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 クー・フーリン・オルタというものは、それはもう大層舌の肥えたサーヴァントで、カルデアから直接供給されている魔力には一切手を出そうとしなかった。電力より変換された魔力は口に合わないと言って、魔力供給自体を拒絶した。
 彼自身は、『聖杯から供給されたもの、もしくは魔術師の身体を通したものでなければ己の肉体を維持することは困難である』と言う。しかし、結局は子供の好き嫌いに該当するもので、彼のエーテルの肉体が電力による魔力で満たされていたとしても、戦闘にも生活にも然程支障は出ない。やはり“好き嫌い”以外の何物でもない。
 彼はオドを欲しがっていた。魔術師の体内から生み出されるそれだけで、己の肉体を満たそうとしていた。
 此度の彼に振り分けられたクラスはバーサーカーである。何もしていなくとも多量の魔力を消費するクラスだと云うのに、聖杯などのバックアップを視野に入れないとなると、供給源にかかる負担は莫大なものになる。
 それを知っていながら、彼はカルデアより生成された魔力を忌み嫌った。何を以てして味が悪いと評されるのか、キャスターであるダ・ヴィンチにも理解出来ないと匙を投げられるほどに。


「……いてっ!」
 こつん、となまえの頭のてっぺんを、ダ・ヴィンチの指先が小突いた。ガントレットに包まれた指先からの攻撃は思っていたより痛かったらしく、なまえはすかさず振り向いて「なにするんですか!」と声を荒げた。
「やー? 訓練はうまくいっているかな? と思ってね。様子を見に来たよぅ」
「集中してたのに……せめて先に声をかけるとかしてください、吃驚した……」
 なまえは口をへの字に曲げながら椅子に座り直した。
「もし戦闘するってことになったとき、それだと困るなー? まー、その時はダ・ヴィンチちゃんが守ってやろう」
 ダ・ヴィンチはなまえの頭に両手を重ね、その上に顎を置いて軽い挑発をかける。重い、と抗議するなまえの発言を無視して、テーブルの上に広がった惨事を見ながら鼻から息を吐いた。
「ありゃー、全部失敗か。でもまぁ、工房が燃えなかっただけマシかな。ん? もしかして火も付いてない?」
 なまえの手元には、手垢まみれの丸みを帯びた赤い石が無造作にいくつも転がっている。輝きを失い土塊と化したそれらは、元は美しく磨き上げられた火の属性を持つ宝石たちだった。親指の爪くらいの大きさしかないが、魔力を通せば一瞬で燃えそうなものばかりだ。だが、術者の実力が足りないせいか、熱を宿したはいいものの、それから延々と燻り続け、宝石としての生命を無残にも終わらせてしまっていた。元から使い捨ての触媒とは云え、もう少し丁寧に扱ってほしいものだとダ・ヴィンチはふて腐れた。
 ダ・ヴィンチ工房の机を借りて、触媒を用いての魔術訓練を行っていたなまえは、自分の出した結果を眺めながら長めに唸った。
「うー……一瞬だけ燃えたやつもあったんです。これとか」なまえの手のひらの上に、他のものよりも幾分か焼け焦げた物体が乗っている。
「燃えたってどのくらい? アルコールランプくらいだったら燃えたうちに入んないよ」
「それくらいです……」
「あらら」
 まあ、気になさんな! とダ・ヴィンチは付け加え、なまえの両肩をポンと叩く。
「慣れればイケるって! それに多少は燃えたってことは、最初の頃より成長してるってこと。魔術回路が体内に張り巡らされている感覚はある?」
「なんとなく……でもまだ、よくわからなくて」
「スイッチの切り替えがうまく出来てないだけなのかもね。魔術は基礎の基礎でも一朝一夕では身に付くものではないし、訓練は毎日コツコツ続けていこう。せめて、オルタの奴をどうにか出来るだけの魔力は扱えるようになってもらわないとねぇ」
 背後からなまえの右頬を指先で突き、ダ・ヴィンチは楽しそうに頬を緩ませる。なまえはと言えば、オルタという言葉に反応したのか、どんよりとした表情で手元の宝石だったものを見つめていた。
 科学者側の人間であるなまえがこうした訓練を行っている理由の一つに、クー・フーリン・オルタの存在がある。彼は常になまえからの魔力供給を要請していた。これは彼の“好き嫌い”によるものだ。
 クー・フーリンが魔力の提供元としてなまえを選んだ理由は、ただ単に魔力の相性が良かったからだと云う――しかし、それが真実かどうかは誰にも分からなかった。自身に魔術回路があるかどうかさえ分からないなまえにとって、本当に彼と自分の相性が良いのかを知る術は無かったし、そもそも魔術に関しての知識はからっきし無かったため、なまえは彼の言い分を受け入れる以外に無かった。
 天才と謳われたダ・ヴィンチですら、ある程度の推測は出来ても確信とまで至ることにはならなかった。何故なら、なまえには魔術の才能がこれっぽっちも無かったからだ。クー・フーリンは何を以てして彼女との相性を判断したのか。こうして彼女の背中に張り付いてみても、答えらしきものは全く見えてこなかった。
「でも、君の身体に魔術回路が通っているようで安心したよ」
「……どういうことですか?」なまえは不安そうに聞き返した。
「もし、回路の一本もなかったら……うん、ちょっと怖い方法で、ちょちょっとむつかし〜いことをしないといけなかったって話さ。今の君には関係の無い話さ!」
