過した場所だ。
 デモイン市の起源となるデモイン砦が建てられたのは西暦一八四三年。西暦一七八三年であるこの土地にデモインと呼ばれる地域は存在しない。リバートン、シカゴ、デンバー等のほかの地域も、この特異点では実際に創立された時期より前に存在してしまっていることになる。今回はその原因を解明する……というのは建前というか、わたしがその気になるために勝手に設定したもので、実際のところは人理修復でも特異点潰しでもなんでもなく、ただの探索任務だ。まあ初めからそんなたいそうな任務を任される筈もない。所謂肩慣らしとしての初仕事であった筈なのだけれど、着地場所に指定された磁場が安定していなかったのか、ただ単に相性が悪かったのか、夕暮れ時の薄暗い森林の中へと放り出されてしまったのである。
 そもそもここがデモインなのかすら判明していない。事前にもらった情報では、着地先は少しばかり広い荒野の筈だったのに……。
 わたしの手元に残ったのはレイシフト適性値を底上げするために改良が施された魔術礼装・カルデアと、同行するサーヴァントとして名乗りを上げてくれたクー・フーリンさんだけだ。だけ、と言うのは、少し失礼かもしれないけど……状況は絶望的と言っても過言ではなかった。このままカルデアといつまでも連絡がつかなかったら「おい」どうしよう、と縮こまりながら焚火を眺めていると、不意に声をかけられた。刺々しい、言ってしまえばいつも通りの彼の声だ。

「死んだか」
「いえ、すみません。なんですか」
「……来い。魔力の供給が途絶えたらどうする」
「あ……ごめんなさい」
「おまえの存在自体が俺の存命に繋がる、俺の傍から離れるなよ。今回のレイシフトは練習ではない。お前は生きることだけを考えていれば良い」

 逞しい腕に引き寄せられながら、頭になかなか入ってこない彼の言葉をゆっくりと噛み砕く。
 それってつまり、「死んだら、おしまい、……」ってことですよね。
 言おうと思った一連のことばは、頭の中でよく響いた部分だけを形にして口から飛び出して行った。
 暫く、何もない時間が続いた。恐る恐る顔を上げてみると、彼は珍しく目を剥いてわたしのことを見ていた。はっとしたように眉を上げ、軽く口を開いて沈黙を続けている。ゆるく尾をしならせて、また元の位置に戻す。
 やはり、そうなのだ。この身体が実体であり、わたしという存在が証明されている以上、死んだらおしまいだなんてことは分かりきっていた筈なのに、途端に不安になって、喉が詰まった。

「……そう簡単に、死ねると思うな」

 肩が跳ねた。「ごめんなさい、」「違う」反射的に出た謝罪すら、否定を受ける。「……違う」今度は棘の取れた声色が、わたしの耳へと滑り込んできた。ぐいと身体をひっぱられ、胡座をかいた彼の脚の間に落とされる。肩を抱き寄せられ、「ぅわ、」彼の心の音を聞く。

「俺がいる限り、おまえは証明される。死なない。怪我もしない。必ず帰還出来るだろう。不安になったら令呪を切ればいい、守れと一言命じろ。正規でもない仮のマスター風情がマスターの責務など考えるな、いいか、考えるな。俺はおまえが無事ならそれでいい」

 ゆっくりと、静かに。わたしの魂を撫でるように。
 焚火の音よりあたたかく、風が抜ける音よりするどく、わたしの冷えた心臓を溶かした。

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