SSS | ナノ


(GOGO二号さんの設定)
(真名バレ回避のため「新宿のアサシン」と書きましたが、正確には新宿シナリオに登場するアサシンくんではありません、ごめんなさい)
(真名バレはありません)
(夏イベント礼装ネタ+捏造多々あります)
(前半は会話文です)




「うわぁ、ジャックちゃん、うわあ、かわいいねえ、でもそんな格好で海に行ったら攫われてしまいそう……」
「攫われる前に殺せば攫われないよ?」
「あまりにも物騒」
「おねえさんも水着着ようよ! わたしたちと同じのにしよう! おそろい!」
「わ、わたしは無理かなあ、年齢的に……スクール水着は……」
「えー? おねえさんに合うサイズ、きっとあるよ!」
「なんというか、視界的にキツいと思うから……そんな歳でもないし……」
「そう? でも、おそろい……」
「おいチビ、それ」
「あー、おにいさん! おにいさんも、水着もらった?」
「おう」
「ここでおねえさんに見せてあげよう!」
「なんでわざわざここで……海に行ったときに見せてやればいいだろ? 日焼け止め持ったか?」
「おねえさん、海行けないんだって」
「……は? ……はあ!? なんで!? マジで言ってんの!?」
「わたしレイシフト適性がなくて……なのでお留守番です」
「ふーん……(待て待て待て待て……おねえさんの水着ナシ!? じゃあ海の家ってトコでかき氷食ったり、浜辺で砂の城つくったりとか、そういうのもナシ!? 背中に日焼け止め塗ってやるのも!? なんか、そういう雰囲気になるのも!? なれるとは言ってない! しかしその可能性まで無くなるってのか!?)」
「ジャックちゃんたちと楽しんできてくださいね」
「……おねえさんに俺の水着姿見せてやれなくて残念だな〜?」
「わたしもアサシンさんに浴衣姿お披露目出来なくて残念で〜す」
「浴衣ァ!?」
「あっ」
「おねえさん、浴衣着るの? 水着じゃなくて? むー」
「(浴衣、浴衣って、浴衣か!?)」
「いやその……せめて気分だけでもってことで、ダ・ヴィンチちゃんから夏祭りセットを頂いて……本当は浮かれてる場合じゃないのは分かってるんです! でもサーヴァントだけでイベントとかレースを楽しむのも無粋だろうからって、わざわざ職員全員に浴衣とか甚兵衛とか……今夜の献立も、夏祭りの屋台でよく見られる食べものがメインになるらしくてですね」
「へー!」
「ハンバーグくじとかも一応あるのかな?」
「はんばーぐ!?」
「(浴衣! おねえさんの浴衣姿見てえ……っ! そういやおねえさんの髪、少し伸びたような気もするし、髪上げたりするのか? うなじとか、見えんのかな、うなじ、……っ)」
「あ、おねえさんの浴衣、なにいろなの?」
「み……みずいろかな。青っぽい? 花柄の綺麗なやつだよー」
「見たーい!」
「(見たい!)」
「浴衣自体は部屋にあるから、休憩入ったら見に行く?」
「いく!」
「行く!」
「アサシンさんはダメです!」
「俺には見せられないってのか!?」
「アサシンさんも水着見せてくださるならいいですよ!」
「よっしゃ、言ったな! 俺の水着姿見て失神すんなよ!」
「そんなに!? そもそもわたし、アサシンさんと例の約束があるでしょう!」
「マスターにならもう見せた! よって問題無し!」
「そ、そんなにわたしに水着を見せたいんですか? 何か変なことを企んでいたりとか……」
「(アンタの浴衣が見てえんだよ!)」
「おにいさんの水着も、わたしたちと同じ?」
「ハッ、そういう……!?」
「ンな訳あるかッ!」


「おにいさん、元気出して!」
「……」
「おにいさ、うわっ」
「ン……、おぉ、ぼーっとしてて勝手に手ェ出た、すまん」
「やっぱり、おねえさんの浴衣、見たかった?」
「まあ、そりゃあ、見たかったさ……」
「タイミングが、わるかったね」
