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 空色を映したアイスブルーの瞳が、わたしの目の奥を焼き尽くそうとしている。鼻先が触れ合うほどにその距離は近く、呼吸をするのも躊躇われた。
 整った造形の、細く小さな顔が、わたしの視界のすべてを満たしている。白い肌はきめ細かく、髪も、柔らかい。
 吐かれた息は、熱い。

「なまえ、」

 唐突に、彼がわたしの名前を口にした。わたしは狼狽したまま、次に続けるべき言葉を飲み込んでしまう。
 背中に固いものが当たって、肩が跳ねる。
 壁だ。無論、わたしの部屋の。
 逃げ場がない。

「なまえ、」

 彼の穏やかな声に、鼓膜が溶けそうになる。わたしの、一番苦手な声色だ。
 だって、彼らしくないのだ。彼は愛とか恋とか、性とか、そんなものから一番切り離されて存在している人だ。
 彼の槍から放たれる猛炎は大地を焼き、草木の生命を狂わせ、遠くの地平線さえも真っ赤に染め上げる。その中心に聳えるのが、彼だ。炎の流れと同じように棚引く白い髪が、緋色に変わる光景を、わたしは何度も液晶を通して眺めてきた。
 英雄なのだ、彼は。そして、皆が讃える人格者なのだ。そんな人が、こんなことをする筈がない。よりにもよってわたしにする理由が、わからない。

「なまえ、」

 腰に、熱を感じる。大きな手のひらが、わたしの身体に触れている。
 熱い。すぐ目の前に、炎が燃え盛っているみたいだ。
 額に、彼の額が擦りつけられる。青い視線が、わたしの奥深くに到達する。
 距離は近くなる一方で、どれだけ手元の肩を押しても離れてくれそうになかった。
 彼の瞳孔が揺れている。長く白いまつ毛の先が、わたしのまつ毛と絡みあったのか、瞼の粘膜がひりついて、思わず目を閉じてしまう。「なまえ、……」熱が込められた声に、しまった、と瞼を開けた頃にはもう遅かった。
 既に目の前のまぶたは閉じられていて、アイスブルーは見えなくなっていた。唇に炎が灯り、全身が熱に侵されていく。

「――……っ、」

 唇が突き出されるのを感じる。食われる。火種を移される。延焼が確約されて、でもわたしはどうしてもそれを受け入れることが出来ない。
 ひどく柔らかい唇が、わたしのそれを食む。
 飛び退くことも出来ず、勢いのままに彼の身体を強く押した。なのに、彼の腕は私の身体に絡みつき、距離を取ることは叶わない。
 ずる、と口の中に舌が入り込んできて、わたしは怖くなった。本当に、私の知っているカルナという人がこれをやっているのだと思うと、とてつもなく恐ろしかった。薄く、ざらざらとした舌がわたしの口内に入り込み、味蕾の一粒一粒を舌先で掘り返すかのように動かしてくる。呼吸を混ぜ、また、吸い付かれる。「は、」聞いたことのない声で、背筋を凍らせる声で、わたしを翻弄する。
 舌が、絡みついてくる。口の中に収まっているのだから逃げ場などある筈がない、けれど、受け容れられる筈もない。「うあ、」「ん、」唇を離されても、距離を置かれることはなく、額も身体も密着したまま、じいっと瞳を見つめられる。舌と舌の先が唾液で繋がっているのを感じて、それがぷつりと切れた頃、また目の前の青が消えて無くなった。
 肩を押しても、首を押しても、びくともしない。目の前に青はないのに、薄皮一枚隔てたそこに、確実にあるのだ。
 だから、次、それを目にしてしまったら、わたしは二度と逃げられなくなる。身体を縮こませながら顔をそむけると、ん、とカルナさんが喉を鳴らした。

「う、……、ぅ、」
「……すまない。次は必ず」

 彼の言葉はふわふわとしていて、常に何を意味しているのかすらわからない。わたしとの会話を拒絶しているようにも聞こえる。わたしと会話をする意志がないのかもしれない。それくらい、彼の言っていることがわからない。わたしが分かろうとしていないだけかもしれない。けれど、わたしのような人がこのカルデアにはたくさんいるのだと云うことをわたしは知っている。
 彼は誰と話してもこうなのだと思っていた。けれど、わたしは知っている。カルナさんが、藤丸さんやジナコさんと意思疎通の取れた会話をしているのを。
 それを見たとき、わたしは胸がどうにも痛くてたまらなかったのだ。

「なまえ、口を」
「――っ、」
「開けて、くれないか」

 彼の言葉が、ひとつも理解できない。言葉の意味じゃない。その言葉を発する理由が、なにひとつわからない。
 わたしと話す気なんか、無いくせに。
 細い指先がわたしの顎をすくって、空が、落ちてくる。

「なまえ、」

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