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 新リーグ委員長就任式及びバトルタワー設立記念式典には、大勢の人々が集まってくれた。他の地方からの来客も多く、ぽつぽつとある見慣れない顔に少しばかり緊張する。
 なまえもモクランさんも、ポケモンバトルやその周辺の人間と直接的な関わり合いは無いにしろ、招待さえしてしまえば知人のよしみで挨拶程度に顔を出してくれるのではないか――そんな淡い期待を胸に招待状を送ってみたところ、参加の返事が手元に届いたときは、暫く机の上で嬉しさを噛み締めていた。
 なまえに会える。なまえに。
 なまえが、向こうから。オレに、会いに来てくれる。

(会える、なまえに)(知り合いを式に呼ぶなんて当たり前のことだ、何もおかしなことじゃない、)(なまえが、会いに来てくれる。オレに会いに……)

 正装に身を包み、普段と変わらぬ表情を顔に張り付け、開式の言葉を述べる司会の声を聞く。次第通りに式は進行し、乾杯の挨拶をする。その後の祝賀会食を含めた歓談の流れで、少しの間だけでも良いから言葉を交わせれば。そう思ってふと、来賓と対話をしながら会場内でなまえの姿を探していたとき。
 オレはその一瞬で、この目にはっきりと焼き付けた。紺色のドレスに身を包み、見慣れない耳飾りを揺らして、穏やかな表情で目を細めている、なまえの姿を。

(なまえ、)(笑っている、)(どうして?)(そんなに面白いことがあったのか?)(オレと言葉を交わすよりも?)

 遠目に見ているだけなのに、オレは胸の裏で激しく動揺した。本当に、胸を打つ微笑だった。目を細めているなまえは、オレの記憶のどこを探しても数えるほどしか居ないと言うのに、あんなにも容易く簡単に、この場に居るという理由だけで手に入れられる人種がいる。
 その笑顔を独り占めにしたいと、浅ましい欲望が腹の底で沸騰するくらいには。きみへ向ける感情が、育ち切ってしまっている。
 粘着質な、醜い妬みのこころが揺れ動いた。鼻の奥が熱くなる。憎悪、羨望、悋気、そのすべてが交わって、オレの胸を締め付ける。
 それらが表情に出ることはない。普段通りの顔で、目の前の人間と話を続ける。簡単なことだ、造作もないことだ。「はは、光栄です」思ってもいない言葉を口走る。誰しもに同じ対応をする。容易いこと。他愛もないこと。けれどもその裏で、オレはどんどん暗い水の底へと沈んでいく。煌びやかな会場に不釣り合いな情念は、肋の内側にでも隠しておくべきだ、それなのに。

(どうして、何故……)(そんな顔、オレは数えるほどしか見たことが無いのに……)

 なまえは、オレの知らない男に、にこにこと笑いかけていた。仏頂面の記憶しかなかったモクランさんも穏やかに微笑んで、ジョウト訛りの強い男と、楽しげに話し込んでいる。

(なんだ、何がそんなに面白い)(オレへの挨拶が先だろう?)(何をそんなに楽しそうに、)(なんだその服は、肩が丸出しじゃないか)

 オレはそれが気が気でなくて、人と人との話の間、視線の端でずっと向こうの様子を伺っていた。それから一度も目線を合わせることはなく、挨拶回りに明け暮れる。
 後ほど用を足しに立ったときに、付いてきたキバナがオレの正装のポケットに何かをねじ込んで来た。手を洗っている最中だった為何を入れられたのか分からず口頭で確認してみると、性交時に使用する潤滑剤とコンドームだと返って来た。思わず水を握ってしまい、手洗い場を濡らしてしまう。

「するならちゃんと使えよ、サイズ合うかわかんねーけど」
「なんだ、藪から棒に!」
「ポケモンの交尾と違って人間同士はゴム付けないといけないんだよ」
「知っている!」
「ちゃんと付けろよ、じゃないと嫌われるぞ」

 じわじわと顔が熱くなっていくのを感じたが、結局、それらがポケットの中から出ていくことはなかった。
 会場に戻っても、なまえがオレのところに来る気配は無い。関係者や知り合いたちと当たり障りのない挨拶をして、それの連続だ。色鮮やかに盛り付けられたフィンガーフードに手を伸ばしても、うまく喉を通ることはない。胃の奥が鉛を飲んだように重く、何やら不快なのだ。
 無性に、胸がざわつく。何も特別なことなんかない筈なのに。なまえと同じ空間にいるのに、引き合わされることはない。同じ地方で、同じ土地の上で、生活しているのに、重ならない。交わらない。
 いつものことだ。いつもの、こと。そうだとしても、せめて、顔を見せるくらいはするものではないのか。
 嫉妬。なんて醜い感情なんだろう。羨望。あの男がオレであったら良かったのに。怨恨。そんなものを抱くなど、それこそ烏滸がましい。
 恨めしい。妬ましい。いついかなるときでもオレを優先してほしい、そんなことばかりを考えてしまう。オレにそれを望む資格など、ある筈も無い、けれど。

「なまえ、」
「ん、ダンデ」

 なまえが席を立ち、戻ってくるタイミングを狙って、その目の前に立ちはだかる。「あ、ええと、おめでとう。ごめんなさい、挨拶にもいけなくて」「いや、いいんだ。話し込んでいるようだったし、」ぴくりと、なまえの唇の端が上がった。胸の奥が抉られる感覚に、眉間が跳ねる。あの男のことを考えているのだろうか。随分と、オレと話すよりも楽しい時間を過ごしてくれたようだ。

「そうだ、このあと、オレの部屋に来てくれないか。久しぶりに、きみとゆっくり話がしたい」
「いいよ。わたしも、ダンデに話したいことがあったの」
「オレに話したいこと?」
「うん。あとで話すね」

 そして、するりとオレの横を抜けて、「またね、委員長」と彼女は言う。茫然と立ち尽くしているオレを、気を見計らった人びとが囲む。
 ああ、オレは、もう、きみの前でダンデとして生きることすら許されない。たちの悪い冗談か。それとも、その名で呼ぶのが気恥ずかしいのか。
 もう一度、オレはダンデになりたいのだ。それはなまえに想いが伝わらなかったときのダンデだっていい。怪我をした肘に絆創膏を貼られたときのダンデだって、七度目の防衛戦を完勝したときのダンデだって、マサルに破れたときのダンデだって、なんだっていい。
 なんでもいい、きみがダンデと呼ぶ者であれば、オレは何者になろうが構わない。きみが、そう呼んでくれさえすればいい。オレに、何の興味もないきみが、たった一言、オレ自身を求めてくれれば、それでいいのに。