「あんなすぐレイシフトするとは思ってなかったし、そもそもレース自体には出ねぇんだからこっちに来るのは多少遅れても良かった筈……! いや、しかし応援は大事だからな、うん」
「うーん、一回もどる? でも、頻繁に行き来すると怒られちゃうよね……」
「資源の無駄とか言って、口うるせぇスタッフに小言言われんだよねェ……別に良いよなァ」
「おねえさんに、浴衣の写真おくってもらおうか?」
「そんなこと出来んのか!?」
「うん、ラインで送ってもらおう」
「らいん」
「おねえさん、今食堂のモニターでレース見てるって! じゃがいも入りの焼きそばたべてる!」
「なんで分かるんだ?」
「ライン」
「らいん」
「これを使ってね、文字でお話するの。カルデアからの通信みたいに、電話もできるんだよ」
「へぇええ……」
「電話出てくれるかな? おねえさんとお話したーい!」
「は!? 今か!? 待て待て心の準備が……」
「ぽちっとな」


『はーい! なまえです』
「おねえさーん!」
「おお……」
『ジャックちゃん! あ、アサシンさんもいる! うわーっ! アサシンさん水着じゃないですか! 大丈夫なんですか!?』
「な……何が? っていうかテンション高くないか? 酒でも飲んでんの?」
『あ、そこ日本じゃないみたいだから大丈夫なのかな? 日本だと入れ墨入れてる人は海とかプールとかで遊べないんですよ。お酒は若干入れてます!』
「おにいさん、何も言われてなかったよ!」
『じゃあ大丈夫かあ!』
「(今の一言で俺の水着の感想終わり!? 他になんかあるだろ! マスターにも散々驚かれたんだ、何かないのかよ、なんか……!)」
「おにいさんの水着の全体みせてあげるねー」
『わーいありがとう』
「へぇッ!? おい待て急に」
『うわーっ! アサシンさんいつもより露出度高いじゃないですかだめですよそんなのは! ビーチに蔓延る女性を皆魅了してしまう! 入れ食いビーチだ!』
「……俺は水着見せたんだから、おねえさんの浴衣も見せろよな!」
『あ、いいですよ!』
「(いいのか!?)」
『スタンドに置くのでちょっと待ってくださいね。……はい!』
「わー! お花! かわいい! 青いお花!」
『そうなの! 青い牡丹の花なの! ベースの色も麻色だから、そこまで目に痛くないし……全体的に柔らかい色合いだからすごく気に入ってて、へへ……、ダ・ヴィンチちゃんに感謝しなきゃ』
「おにいさん、ほら見てほら! ……おにいさん?」
「無理…………」
『アサシンさんどうしました? お腹冷えちゃいました? あったかいもの食べたほうがいいですよ』
「あ、それならハンバーグがいいよ! ハンバーグくじ、エミヤがつくってた!」
『一等はたぶんハンバーグ何個とかだから、がんばって! あ、これから第二レース始まるので、また!』
「うん、ばいはい!」
「ばっ、バイバイ……」
『ばいばーい!』
「……、おねえさんの浴衣、可愛かったね! おにいさんの入れ墨と、同じお花だったよ」
「おう……」
「おなかいたい?」
「いいや……うん、ああ、や、何でもねぇ。大丈夫ダイジョーブ。うん。よし、何か食いに行くか。ビーチバレーに備えて腹拵えしておかないといけねぇんだった」
「やったー! ハンバーグ! ハンバーグたべたい!」


「ハンバーグくじ、当たらなかったねー」
「そーだなー」
「当たったらおねえさんにもわけてあげたかったのにな……あ、おねえさんからライン…………おにーさん」
「ん? オイ待てどこ行く、ちゃんと後ろ見ろ! 転ぶぞ」
「はい、ちーず」
「ぶッ!?」
「上手に撮れた!」
「何やってんだおまえ!」
「おねえさんがおにいさんの写真撮って、送ってって言ってた!」
「ハァ!? おい待てやめ、」
「送信!」
「……ッ!(お、俺の写真が欲しいってことか……!? 写真なんか手に入れて何に使うつもりだよ! クソッ……)」
