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「アルジュナ、周回行こう」
 立香は、女の隣で浮らめいているアルジュナオルタの姿を見るなり、きっと眉を釣り上げて灰の瞳を睨みつけた。それに対して、彼は少しばかり目を見開き、尾の先割れを軽くゆする。「何故……」薄い唇から静かに疑問符を落とし、立香に圧をかけるものの、彼女は動揺すらしない。
「貴方は全体バスター宝具、ランクEX自己バフを二つ持つバーサーカー、周回に連れて行かなくていつ連れて行くの!」
「…………此度の周回作業において、同行すべきサーヴァントに……私を採用する必要は……ない。特攻効果を有する他のサーヴァント……例……エドモン・ダンテス……。宝具レベルを加味すれば……、あなたが常時使用しているシステムが、最適解……」
「……スキルレベルあげてないの」
「QP、素材共に……潤沢……」
「使いたくない!」
「……。……理解、不能」
「アルジュナなら、ターン数短縮できると思うし」
「……マスター、あなたが想定している動きは……困難を極める……。三ターン後に訪れる……五十以上のNP不足は、現在のカルデアに従属する……私を含めたサーヴァントで、到底賄えるものでは、ない……」
「陳宮、オダチェン、カレスコもあるし、素殴りも含めれば……」
「再計算を開始……。結論、不可能に、変わりなし……。該当の周回ポイントに、スカサハ・スカディ、エドモン・ダンテスの二騎を推薦……編成によっては、三ターンでの周回が可能……」
 繰り出される問答の合間に、先割れの尾が女の手首に絡みついた。それを見た立香は、静かに奥歯を噛みしめる。
 立香は、女からアルジュナの存在を引き剥がしたくて仕方がないようだった。その瞳には、闘志とよく似た色の光が灯っている。
 それを知ってか知らずか、女は口を開いた。
「アルジュナさん。藤丸さんと周回、行きませんか?」
 そう言うと、彼は少しだけ瞼の青を隠す。「きっと楽しいですよ」立香からすればそれは楽しいことでもなんでもないのだが、アルジュナを周回に参加させるための彼女なりの方便なのだと察知して、立香はすぐに口元を柔らかくする。「藤丸さんもアルジュナさんをご指名のようですし、ね?」子をあやす口ぶりで、自分よりも幾分も背の高い男を宥め、微笑む。
 すうっと目を閉じたアルジュナは、女の手首に絡んだ尾の先を解くと、細くした瞼の隙間から立香を見た。「……了解、……共に、行こう……」そう言って、歩くことなく宙を漂う様は、およそ人ではないし、王とも、神とも違う色をしている。
 彼はもう、人でも、王でも、神でもない。魔術世界において最上級の使い魔であるサーヴァントの一つでしかないのだ。だから、彼はマスターである立香の言葉に応えるし、明らかに間違った道で無ければそれに従う。
 それが、彼の今の在り方なのだ。


 周回の風景と言えば、散々であった。立香は酷い戦略を前に、アルジュナと絆をより深めるためとか、極地用マスター礼装の経験値を詰むためとか、そんな適当なことを言っては編成を変えようとしなかった。
 実際のところは、そうであるのかもしれないが。傍から見れば、少女の我儘のようにしか見えない。
 無論、それなのだ。
 ただ、どうしてか、ふたつが意地を張りあっている。恐ろしく冷えた顔をして、静かに双方共通の領域を削ろうとしている。
 これは、立香が自分の意志を。人理のかかっていない催しであるからこそ、彼女はここまで自分を表に出せる。己の命を卓上に乗せる必要がないからこその暴挙であり、
 当然、アルジュナもそれを理解している。
 だからこそ、彼は彼女を同じように振舞う。対等にあろうとする。
 対等である上で、お互いに同じものを奪い合い、それを手に入れることが出来たなら。
「藤丸さん。おかえりなさい」
「うう、疲れたぁ……」
「……、」
「アルジュナさんもお疲れでしょうから、ゆっくり休んでくださいね」
「……。不要なり……」
 女の柔らかな胸の中に収まった立香は、ぎっと頭上を睨みつけた。自分より遥か上のところで、一人の男が余裕の表情で俯瞰している。
 これを渡してなるものか。この腕の中にやっとのことで収まったものを、決して手放してやるものか。
「……甘いもの、食べたいなあ」
 立香がぽつりと零す。ふと、今思いついたことを口走る少女の声色で。
 すると女が、「あ、でしたら、食堂に行きますか。わたし、夜ごはんまだなので、一緒にどうですか」と、笑って提案するので、「ほんと!? やったー!」と立香は大いに喜んだ。
 純粋な笑顔ののち、にたりと笑う。その瞬間を、アルジュナの灰色のひとみは見逃さなかった。
「アルジュナもおいでよ」
「……、」ぴく、とアルジュナの眉間が跳ねる。
 呼吸を深くして、浅くして、また深くする。彼は瞼を閉じたが、それもすぐに開かれた。
 沈黙では無かった。立香が一呼吸もする間にそれは済んだ。「承知……」了承を垂らして、また、尾を揺らめかせる。
 お互いに向けた余裕が、相手に当たる前に弾かれる。視線と意識の鍔迫り合いが、薄い背中一枚を隔てて行なわれていた。
 目の前の背中を、拾い上げられたなら。
 アルジュナは一瞬だけそう思って、躊躇することなくそれをやめた。それをしたところで、どうなる。どうにもならないことをして、自分にとって不利な戦いになることは避けたかった。
 そうやって、人間のような心の動きはあるものの。彼が人に戻ることはなかった。
 女がくるりと振り向いて、こちらに笑いかけるので。利己的な欲が散ったのだ。
「行きましょうか」
 立香に手を引かれながら、女が言う。肯定も承諾も呑み込んで、アルジュナは軽く鼻を鳴らした。「ふん……、」その心の形は、なんとも形容しがたいものだった。

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