◇◇◇◇◇◇

 閉会式を終え、自室でなまえが訪れるのを待った。暫くすると、インターホンの音がオレの胸を後ろから突き刺した。動揺する心臓をいなしながら、来客を迎え入れる。

「お邪魔します」
「あ、ああ、部屋に入ったら、好きなところにかけてくれ。何か飲み物を入れるよ」
「ありがとう」

 胸の裏で、ばくばくと、うるさいな。
 なまえと二人きりなんて、いつぶりだろう。すれ違ったときに香った香水の匂いに、心音はまた激しさを増した。
 なまえ、なまえ。すごく、きれいだ。いや、すごくかわいい、耳飾りも、よく似合っている。言えば、空気を壊してしまうだろうか。テーブルの上にそっとふたつのグラスを置いて、ソファに座るなまえから、少し遠い椅子に座った。「なんでそこに座るの」「いや、近いのも、あれだろう?」「なにが?」ああ、本当に、何も変わっていないんだな。警戒心が無さすぎる。オレに興味がないのか、オレを信用してくれているのか。
 なまえがどちらの心情を胸に抱いているかなど、オレはとうの昔に知っている。少し間を開けて隣に座ると、「わたしから先に話してもいい?」と珍しくなまえから話を始めてきた。かぶりを振って、うるさい心臓を落ち着かせるために呼吸を深くする。

「あのね、今日、おばあちゃんの知り合いの人が来ていて」
「ああ」
「ジョウト地方に、アルファベットっていう文字によく似たポケモンがいるから、それの研究をするのに、翻訳家がいると嬉しいって話をされて。それで、」
「行くのか」

 心臓が大きく跳ね続ける。うるさい、大人しくしろ。「うん。わたしもジョウト地方に、行こうかなって思ってるよ」どうしてそんなこと言うんだ。どうして、「その、翻訳の仕事自体は、ガラルではできないのか?」「できるよ。でも、向こうに行ったほうが都合がいいの」今日話せて良かった、なんて、言わないでほしい。

「行くな、」

 あまりにも唐突に、その言葉は弾き出された。少しだけ大きく開かれた目が、ふたつばかりこちらを見つめた。
 オレになまえを引き止める権利などある筈がない。だって、オレはなまえの、ただの幼馴染、いや、顔馴染み、なのだから。

「なんで?」

 答えられなかった。なまえを失うことが怖くて、それどころではなかったのだ。
 オレはどうすればいい、なまえが遠いところへ行ってしまう、オレはガラルから離れることはできない。ここを捨てていくなんてことは、どうしてもできないんだ。
 嫌だ。なまえがオレの世界から完全にいなくなってしまうのが怖い。どこにも行かないでくれ、彼女をこの地に縛る術は何だ。

「なまえ、オレと、結婚してくれ」

 思わずなまえの両腕を掴み、すべての工程を飛ばして、求婚の言葉を吐いた。
 あの頃の告白とはまた違う。だってこの胸の高鳴りは、十年前のそれとは全く異なる色をしている。単純な恐怖から打ち鳴らされた地を這う低音が、オレの胸の奥でけたたましく響きわたっている。
 なまえを失いたくない。そればかりが先行して、息が切れる。脂汗が垂れる。じっとしていられない。急に触られて驚いたのだろう、「ダンデ?」と名を呼ばれ、顔が熱くなった。思わず彼女から手を離して立ち上がって、肩で息をする。頭に血が昇っているだけだ、でもこの気持ちは本当なんだ、落ち着け、心を乱すな、落ち着け!

「なんで、」
「好きなんだ、ずっと前から、きみのことが好きだった」
「……結婚?」
「っ、ああ。オレと、結婚してほしい。絶対、絶対に幸せに、する」
「……」

 振り返って、目を丸くしているなまえの顔を見やる。すると、「新しく、リーグ委員長を任されて、バトルタワーの、支配人も兼任して……」表情を緩ませたなまえが、オレを宥めるために、「たぶん、今、不安定な時期だから。もう少し、時間を置いてから、ゆっくり考えて、それからでも、」残酷な言葉を吐き続ける。
 だめだ、遅い、それからでは遅いんだ。そんなことをしている間にきみは他のところへ行ってしまうだろう。
 まただ、きみはまた、オレのことを躱した。言葉を素直に受け止めず、現実から逃げ出したいがために錯乱したのだとして、またオレを正面から見据えることを拒んだ!
 彼女の腕を取り上げて、立ち上がらせる。痛みに顔を歪めたのに気づいて、少しだけ力を弱めた。その視線はオレにだけ向いてくれれば良い。どんな侮蔑の色が滲んでいたとしても構わない。ただ、オレは、オレの言うことを信じてほしいだけなんだ。

「……、や、……」
「考えた、考えたんだ、考えた末の、これなんだ。何年も考えた、ずっとずっと考えていた、決して突発的なものじゃない! 好きなんだ、オレと結婚してくれ、なまえ、ずっと好きだった、ずっと……」
「……お酒飲んでるの?」

 断られることもなく、ただ、躱されている。嫌だと拒絶されるならまだ諦めがつく、なのに、どうして、信じてすらくれないんだ。
 鼻の奥が熱くなった。溢れそうになる涙を堪え、細い身体をなりふり構わず抱き締める。

「なまえ、頼む、話を聞いてくれ……、」
「なに、……」
「好きだ、なまえ、すきなんだ、……っ、ずっときみが好きだった……っ」
「……」
「ずっと前からっ、……っ、ずっとずっと好きだった、本心だ、本当なんだ。オレは、なまえのことが好きなんだ……っ」
「……っ」
「なまえ、行かないでくれ、ずっとここに、オレと一緒に居てくれ……っ」
「……、」

 分かったと言ってくれ、どこにも行かないと囁いて、オレのことを抱きしめ返してくれ。

「なまえ……っ」
「……、嬉しい、けど……」
「……っ、」
「ダンデに必要なのは、わたしじゃないよ」

 オレはいつになったら、きみを好きになっても許されるんだ。いつになったら、きみはオレのことを信じてくれるんだ。オレはそんなにも信用できない人間なのか。オレではだめなのか、一体何がだめなんだ。
 欲しい言葉以外を耳に入れることすら許せなくて、彼女をありったけの力で抱き締めた。「オレに必要なのはきみだ、きみなんだ!」オレはきみにとって、取るに足らない存在なのか。そこまで、だめな男なのか。

「なまえ、好きだ、本当なんだ……、どうすれば信じてくれるんだ。オレは、きみと結婚がしたい。ずっと一緒に居たいんだ。嫌なら断ってくれて構わない。二人で住むのが嫌なら、今まで通り会いに行くよ、」
「いやとかじゃないの、ただ、わたしじゃダンデに釣り合わないよ」

 オレの胸に、なまえは鋭利な刃物を突き立てる。致命傷にならない程度の傷を、深く、深く刻んでくる。
 せめて諦めさせてくれ、どうして、拒絶すらしてくれないんだ。曖昧な言葉で返さないでくれ、期待をしてしまう。こうして身体を寄せたところで目立った抵抗がないのは何故なんだ。相手がオレだからか、それとも、誰にでも同じような対応をするのか。
 オレに釣り合う人とはなんだ、きみでなければ誰なんだ。「嫌なら嫌だと言ってくれ、頼む、」「嫌じゃないよ、ダンデのことは好きだから」その一言に、オレがどれだけ心を乱されると思っているんだ。「でも、ダンデは、別に、わたしのことが好きなんじゃないよ。今まで近くにいたから、急にいなくなるって聞いて不安に」なっただけ、なんて、言わせない、言わせるものか。強い力で抱き締めて、続く言葉を奪った。近くに居ようとしたことなんて、一度も無かったくせに。
 オレがどれだけ寂しい思いをしていたか、きみには分かるまい。分かったところで今更だ、もう遅い。
 全身の毛が逆立つ感覚に襲われる。フウ、と息を吐いて、妙に落ち着いた心を更に宥めてやる。びく、と肩を跳ねさせるなまえを腕の中で感じたものの、逃してやろうという気は起きなかった。
 なまえをベッドへと突き飛ばし、矮躯の上に跨る。荒い息を吹きながら乱暴になまえの腕を掴むオレは、誰が見てもただの暴漢なのだろう。細い息を吸い込む音に興奮してしまうのは、きみがオレに初めて見せる表情がそれだからだ。
 小さな顔だ。ぬるくてやわらかい頬だ。それを両手で包んで前傾し、少しばかり揺れが増えた瞳を捕まえる。