「おねえさんの浴衣の写真も送ってくれるって!」
「……!」
「あとでプリントアウトできるとこ探そう!」
「……なぁチビ、なんか買って欲しいもんあるか? なんでも好きなもん買ってやるよ、綿あめでもかき氷でもフランクフルトでも……」
「ほんと!? なんでも!? はんばーぐくじもう一回やりたい!」
「いよぉし、何回でもやれ、当たるまでやれ」
「やったー!」



 桃色の爪に彩られた指先が、機械で出来た板っぱちの表面をするりと撫でる。一秒前までは、そこになまえの浴衣姿が画面いっぱいに広がっていたのに、もう次の瞬間には俺の写真に移り変わっているのだから驚きだ。
「なんだか記念写真っていうか、ハプニング写真とかパパラッチみたいですね」
 そんな感想を零しながら、浴衣姿のなまえは俺の写真を覗き込んだ。間接的にとは云え、自分の失態にも近い姿をまじまじと見つめられると、流石に羞恥の念が頬に纏わり付いてくる。指先で軽く頬を掻いて、特に思うところは無いふりをした。
「急に、撮られたからねェ」そう言って、目線だけを下にやる。
 後頭部にまとめあげられた髪、その剥き出しになった白いうなじに目を奪われて、俺は着席を躊躇ってしまっていた。なまえの隣も対面の席も空いていると云うのに、ただそこを見ていたいがためだけに、俺は卓の横で立ちっぱなしになっている。この腑抜けた顔を見られたくない、と云う心理もあったのかもしれない。
 行事に感けて気が抜けていたのか、それとも相手が子どもの姿を模っていたからなのか。あのビイドロのひとつ目がこちらに向けられたとき、咄嗟に伸ばした右腕がジャックの手元に届くことは無かった。目を剥き、無様にも取り乱した俺は、物の見事にその醜態を四角の中に収められてしまった訳だ。
 なまえが俺の写真を見つめている。時折、「わあ……」などと感嘆の声を漏らし、画面を擦りながら平面に落とし込まれた俺を眺めていた。
 すぐ傍に、隣に。その被写体である俺が居るのにだ。
 そんなものに視線を這わせなくとも、いくらでも生の俺を見れば良いだけの話なのに。見て触って、好きなだけこの肌の感触を確かめれば良い。どこの部位だって、上手に頼めばいくらでも触らせてやるのだから。そうだ、腕だって足だって、胴も背中も顔さえも。耐水性の布地に隠されたところだって、どこだって、なんだって。
「本当に、全身に入れ墨入ってるんですね」
「まァね、」
「水着の下もですか? 内腿とか……」
 なまえが、俺の股回りを観察するために、板の表面に触れる。実際に触られている訳でもないのに、腿の筋肉がぴくりと跳ねた。何を誤魔化す訳でもないが、片足に体重をかけ直す。揺れる細い足枷が、俺の心の機微を嘲笑った。
「……見たい?」
 浴衣姿の女と水着姿の男が同じ空間にいるだなんて、やはり違和感がある。せめて甚平の一枚でもあれば、それなりの雰囲気で以てなまえの肩に影を落とせたのかもしれない。
 ほんの少しだけ、なまえとの距離を詰める。それは人気の少ない食堂の端にしては、若干余裕を持ちすぎたようにも見える距離感で。
「確かめてみる?」その言葉に吐息が乗ってしまったのは、その場に漂う酒の残り香のせいだと思いたい。
 肩が触れ合うほど身を寄せてしまえば良かった。こちらは軽装、殆ど裸体に近い状態と云えど、なまえの気を引くための武器は万全の状態で揃えられている。意識されれば儲けもの。されなくば、その程度と云うことだ。
 揶揄って、弄って、それで終わりで良かった。どうせ適当にあしらわれるだけなのだから、「見せてくれるんですか」いつものように戸惑ったさまを見て楽しんで終わりで、はあ?
「見てもいいんですか!?」
「ばッ……、お、俺の入れ墨、そんなに見たいのかよ」
「えっ、だってアサシンさん、今見せてくれるって」
 確かにそうは言ったが、そこまで乗り気になるなんて誰が想像出来ようか!