「なまえ、オレは本気だぞ。きみが好きなんだ。きみと恋人になりたい、きみの夫になりたい。本当に、きみのことが好きなんだ」
「……夫婦になっても、いままでとそんなに変わらないなら、ならなくても……」
「…………なんで、」

 決定的な言葉で断ってすらくれないんだ。どうして、そんなに曖昧な言葉ばかりを使うんだ。ダンデとは結婚できない、したくない。ただそう言ってくれればいいだけなのに、そうしたら諦めもつくというのに。諦めさせてくれもしない。

「なんでダンデはそんなにわたしと結婚がしたいの? わからない……、」

 きみが好きにさせたくせに。オレの目を惹いたのはきみのくせに。声を聞きたい、会いたい、触れたいと、このオレに何度も思わせたのはきみのくせに。
 ああ、胸が、張り裂けるほどに苦しい。

「どうしてそんなこと言うんだ、」

 彼女が望む現状維持の理由は、なんともひどいものだ。なまえにとって、オレは本当に取るに足らない存在で、一緒に居ようがなんの得も価値もない、ただの、少し昔に知り合っただけの男なのだ。
 そのくせに、オレの付加価値にはなんの興味も持とうとしない。せめてそこにだけでも触れてくれていたならば、何か変わったかもしれないのに。
 突き立てられた残酷な現実に目がくらむ。なまえは、チャンピオンにも、リーグ委員長にも、バトルタワーの支配人にも、オレに関する事柄のどれにも興味がない。
 オレ自身にすらも。「……ふ、」目が眩む。俯いたところで、白い肩口が視界いっぱいに広がるだけだ。
 知っていたさ、理解していた、けれど気付きたくなかったんだ。なまえもオレと同じ気持ちであればいい、そう思っていた。完全なる同一の感情でなくとも良い、少しだけでもいいから重なるところがあればいいと。
 自惚れていたんだ。長い年月をかけて心情の変化があったかもしれない、そんな期待だけで彼女に触れようとした。結果は、このざまだ。何も変わっていなかった。オレはこんなにもきみへの気持ちを募らせて、こんな薄汚い欲望に左右されるような感情に呑み込まれるまでになってしまったのに。
 彼女は拒絶をしない。自分の中にある明確な意思を伝えることしかしない。昔と何も変わらない、オレばかりきみへの気持ちが強くなって、濃くなって、大きくなって、ただ、苦しいばかりだ。
 きみが欲しい、手元に置いておきたい。どこにも行かないで欲しい、オレの傍にいることが当たり前のようになってほしい。
 抑えられない衝動が、オレを突き動かした。なまえの無防備な唇にかぶりついて、激しく食む。「ん、ッ……!」潰れた声が、初めて聞くその声が、無性に愛おしくて、下腹に響く。逃げる小さな舌を捕まえて、角度を変えながら何度もキスをした。

「なに、」
「なまえ……っ、は、っ……好きだ……っ」
「や……っ」
「好きだ、」

 呼吸の合間にそう囁いて、また唇を押し付ける。押された肩なんか知らない、暴れようとする脚も、大した脅威ではない。
 なまえの身を包んでいる紺のパーティードレスは、彼女のきれいな身体のラインを余すところなく美しく表現してくれている。綺麗だ。胸のふくらみも、腰の細さも一目でわかる。剥き出しの肩のラインも、本当に、目を惹く。胸元から腕にかけては透けていて、花柄のシルエットが肌の露出のところどころを隠している。
 こんな服を着てオレ以外の視界に入って、大して知らない奴の前で、へらへらと笑っていたのだ。オレにだってそんなに見せない笑顔を、他の男の前で安売りした。

「なまえ、なまえ……、好きだ、」

 許せなかった。オレはこんなにもなまえのことが好きなのに、彼女は他の男に媚びへつらい、気に入られようとして、慣れない笑顔を作るのだ。オレにも笑いかけてほしい、声をかけてほしいのに、触れてほしいのに。
 オレはこんなにも、きみに興味があるのに。
 鎖骨にかぶりつくと、なまえが嫌がって身体を反らせた。空いた隙間に手を滑り込ませ、編み込まれているリボンの端に手をかける。
 平たい紐の端を掴み、性急にそれを解いた。鎖骨に舌を這わせながら身体をまさぐり、なまえを縛り上げている紐をゆるめていく。「う、っや、」強引に服をずり下ろすと、肩紐のない、面積の少ない黒の下着が現れる。「……ッ、」思わず唾を飲み込んだ。なまえの胸囲を締め付けるそれは、機能性とデザイン性に富んだシンプルな形のものだ。「なまえ、」声をかけてもじっとしている様子は、困惑しているようにも、怯えているようにも見えた。力では勝てないということが分かって、抵抗する気力も失せたのか。
 オレ以外の男にこういうことをされても、同じようにしているのだろうか。
 それならば、もっと激しく抵抗されなければ。もっともっと、オレを殺すつもりで腕や脚を振り上げて、首に手をかけてほしい。それほどまでに熱く燃える激情を、オレは彼女にぶつけてほしいのだ。オレがそうだったように。
 なまえの膝裏に手を滑り込ませる。両膝を片手でまとめ、なまえの身体を折り曲げた。「うあっ、」紺色のスカートが翻り、白い太腿と、秘部を覆う黒色の下着が現れる。尻のほうへと指先を這わせて、躊躇いながらもその布をめくり上げると、なまえの、桃色の性器が現れた。

(なまえの、)

 息を詰めるなまえの仕草にぞくりとして、つい、笑みが溢れる。
「いや……、っ、いや!」
 肉の割れ目に、そっと指を滑らせてみた。そこは既に少し濡れていて、オレを受け入れる準備をしてくれている。
 ポケットの中に入っている、個包装された潤滑剤とコンドームを取り出す。オレはなまえの膝裏を押さえたまま、潤滑剤のパッケージを破り、中身をなまえの性器に垂らした。「いやぁあっ、」冷たさからか、小さな身体が跳ねる。膨らみを濡らす粘液が、肉の溝に入り込んでいく。

「やめて、ダンデ、やだ、っ」
「なまえ、力を抜け、」
「いや、」

 なまえの声を遮って、小さな穴にゆっくりと指を押し込んだ。「っ、!」強張るなまえのからだ。ぬる、と滑る内側の肉は、つるりとしたところと、ざらざらしたところがあり、そのざらついたところに触れると、なまえは腰をびくんとさせる。

「あ、」

 ぞく、と背筋が震えた。なまえの、聞いたこともない声だ。甘くて、熱い、腹の奥に響く声。
 優しく指を出し入れすると、粘着質な音が鳴って、内壁の締め付けが強くなった。「なまえ、痛くないか」「っ、う、あ、やめ、」ゆっくり、内側の襞一枚一枚を指の腹で撫でる。くちゅ、と愛らしい音が立って、また内側が締まる。
 ここに、こんな小さな穴に、オレのものが入るのだ。今も、まだかまだかと出番を期待しては膨らんでいく熱源が、指の一本で痛がっているこの穴に、収まるのか。

「うう、ダンデ、だめ、こんなこと、しないで」
「どうしてだ、」
「っ、あ! あっ! よくない、せっか、く、委員長……っ、」

 たっぷり濡らした膣道の上部を、指の腹で押し上げるように抉る。「ぅあ、あっ!」なんだその声は、オレを興奮させたいのか。滑り込ませる指を増やし、優しく出し入れしながら、ざらついた内壁を撫でる。
 指をゆっくり引き抜くと、とろ、と不透明になった汁が糸を引いて現れて、なまえがオレの指で感じてくれていることが分かり、静かに胸を熱くした。恥ずかしそうに顔を隠しながら息を切らせているなまえは、可愛くて、清らかで、めちゃくちゃに穢してやりたくなる。
 オレにこんなどす黒い欲望を溜め込ませたのはきみのくせに。こんなに好きにさせておいて、何も知らない、分からないなんて言わせない。
 乱暴にドレスを脱がせ、下着もすべて剥ぎ取る。一糸まとわぬ姿のなまえは、可憐で、無垢で、どこまでも綺麗だった。その肌についた下着の跡を見るだけで、自身が奮い立っていくのがわかった。
 オレは暴発しそうな程膨らんでいる陰茎を取り出し、なまえの太ももに竿を擦りつけた。息を詰める彼女の柔らかい皮膚に軽く埋まるそれは、びくんびくんと脈動して、すでに先端から涎を垂らしている。なまえの指が回りきるかも分からない程太く育った、劣情のかたまり。それを、彼女に突きつける。

「なまえ、きみのせいだ、きみが、オレをこんなにして、きみのせいだぞ、」
「う、うぁ、そ、んな、ちがう、」
「違わないっ」

 目元を涙で滲ませているなまえを眺めながら、性急に服を脱いでいく。「きみのせいだぞ、」暴れる矮躯を押さえながらそれをするさまは、もう、ただの薄汚い欲にまみれた男のそれにしか見えないのかもしれない。興奮の息を吐き、折り畳ませたなまえの身体を軽く撫でる。閉じたそうにしている脚の間に身体を捻じ込んで、熱い息を吐いた。
 放っていたコンドームを焦燥感の絡まる指で拾い上げ、中身を取り出す。荒い呼吸を散らし、先端に被せたコンドームの精液溜まりを押さえながら、くるくるとそれを巻き下ろしていく。思ったよりきつく、多少の痛みを感じて唇を噛む。本当はこんなもの着けたくもない。けれど、オレがきみに対して本当に誠実な愛を向けているということが伝わるのならば、痛みにだって、本能から来る欲求にだって、耐えられる。
 なまえはその光景を、瞳を翳らせながら見つめていた。「なまえ、入れるぞ、力を抜けよ……っ」足を開かせ、先端をぴたりと膣口にあてるも、なまえの身体は見ればわかる程に強張っていて、それを受け入れてくれる気配はない。
 受け入れる気がないのなら、強引に押し込むまでだ。このまま腰を押し進めれば、なまえが、遂に、オレのものになる。どんなに手を伸ばしても届かなかった、届いたと思えば指先を掠めて、オレの手の中からこぼれ落ちてばかりだった。すれ違うどころではない、炎を口に含もうとして唇を焦がす愚かな行為がそれだった。オレが焦がれて仕方のなかったものが、やっと、手に入るのだ。
 なまえがオレのものになる。他の誰もが手を付けない、オレだけのものになる。

「好き、好きだ、なまえっ、好きだ……っ」
「っ、あ¨……っ! やめ、ッ」

 なまえの中に、ゆっくりと、自分の劣情を押し込んでいく。受け入れられたくて仕方がなかった自分自身、許されたくてどうしようもなかった劣等感を、奥へと向かって、無理やり捻じ込んでいく。隠れた肌を暴いて、手垢をつけて、その表情も、「っ、あ¨、ッ、……っ!!」押し出された声すらも、すべて、オレのものにする。
 好きだ、なまえのことが、好きだ。彼女を統括するすべてがオレのものになればいい。オレだけのものに。なまえは、オレだけが触れてよくて、オレだけが傷つけてよくて、オレだけが愛していい人なんだ。

「う¨、……! い¨や、あッ! う……っ、う¨あ¨……!」
「は…………ッ、ああ……っ、っ……!」

 どんなに嫌がられても、拒絶をされても、嫌われても、なまえがオレのものになってくれさえすればそれでいい。「ふッ、ふ……っ」締め付けられるような鈍い痛みが竿全体を包み込んでいる。けれど今は、杯の内側が濡れていく感覚で、頭が飛びそうなんだ。
 彼女の中に自分を差し込んで、少しずつ、オレという存在を馴染ませていく。軽く腰を回し、摩擦を増やして、徐々に己の形を慣らさせる。すると、なまえからの目立った抵抗も薄くなり、嫌とも言わなくなった。懸命に身を縮めて、「う¨っ、えぐ、う、」吐息に濡れた声を漏らしながら、震えている。

(なまえ、ああ、なまえ……)

 もう、これで。

(オレのもの、)
(なまえは、オレのものだ)

 そう思うと、抑えていた笑いが、少しずつ喉を通って込み上げてきた。背骨に軽く電流が走る、背筋がゾクリとして、呼吸がみだれる。
 なまえはもうオレのものなのだ、その言葉を反芻する度に、腹の奥が異様に疼いた。
 嬉しい。あれだけ近くにいたのに、なまえはいつも遠くにいるような感覚だった。オレがガラルを駆け抜けていたときも、彼女は委員長からの推薦状を受け取ることもせずに、祖母と静かに暮らし続ける道を選んだ。その後もこまめに連絡を取り合っていた筈なのに、オレはどこか寂しさを感じていた。反応が薄いだとか、求めていた答えをくれなかったとか、そんな身勝手な理由ではなく、ただただ、彼女が傍にいなくて寂しいと感じていたのだ。願わくば、同じ道を共に歩んで欲しかった。それも、終ぞ叶うことはなかった。
 だが、もう、今は違う。肌が触れ合うほど近くにいて、吐息が混ざり合うほど傍にいる。熱を伝え合って、お互いに触れ合える距離にある。同じ、ところにいる。
 堪らず彼女の名前を呟くと、ぴく、とあの細い首が動いた。震える睫毛が愛おしい、それに滲む涙のしずくも綺麗で、拭い去るのも惜しくなる。これらはすべて、もう、既に。
 このオレの、ダンデのものだ。

「なまえ……っ、」

 ずっとずっと好きだった、きみのことを、自分だけのものにしたかった。誰にも渡したくはない。譲らない。オレが何をしても手に入らなかったものが、他の誰かの手に渡るなど、認められない、考えたくもない。

(なまえは、オレのもの)(オレの、なまえ、)