 上目遣いでこちらを見つめるなまえは、頬の上に薄い紅色を乗せて俺を挑発するような笑みを浮かべた。にんまりとしたその表情は、酔い潰れて表情筋の緩んだ荊軻の笑い方によく似ている。
「あっ、でもわたしに見せてくれるってことは、マスターさんにはもうすでにお見せしたんですね? わ〜、すけべですね〜!? どすけべアサシン! いけないんだ!」
 俺の居ぬ間に、強い酒でも呷ったか。近くに寄ったときに鼻を掠めた酒の臭いは、俺の勘違いでは無かったと云う訳か。なまえの呼気は程よく酒臭く、微かに柑橘系の香りを含ませている。
「アンタ酒飲んでんの? 昼間も飲んでたよな? あれからずっとか?」
「少ししか飲んでないですよ。ところで見せてくれるんですよね? ここで? それとも、アサシンさんのお部屋?」
「……、あのさぁ……」
 あんまりそういう、期待させるようなこと言うなよ。覚悟もねぇくせにさ。
 睨みつけたところで、悪戯を企む童の笑みがその顔から取り除かれることはない。「ふふ、なんですか?」呆れと憤りを込めた視線すら、その呼気ひとつに吹き飛ばされてしまう。
 少し強めに手を引いてこちらの私室に放り込んでしまえば、己の発言がどれほど重いものだったかを身体で分からせてやることが出来るだろう。そんな軽率に衣服の下を見せろなどと発言すべきではない。例えそこに、どれほど美しい紋様が刻まれていたとしても。もし、その言葉の矛先が俺以外の男にも向けられるようなものであったとしたならば――いいや。俺に、彼女を罵る資格など初めからある筈もない。素面でも似たような発言をするくらいなのだ、その言葉が俺にどれほどの効力を持つかなど、なまえには想像もつかないのだろう。説教を垂れてやったところで、今のなまえに理解出来るだけの頭があるとは思えない。
「アンタの酒が抜けたとき、もう一回同じこと言えるってんなら、いーよ、見ても」
 思っていたよりも低くなった声が空気に触れる。びくりと背を仰け反らせたなまえは、「う?」と控えめな酒気を吐いた。卓の上に手をつく。何重にも巻いた腕輪が俺の企みに加勢する。
「この下まで、全部さ」
 己の腰に手を当て、少しだけ肌を撫でる。牡丹の輪郭をなぞり、葉の上を滑って、さらにその下を隠している布の境界線にそっと触れた。「あー、焼けちゃったかなァ?」腹斜筋の線に沿って、親指を布の隙間へ滑り込ませる。すると、なまえの喉からごくりと生唾を飲み込む音が聞こえた。俺の肉体から目が離せなくなっている事実を、ありありと見せつけられる。
「おねえさんの気が済むまで。全部、見ていいよ」
 対価を求めていないと言えば嘘になる。この紋身は彼女の気を引くために身体に入れたものでは無いにしろ、こんな千載一遇の機会を逃す訳にはいかない。幸い、なまえには酒が入っている。そこを突くなど到底褒められたことではないが、彼女の判断力が鈍っている今がチャンスなのだ。
「……どうする? 俺の部屋、行く?」
 何があっても知らねぇけど。いや、そこで何が起こるかを知ることが出来るのは俺だけなのだ。実行に移せるかどうかは、また別として。
 なまえは拳を口元に当てて、潤んだ瞳で俺の下腹部を眺めている。赤らめられた頬と下げられた眉がより背徳的な雰囲気を滲ませて、どうしようもなく胸が弾んだ。このまま担いで持って帰ってしまえたらどれほど楽か。それを許されるほど関係を深めた覚えはないし、許されたからと言ってその身体に易々と手を伸ばせるほど脳ミソの位置を下げた覚えはない。「ええと、」恥ずかしそうに口ごもるその仕草は、無意識なのか、否か。
「……お酒が抜けたら、ちゃんとお返事します、ね」
 言葉に微量の熱を含ませて、なまえは俺の身体から視線を外した。
――逃げられた!