 ゆるゆると腰を動かすと、なまえの中がさらに狭くなるのを感じた。まるで引き止められているようで、なまえが、オレに何処にも行くなと縋り付いてくるようで、夢にまで見た光景に、視界が滲んで行く。オレが引き止めてほしいとき、なまえは一度もそれをしてはくれなかった。しかし、今は、こんなに全身でオレのことを締め付けてくれて、オレの存在を引き止めてくれている。

「なまえ、かわいい、好きだ、好きだ……っ」
「う、ぅう、う¨……っ、いたい、いたいっ! ダンデ、痛い……っ、」

 ふと、我に返る。そうだ、オレだって肉を締め付けられて随分と痛みを感じているのに、異物を押し込まれているなまえが痛くない訳がない。
 あんなに何があっても動じなかったなまえが、他者にその在り方を酷くなじられても眉ひとつ動かさなかったなまえが、表情を歪め、オレの下で涙を流している。「う¨、」喉を潰して鼻を啜るなまえは初めて見る。その涙に起因するこの行為をやめて、すぐにでも彼女と距離をとるべきなのに、どうしてか、それができない。

(きみは、そんな顔で泣くんだな、)

 涙声でオレの腕を押すなまえは、抵抗しているのだろうが、こちらが少しでも動くと途端に大人しくなった。腰を揺らすと、あ、と声を上げて、動きを止める。震える指先でオレの腕に触れ、内壁をきつく締め上げる。

(かわいい、)(かわいいな、)(なまえ)(かわいい!)(かわいいぞ、)

 内側での摩擦が、彼女の行動を制限している。腰をゆっくりと前後に揺らすと、もう、なまえはまともに動かなくなった。「っ、う¨、い¨、」その代わりに、オレを呑み込んだそこを、きゅう、と締め上げてくるのだ。オレの一番感じるところをきつく絞られて、こちらも声が出てしまう。「はあ、なまえ、そんなに、」締めないでほしい、歯止めが効かなくなる、そんないじらしい反応をされたら、まるで、受け入れてもらえたかのような気になってしまう。
 本当は無条件に受け入れて欲しい! オレだからという理由で、なんでも受け止めてほしいのだ。もしそう口にすれば、それでは条件があるだろうといつものようにいなされるのだろうか。

「う、やめ……、やめて、……っ! やめ、」
「嫌だ、やめない……っ」

 ぐっと腰を押し込むと、竿が痛みにも慣れてきたのだろうか、ぬめる肉の壁を掻き分けて行く感覚を覚えた。濡れた襞がびっちりと絡み付き、オレの腰を跳ねさせる。「っぐ、う、ッ」「……、ひ、っ」声を絞り、懸命にオレのものを受け入れようとするなまえのすがたが愛おしい。
 ふいに、壊したい、とさえ思ってしまう。それはいけないことだ、だめなことだ、考えることすら許されないことなんだ。でも、オレを壊したなまえには、それ相応の対価を払って欲しいと、思ってしまう。
 壊したい、束縛したい。きみはオレのものなのだと、他の誰でもないきみに認めさせたい。オレ以外の一切を見ないで今後の人生を歩んで欲しい。オレだけを見ていてほしい、願わくば、オレ以外の誰とも幸せにならないでほしい。だって、オレはきみ以外と幸せになんかなれないのだから。
 少しばかり強引に、奥まった部分へと入り込む。内壁に擦られながら、根元近くまで自分のそれをねじ込んだ。柔らかい尻肉に睾丸を押し返され、奥歯が揺れる。
 みっちりと、入りきった感覚がある。嬉しい、なまえの身体は、オレのものをすべて受け止めてくれたのだ。

「はっ、はっ……、ふ、はは、は、」

 なまえのなかに、自分のものがぴったりと収まった感覚があった。なまえに包み込まれている感覚が、ほんとうに、気持ちが良かった。「はあ、あ……っ、」きつい、あたたかい、きもちがいい。早くもっと気持ちよくなりたい、なまえの声をもっと、たくさん聞きたい。今のものよりもずっと熱で溶けたきみの声が欲しい、オレで溶けきった彼女の声が、この耳に届くことを望んでしまう。
 オレのことを溶かしたくせに、ゆっくりと時間をかけて、こちらが気づく暇もなく壊してくれたくせに、償うこともないままどこかに行こうとするだなんて、絶対に許さない、許さない、許してなるものか。

「……っ、や、……め、や¨めてっ、痛い、い¨っ……! やだ、あ¨、っ」
「嫌だ、やめない、」
「なんで、」

 そんなの、きみとずっとこうしたかったからに決まっている。きみがオレから離れられないようになればいい。嫌われたっていい、とにかくきみと一緒に居たい。それだけなんだ。
 陰茎の根本に、なまえの陰唇がぴったりとくっついている。驚く程柔らかくて、熱くて、湿った皮膚だ。未だになまえとこんなことをしているのが信じられず、結合部をじっくりと眺めてしまう。恥ずかしそうに伸縮を繰り返す陰核の動きがたまらない。ひく、ひく、と真っ赤な肉粒がオレの視線を避けようと身動ぎする。「やだ、……」拒絶するときだけ、彼女は饒舌になる。言葉も少なく、無表情で、無愛想で、何を考えているのか読めないきみが、今どうされたいのか、今何を思っているのか、手に取るようにわかる。
 やめてほしいんだろう。それ以外に何もある筈がない。
 けれども、オレはやめない。オレはもう何も諦めないし、何も手離さない。
 無敗の王者は消えたのだから、あとは、ただの男が残るだけだ。きみが欲しいと心から願うダンデがそこにあるだけで、他のものは何も、無い。

「なまえ、好きだ、好きだ……!」

 堪えきれず、腰を動かしてしまう。ゆっくりと出し入れを繰り返して、なまえの内側の感覚を自身に覚えさせる。たったそれだけの動作をしただけなのに、オレは無性に興奮した。優しく扱うべきなのに、もう好きに腰を振りたくてたまらない、広がりきった陰唇がいやらしい、オレのものをこんなに大きく口を開けて咥え込んで、愛液を滲ませている。
 オレは今、なまえとセックスをしているんだ。あんなに求めて止まなかった相手と、こうやって肌を重ねて、性器を擦り付け合っている。

「っ、う¨っ、や¨、……!」
「……う、ぅう……! なまえっ、……ッ! 好きだ……っ、」

 好きだ、好きなんだ、本当に。きみに嫌われても良いくらい好きなんだ。きみに憎まれても良いくらい、殺されてもいいくらい、好きなんだ。他の人間に取られたくないと思うくらいには、頭の中がきみのことでいっぱいなんだ。
 好きだ、好きだ、きみがいなくなったらオレはどうすればいい。ただ傍にいて欲しいだけなのに。それすら傲慢だと言うのなら、せめて誰のものにもならないことを約束して欲しい。
 どこにも行くな、お願いだ。オレが居る場所以外を求めないでくれ、きみに必要なのはオレだけだと言ってくれ、オレに必要なのはきみだけだと分かってくれ、認めてくれ。

「なまえ、好きだ、本当にっ、ずっと好きだったんだ、はぁっ……、本当に、本当に好きなんだ……っ」

 好きだ、好きだ、好きなんだ。どれだけこの感情を言葉にしても、きみは納得してはくれないんだろう。オレが何度きみにこの想いを伝えたとしても、気の迷いだと処理して何も知らないふりをして、受け流すんだろう。
 オレはきみとずっとキスがしてみたかったし、手も繋いでみたかった、見つめあいたかった、毎日話がしたかった、こうやって顔を合わせて、恋人同士ですることも、何度でもしたいと思っていた。
 それでも信じられないと言うのなら、オレのことを信じてくれるまで、決して離してやるものか。どんな手を使ってでも、オレという存在に縛り付けてやる。本気なんだ! 誰にも渡したくはない、誰にも。これだけ言っているにも関わらずオレの手を跳ね除けて他の誰かのところに行くと言うのなら、きみを縛り上げてそのまま、今よりもずっとひどいことをして、強引に種をつけて、二度とオレから逃げられないようにしてやる。
 だめだ、何を考えているんだオレは、そんなことをしたら、本当に……。口元がにやける。腰を振る速度を緩めて、なまえの身体をやさしく撫でる。

「なまえ、好きだぞ、」

 指先でこじ開けた唇は柔らかい。「うァ、あ」そこから、可愛くて、ずっと聞いてみたかった声が漏れて、つい腰が疼く、なまえのうまそうな唾液がひかりを反射して、オレの唇を誘う。
 心臓の音がうるさい、静かにしろ。なまえの声を聞き逃してしまうかもしれないだろう。「ぃ、ヤぁ、」可愛い可愛い、かわいい、本当に、オレだけのものになればいいのに。一体何をしたら、オレの願いは叶うんだ。

「……っ、なまえ、かわいい、」

 無理やり口づけをして、なまえの奥に先端を擦り付けた。「う、ふ、ぅうっ、」オレが腰を揺らすたび、なまえは嫌そうに喘ぐ。柔らかい唇を割って舌を突っ込んで、なまえの小さな口に自分の唾液を送り込んだ。暫くして、こくん、となまえの喉が動いて、その音すら愛おしくて、気付いた頃には無我夢中で腰を振っていた。大きく膨れ上がった熱情を突き立てて、なまえの内壁で何度も己を扱く。

「なまえ、あ、ぁ、なまえ、好きだ、好きだっ、かわいいよ、なまえ、ほんとうに、」
「あ¨、あっ! あっ、う¨! い¨、」
「好きだ、大好きだっ、なまえ、う、うっ、」

 こんなに好きなのに、何度も好きだと伝えているのに。なまえは、オレに何も返してはくれない。オレの気持ちを受け止めるどころか、信じてくれさえしない。「なまえ、」どれだけ強く抱きしめて愛の言葉を囁いても、「好きだ、」伝わることなんか、一生無いんだろうか。
 オレ以外と幸せにならないでほしい。オレのいないところで生きていかないでほしい。ずっとずっと、オレのことだけを見ていてほしい。オレはこんなにもきみのことばかり考えていたのに、どうして。

「なまえ、好きだ、愛してる、」
「う¨、ぃや、あ、」
「好きだ、好きだ、好きだ……っ」

 矮躯を抱きかかえて、小さな頭に手を伸ばす。いや、もう、強引に腕の中に収めているに過ぎない。オレから離れていかないでほしい、オレのことで頭をいっぱいにしてほしい。オレが隣にいなければ不安で泣き出してしまうくらい、オレのことばかりを考えて心を病むまでになってほしい。
 蜜液で濡れそぼった肉の襞に、張り詰めた竿を何度もしゃぶらせる。肉を捏ねる音さえ気持ちがいい、オレがなまえと繋がって、粘膜を擦り合わせている証拠の音だ。「ん、ぅうっ、あ¨、あ!」膣奥を優しく突き揺らし、オレの肉のかたちをなまえの身体に覚えさせる。

「なまえ、なまえ、好きだ、愛してる、好きだ……っ」
「ッ、や¨、あ¨っ、……ぎ、……っ!」

 腰が止まらない。痛みと快楽が同時に襲ってきて、頭がおかしくなりそうになる。腕の中に閉じ込めた矮躯に、張り詰めた陰茎を深く挿入する。奥の行き止まりを責め、なまえの身体を何度も突き揺らし、「っ、い¨や、あ¨、――っ、」オレを傷つけようとする口を塞ぐ。
 舌を触れ合わせているだけなのに、心が、身体が、こんなにも気持ち良い。全身でなまえを感じられる。もし、背中に手を回されたら……、もっとたくさん密着したら、もっと、気持ちが良いのだろう。
 ああ、睾丸が疼いているのを感じる。だめだ、出てしまう。まだ、なまえと繋がっていたいのに。まだ、オレの想いはこんなものではないのに。

「なまえ、ふ、っ、イきそうだ、あ、なまえ、愛してるよ、ああ、なまえ、イく、なまえ……っ」
「う¨っ! う、あ¨、っ、あ¨あっ!」

 腹の奥が疼く。下半身が熱い、欲望のままになまえの身体を何度も揺さぶる。肌が触れ合うだけでも気持ちがいい、「は、は、は……っ」白いうなじに熱い息を吐きかけて、なまえの小さな身体に自分の情欲を叩きつける。ぞく、ぞく、と背筋を甘い快感がなぞりあげ、次第に、理性を失う地点へと到達する。自分の腹の奥で熱く煮えたぎる欲を、溢れ出る支配欲に絡めて、なまえの一番奥で吐精した。

「っ、――……あ¨、ッ! ぐ、――……っ! ……お¨オっ、は、ッあ¨ァ¨あぁあ……ッ!」

 気持ちいい、気持ちいい! オレは、なまえの身体に性欲を抱き、己がものとするためだけに熱い汁を撒いた。なまえの中に直接それを注ぎ込んでいるようで、その実は、透明な薄い膜の中に、欲望を吐き出している。「お¨……っ、――お、……っ」矮躯を自分の身体で押さえつけ、性感の果てに得られたものをぶちまける。腰が揺れる、杯が潤っていく、気持ちが、良い。

「は、ッは、あ……っ、」

 被膜の中に、液体が溜まっていく感覚があった。避妊具が正常に機能している証拠でもあるそれが、オレは無性に憎らしくて、どうにかなってしまいそうだった。
 これがなければ、なまえは本当にオレのものになるんだろうか。頭の中を醜い思惑がぐるぐると駆け巡る。股座がずっと疼いている、長い快感が続く。「……っ、ぁあ……っ」白濁が何度も輸精管を通って外に吐き出されていくのを感じる。口元が緩むほど気持ちが良い、けれど、オレの胸は虚空のままだ。
 どうすればいい、どうしたら、オレのこの気持ちを理解してもらえるんだろう。虚しくて、苦しくて、胸が痛い。この苦しみから解放されたい。きみに愛されたい。本当に、それだけなのに。
 陰茎の根元をつかみ、コンドームの口を押さえたまま、勃起し続けている自身を引き抜く。しかし、亀頭部分が抜き出されても、先端を何かに引っ張られる感覚があった。「……?」まだ、なまえの中に、残っているものがある。
 コンドームの先端にある精液溜まりに、オレが吐き出したものがたっぷりと詰まっている。それが、膣の入り口に引っかかっているのだ。
 なまえの身体が、オレの精液を逃さんとばかりに、体内に押し留めようとしている。膜に包まれたままのそれを、オレの、遺伝子を。欲しがっているみたいに。
 う、となまえの声を聞いて、はっとする。名残惜しくも腰を引くと、ひくついたなまえの中から、やっと精液の袋がひり出された。いつにも増して、量が多い。あの小さな両手に出したとしても、溢さずにいられるかどうか。
 何を考えているんだ、オレは。手で受け止めて欲しいだなんて。熱り勃ったままの陰茎からゴムを外し、口を縛って、空のゴミ箱の中に捨てる。水風船が落ちたような音がしたが、それに肩を跳ねさせるなまえが可愛くて、また下腹部に熱を溜めてしまう。
 頭を上げ続けるオレの陰茎のようすを、なまえはぼうっとした表情で見つめていた。怖がっている、もしくは慄いているのかもしれない。けれども、そこに期待があってほしいと、烏滸がましくも望んでしまう。
 オレの視線から、なまえは顔を反らす。腫れあがった目元から涙が垂れ落ちていくのを見て、まるでオレから逃げていこうとしているみたいで、胃の奥が冷たくなった。
 だめだ、それは、それだけは。