「……、っ」
 酒が入っていることを逆手に取られたのだ。まだそれを言えるだけの判断力が残っていると云うことは、そこまで大量の酒を浴びた訳でもないらしい。それに気づかぬほど、俺の洞察力は鈍っていたと云うのか。見慣れぬ催しに浮かれているうちに、いつの間にか骨を抜かれていたなどと。
 しくじった。目も当てられない。これではあの方に向ける顔が無い。
 俺は硬直し、返事の一つも出来なくなってしまっていた。開閉するための口さえ、顔のどこに付いていたのか憶えていないほど。粘つく舌の位置を探り、やっと何かしら返事をしようと唇を開いた瞬間。
「やっぱり、お酒が入ってないときに、ちゃんと、見たいですし」
 肋骨の檻をすり抜けて、なまえは俺の心臓を鋭利な角度で以て貫いた。よそ見をしながら吐き出されたそれはどこまでも蠱惑的で、衝動のままにその剥き出しのうなじに手をかけてしまいたくなる。言葉の裏に込められた意味をどうにか探り当てようと、懸命に思考を巡らせる。彼女の体内に潜り込んだ酒の要素が邪魔をして、いつまで経っても真意が掴めない。
 呂律は回っているものの、舌の上には若干の危うさが残されていた。それは狙ってのものか。もしそうだとしたら、あまりにも性根が腐っている。
 潤ませた目をゆっくりと細めながら、なまえはこちらへと向き直り、笑う。その呼気を鼻にかけて、満足そうに唇に弧を乗せた。
「……って、けーかさんが言ってみろって」
 にんまりと。
 その薄い瞼の奥に、赤に浸食されかけている眼球を隠した。
「ふふふ、効きました?」
 毒婦に惑わされる男の心情など、到底理解出来そうにもないと思っていたのだが。引き抜かれた生の心臓に、頬擦りをされているような心地であった。
 もし。限りなくゼロに近い可能性ではあるが。なまえがサーヴァントとして座に登録されるようなことが、万が一にでもあったとしたのなら。彼女の適正クラスは当然、キャスターに違いない。
 奥歯を噛む。何でもないような顔をして、肩をすくめた。
「弱体無効バフにより全く効きません、残念でしたァ」
「ええぇ、ざんねんー」
 戯けてみせたところで、この胸の高鳴りを誤魔化すことは叶わなかった。なまえの何気ない仕草、その表情ひとつひとつに、心を揺さぶられてしまう。
 もし、彼女に酒の一滴も入っていなかったとしたら。もう少し強気に出ることも出来たのだろうか。結局、普段目にしないなまえの姿に踊らされてしまっている。「ふふ、アサシンさん、変な顔」蕩けた微笑みが脳裏にこびりつく呪いをかけられる。緩められた口元は俺の視線を瞬く間に絡め取って行き、また、「ふふふ、」と俺の心に息を吹きかけた。
 その無防備な面を、この手の中に収めてしまえたならば。あの頬に触れるための掌は卓の上に張り付いている。もう片方の掌さえ、この身に咲く華の輪郭を撫でるばかり。
 俺が知性の欠片もない、下半身で物を考えるような、極めて軟派な遊び人の鑑であったとしたのなら。こんな苦労を味わうこともなかったのだろう。ああ、どうでもいい女相手なら、ここまで悩む必要もなかったと云うのに! 理想の姿で身を取り繕ったところで、本質まではそう易々と作り変えられるものではない。
 変わったところで。なまえがその俺を受け入れてくれるとは限らないし、考えようによっては、俺ではない別の誰かの手を借りていることになってしまう。それで得られた評価に、一体何の価値があると云うのか。
 勝負事は、やはりサシでなければ。
「酒が抜けたらさ、いつでも呼んでよ」
 その麻色に咲き誇る、青い牡丹の花に免じて。今回ばかりは見逃してやろうと決めた。
「好きなだけ、見せてやるからさァ?」
 浮かべた薄ら笑いに、今後の期待をたっぷりと込める。「約束、な?」瞠目したなまえを、細くなった視界の中に収める。なまえの面食らった表情は、いつ見ても気分の良いものだった。

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