「なまえ、」
「や……なん、で、もう……」

 細い腕を掴んで、上からのしかかった。「なまえ、」もう無理だ、止まれない、柔らかい脚の上で、自身が我慢できずに汁を垂らしているのを感じる。なまえの肉を押し退け、ずるりと擦れた刺激で腰が震える。

「や、……っ! それ、は、やだ、やめて……」
「なまえ、」
「い、いや……! やだ、やめて、ダンデ、いや、やめて、やめてっ! やだ、それ、は、嫌……っ」
「…………っ、」
「ほ、ほかのこと……な、なんでも、する……から……」

 しなくていい、何も。何もしなくていい。オレはきみがこのまま、何もせず、オレを受け入れてくれたら、本当にそれでいいんだ。オレはなまえが欲しいだけなんだ、誰にも取られたくないんだ。他の男の隣で笑うなまえのことなんか、微塵も考えたくはない。
 ぴたりと、桃色に染まる膣口に先端を押し付ける。既にそこは十分に濡れていて、中に入り込もうと腰を押し付けるたびに肉の割れ目に沿って何度も滑った。「やだ、やめて、ダンデ、やだ、よお¨っ、やめて……っ」「嫌だ、やめない、やめないからなッ……」彼女を、本当にオレのものにする。閉じようとする入り口を先端でほぐし、細い腰を掴んで固定して、「ふ、ッ……!」一気にそこを貫いた。

「う¨、う¨ううう……ッ!! いや、ァあ¨ああ……っ!!」
「あ¨……っ、なまえ……ッ! は、ああ……、っ!」

 柔らかくなった肉襞を強引に掻き分けて、二度目の欲を埋め込む。「……っ、い¨や、あ¨……っ!」なまえの熱が、直に伝わってくる。避妊具の分の隔たりも、変に擦れる感触も、異様なまでのきつさも、無い。粘膜と粘膜が触れ合っている。なまえの中がひくついて、寄り添ってくる濡れた肉襞の一枚一枚の感覚が、オレをおかしくさせる。

「いや、あ、いやああ……っ、やめて、ダンデ……、っ……! やめ、抜いて……っ!」

 なまえは泣いて、目元を震える両手で押さえながら、オレのことを締め上げた。きゅ、きゅ、と収縮して、何度も軽く奥へと引き込まれる。「ぬい、て、ぬいて、う、う¨……!」抵抗する膣肉を掻き分け、強引に腰を押し付ける。こんな奥まで入ってしまったら、抜ける訳がない。抜くつもりも、やめるつもりもない。それに、なまえの中は、既にオレのものを離す気はないようだし、なまえも、痛いと喚かなくなった。「だめ、ダンデ、……せ、めて、あ、あ!」「なまえ……っ、あッ、……」そうだな、避妊具もつけないでこんなことをすれば、子どもができてしまうかもしれないな。オレとなまえが交わった日をきっかけに、産まれてきてくれるかもしれない。
 そうだ、そうしたら。

「お、オレと、……結婚、すればいい……っだろう……?」

 オレにとって一番望ましい未来を想像して、笑いが、止まらなくなる。
 オレの願いが叶おうとしている。なまえが本当にオレのものになって、社会的にも、二人の関係が認められるようになれば、オレの知らぬ間になまえが他の男と接触する回数も格段に少なくなる。彼女の隣には常にオレが立っていて良くて、抱き寄せて良くて、愛しても、良いんだ。

「こ、んな、う、うう、」
「なまえ、好きだ、」
「おかし、い……っ」

 気の迷いと言いたいんだろう、一時の性欲に負けた哀れな男として、その涙で濡れた瞳には映っているのかもしれない。
 違う、オレは、初めからきみを、こうやって力ずくで上から押さえつけて、避妊具も付けずに奥まで挿入して腰を振って、何度もきみの中に射精して、自分のものにしたいと思っていた。きみの中にオレの欲を吐き出して、生涯の伴侶をオレ以外選べないようにしてやりたくて仕方がなかった。
 もしかしたら、どれだけ断られようと、蔑まれようと、嫌われようと。何を言われても、オレは、こうやって無理やりきみを犯すつもりだったのかもしれない。
 そうだ、だってきみはオレの言うことなんか何一つ信じてはくれないだろうから、こうやってわからせるしかない。口で言ってわからないなら、こうするしかないだろう。
 なまえの身体を折り曲げて、その上に覆い被さる。「なまえ……っ、」それから激しく、何度も、何度も彼女に腰を打ち付けた。何度も名前を呼んで、何度もキスをして、何度も解けそうになる手のひらを掴んだ。

「なまえっ、好きだ、愛してる、なまえ……っ、好きだ、好きだ……っ!」

 腰が止まらない、なまえがオレに屈服している事実に気が狂うほど興奮する。抱きしめた身体を揺さぶる度に、甘く切ない声がオレの鼓膜を掻きむしる。「う¨あ、ぁ、や、っ、ああ……っ!」オレの吐く言葉と、なまえが吐く言葉は実に対照的で、一度も重なり合うことはなくて、鼻の奥が無性に熱くなった。「好きだ、なまえ、あぁっ、すきだ、ッ……」無遠慮に杭を打って、肌を擦り付けて、なまえの身体に傷をつける。あとどれくらいこの短躯を荒らしたら、他の誰もが目を向けなくなるだろう。なまえがオレ以外の人間にとって無価値なものになればいい。そうしたら、なまえもオレのことを求めてくれるようになるに違いない。妥協でもいい、この手を掴んでくれるなら。他の誰もが君の手を取ってくれないのなら、オレでいいじゃないか。「ふ……っ、なまえ……っ」唇を吸って、触れた舌を舐め上げる。少し中が強く締まって、オレはまた興奮した。
 なまえ、すきだ、大好きだ。オレ以外の奴のことなんか、みんな嫌いになればいい。みんなきみのことなんか眼中にないんだ、本当にきみを欲しがってる人なんか、オレ以外にいる筈もない。オレだけが、きみのことを世界で一番、本当に愛してるんだ。
 ゆるく腰を振り続ける中、何か、今までと違う声音が、耳に届いたような気がした。腰を揺らす速度を抑えて、その声に耳を傾ける。

「……、っ……、けっこ、する、」
「ん、何だ、」
「結婚、する……っ、から……」
「――!」
「だ、から……っ」

 どくん、と心臓が跳ねた。
 耳を疑った。目が乾く。全身に力が入らなくなる。オレが欲しくて止まなかった言葉を、なまえの舌は転がしたのだ。
 疲弊した上ずり声で、それは紡がれる。微かに聞こえてくる行為の中断を求める声は、薄暗い部屋の片隅に消えていった。
 結婚する。なまえは、結婚すると言った。きっと、オレと結婚してくれるという意味だ。ずっと一緒に居てくれるという意味だ。オレと一緒に住んで、オレの妻になって、オレが死するときさえも傍にいてくれるという意味だ。
 喜びの感情が混交して、頭の中がめちゃくちゃになる。目元が熱い。涙が出そうだ。口の中で震える己の舌を噛んで、動揺をすり潰す。嬉しい、こうもはっきりと口で伝えられると、どうすればいいかわからなくなる。きみは本当に、オレの心を掻き乱してばかりだ。
 思考は止まり、また動き出す。ふうと浅く息を吹いて、上体を起こした。

「……そう、か」

 思ったよりも、冷たい声が出てしまったようだ。なまえが少し目を剥いたような気がしたが、オレはそんな姑息な手には乗らない。
 きみに初めて告白したとき、きみはオレのことを信じてはくれなかった。別の人間にそれをするための練習台としてそこにいるのだと思い込んだ。オレは、きみのことが好きだと言ったのに。なまえは、オレの熱量を無いものとして扱った。目の前で燃える炎に水をかけて、火など見ていない、と外方を向いたのだ。

「頑張ってくれ」

 だから、オレもそうする。きみの発言が、決死の覚悟が、オレに向いているなどと思わないようにする。
 きみがオレにそうしてくれたように、オレもきみを信用しない。どうせ口だけのでまかせだ。この状況から解放されたいから、そう言っているだけに違いない。
 本当は信じたい。素直にきみの気持ちを受け止めたい。でも、本音ではないのなら、要らない、そんなもの、信じる必要もない。

「なに、なんで、」
「結婚するんだろう。おめでとう。良かったな。式には呼んでくれ」
「……ッ、う、う¨……」
「お幸せに」

 腰の動きも止めて、なまえにひどい意地悪をした。今までにない期待感で、瞳孔が開いていくのを感じる。これくらい、きみがオレにしたことに比べたら可愛いものだろう。
 なまえは鼻の頭を真っ赤に染め上げ、涙をぼろぼろと零して、オレに届かない想いを必死に伝えようとする。触れもしなかったオレの身体を撫でて、腕を触って、健気に気持ちを訴えかけてくる。

「だ、ダンデ、すき、け、結婚……して。結婚……、お願い、ダンデの、およめさん、に、して。結婚して、ダンデ、わたしと、結婚して……っ」
「なんだ、まさか、オレに言っているのか」
「…………、う、ん……っ好き、好き、ダンデ、わたし、ダンデのこと、すき、大好きだから……」
「……オレではきみに釣り合わない。気が動転しているんじゃないのか。落ち着いて。よく考えるんだ。こんな男のどこがいい? オレの、どこが好きなんだ」

 彼女の乱れた髪を優しく撫でる。なまえが、こんな近くで、オレに好きだと告白してくるなんて、信じられなくて、心臓が壊れそうだ。「ぜ、んぶ、すき、ダンデの、っ、ぜんぶ、顔も、目、も、声も、すき、優し、ところも、すき、ぜんぶ、」ああ、可愛い、こんなに必死になって、オレを説得するために懸命に愛の言葉を囁いて。きみはオレのことを何も知らないから、外側の情報でしかオレを評価できない。「かっこいいし、つよ、くて、う、う、好き、なの……っ」ほら、もう何も出てこなくなった。
 それでもいい、それでも、構わない。きみがオレのことを真正面から見てくれた、その事実は決して揺るがない。
 夢みたいだった。なまえがオレのことを見ている、オレのことを欲してくれている、オレのことを考えて、オレの、人生を求めている。

「好き、ダンデのこと、すき、大好き、ほ、ほんとうに、好き、……し、信じてよっ……ダンデ……っ」

 オレもあのとき、これくらい懸命に。好きだ、大好きだと口に出していれば、何か変わっていたのだろうか。オレは今こんなにも心を揺さぶられているのに、あのときのなまえは、何も感じてはいなかったのか。
 ぐるぐると回る、頭の中で、どうするべきかなど既に分かっているのに、まだ意地悪をしてやりたくてたまらない。オレに信用してもらうために、思いつく限りの愛の言葉を紡ぐなまえの声が、顔が、仕草が、そのすべてが。愛おしくて仕方がない。
 信じてやらないこともできた。跳ね除ければ縋り付かれるであろうことも。ここを凌げば、今よりも激しく求められるかもしれない。なまえからのキスだって、もっと長くていじらしい求愛の言葉を捧げられることだって、夢ではないのに。
 分かっているのに。
 オレはダメなやつだ、堪え性のないどうしようもない男だ。なまえから向けられる感情のすべてが嬉しくて、それ以外のことなんか、どうでもよくなってしまう。

「本当だなっ、オレの、ことが、本当に好きなんだな……っ」
「う、うん……っ、すき、大好き……わたし、ダンデのこと、すき……」
「オレのお嫁さんになってくれるんだな、」
「なる、ダンデの、お、およめさん、う、あ、……」

 それは、もっと昔に聞きたかった言葉だ。オレがきみに自分の思いを伝えたときに、返して欲しかった言葉だ。
 やっと信じてくれた。やっと、伝わった。全身の毛が逆立つ思いだ。身体が熱い、骨の髄まで、彼女に溶かされる。ぐちゃぐちゃになった肉体で、なまえの上に覆い被さった。

「嬉しい、嬉しいよ。なまえ、オレも、ずっときみと一緒になりたいと思っていたっ……うれしい、なまえ、好きだ、大好きだ……」

 解けた指を絡ませて、肌を重ねて、自分の匂いをつける。お互いに、嬉しさで喉を震わせている。頬を何度も擦り合わせて、流れる涙を慰める。
 あの日から、ずっと夢を見ていた。この膨れ上がった感情が彼女に伝わって、馴染んで、そこから抽出されたものが、オレの元に返ってくることを。オレの気持ちが真っ直ぐに彼女に伝わって、オレが求めた結果が目の前に現れることを。「なまえ、」やっと、伝わった。「愛しているよ、大好きだ、なまえ……」なまえは、もう、オレのものだ。オレのものなんだ。今後オレ以外のものになることなんか、万が一にも、有り得ない。
 
「愛してる、」

 涙を垂らして囁いて、なまえの濡れた唇を舐める。おずおずと開かれる口の奥から、小さな舌を誘い出した。怯える肉厚を自分のそれで舐め、荒い息を飲む。軽いキスをしながら見つめ合って、肌を寄せる。「……わたし、も」ぽつりとこぼされた一言は、極楽の心地へとオレを導いた。
 晴れやかで、透き通っていて、鋭利にひかる透明な剣が、オレの心臓を正面から貫いた。破れてもいない臓器から、生温かいそれが流れ出るのを感じる。幸福の芳香を纏った雫はオレの身体を伝い、渇きの洞へと注がれる。静かに、こくこくと溜まり、そして遂に、杯は満たされた。

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