 笑顔で答えるダ・ヴィンチの脳裏には、魔術刻印を移植する継承儀式の光景が広がっていた。血縁者であったとしても精神的、肉体的に極度の苦痛を伴うそれを、適合する筈も無い彼女の身体へむりやり刻みつけることへの恐怖。儀式を回避出来たとして、次点で候補に挙がってくるのは魔術髄液を使用した一時的な擬似神経の拡張強化だ。そこまでする必要こそ無いとはいえ、彼女がそれらの実験台にならないと断言出来る筈も無かった。
 彼女は瞬く間に、丁重に扱う必要のない量産可能な人型魔力変換器の第一号となる。
 なまえにマスター適性は無い。だからこそ、簡単に使い捨てることが出来る。彼女が成功例となったが最後、次から次へと悲惨な運命を継ぐ者が現れてしまう。彼女が燃やし損ねてしまった、あの鉱物たちのように。
 それだけは絶対に避けなければならない。今やカルデアのマスターと成った藤丸立香には、決して行うことの出来ない試みだった。だからこそ。なればこそ。
 ダ・ヴィンチはくつりと喉を鳴らした。決して、誰にも。発令中の聖杯探索グランドオーダーに人類の未来がかかっていたとしても、今を懸命に生きるひとの尊厳を穢すことだけは、決して赦されてはならない。
 揺るがぬ決心を裏付ける、どこまでも不敵な笑みがダ・ヴィンチの口元を彩っていた。
「むつかしいこと……?」
「うん、でも、その可能性はさっぱり消え去った。あとは、なまえちゃんの頑張り次第ってとこかな」
 もしかしたら、魔術師の家系に生まれたのは良いものの、幼いうちに才能を見限られてしまっただけなのかもしれない。魔術刻印が身体のどこにも無いとすると、もうすでに衰退し、継承すら途絶えた家の子か。ダ・ヴィンチは複数の可能性を頭の中に並べてみたが、真相に辿り着くためのソースがあまりにも不足していたため、唇を尖らせて瞼を閉じるだけに終わった。


 廊下を小走りで駆け抜けるなまえの腕には、持ち運びが容易そうな白い袋が抱かれている。彼女がそれを見て『給食袋みたい』と口にしたのは、ダ・ヴィンチから袋を手渡されてすぐのことだった。なまえのかかとが廊下を叩くたびに袋の中身が揺れ、石がこすれるような軽快な音を立てた。
 なまえが自室の扉の前へと辿り着くと、部屋に入るのを物怖じしたかのように、その場で少し靴の履き心地をチェックした。心拍数が上がった胸を袋ごと抱きしめると、意を決して壁側の認証パネルに触れる。
 自動で開かれた扉の向こうで、胡座をかきながら己が尾を床に打ち鳴らしている者が居た。なまえはその背中を見るなり、うげえと口元を歪ませる。
「……やっぱり来てたんですか」
「待ちくたびれた」
「すみません」
 魔装を纏ったクー・フーリン・オルタは、扉が閉まる音を確認してから徐ろに立ち上がった。外套が揺れ、ばさりと音を立てた。「…………」なまえの顔を見るなり、露骨に嫌そうな顔をする。彼女が得体の知れない袋を抱いている、ということも理由の一つに含まれるのだろうが、彼の視線がなまえの腹のあたりにある訳でも無かった。すん、と彼の鼻が鳴る。口元を歪ませ、眉間に深い皺を刻む。
「……何処に居た」
「ダ・ヴィンチちゃんの工房で、少し、訓練を」
「お前には必要の無いものだ」返答を容赦無く切り捨てる。彼女の言葉で、今まで何をしていたのかを一瞬で判断したようだった。
「でも、クー・フーリンさんとこれからも魔力供給をするなら、自分の身体のことくらい、自分で知っておかないと……」
 彼は軽く目を剥いた。そして、胸の奥が少しだけ融ける感覚に、咄嗟に唇を閉める。それを喜の感情と見なすかどうかは、彼本人にも分からなかった。闘いにおいて、そして彼がサーヴァントとして在る上において、必要のない感情だと思っていたからだ。
 あってもなくても良いものは、無いほうが良い。あらねばならぬものを潰してまで存続させる価値は無いのだから。当人にとって本当に必要なものが見つかったときのために、切り捨てておくべきものだ。
「お前が力を付ける必要は無い」
「力を付けて、誰かの役に立ちたいと思うことは、悪いことですか」
「ならば今すぐ俺の役に立て。……早くしろ」
 クー・フーリンは急速に名前との距離を詰めると、彼女が抱えていた袋を奪い取り床の上に放り投げた。なまえが拾い上げようとそれに腕を伸ばそうとすると、開いた腋の下に腕を通され、クー・フーリンに抱き上げられてしまった。
「な、んッ……! う、苦し、」
「早く」
 子を抱き上げるような仕草だった。実際のところ、矮躯ななまえはすぐに持ち上げられてしまった訳だが、体格差を考えれば当然のことだ。密着したことで顔の距離もぐっと縮まり、お互いの呼吸音がお互いの耳を支配する。恐らくは、心音も。
 クー・フーリンはニヤリと笑うと、顎を軽く上げてなまえを挑発した。なまえからすればそれは脅迫に近いものだったが、彼女は先ほど確かに言ったのだ。誰かの役に立ちたいと、その口で。
  背中にも腰にもクー・フーリンの腕が絡み付いていて、なまえはどう頑張ってもそこから抜け出せそうには無かった。
 本来ならば魔力供給は契約したマスターとサーヴァントの間で常に行われるものだが、なまえにはそのためのパスの繋ぎ方が分からない。契約すらしていないのだから当然とも言えるが、なまえは今まで魔術回路の開き方すら知らなかった。そして今、どうやら彼女の回路は閉じている。
 そうなれば、自然と手段は限られてくる。粘膜接触での魔力供給、と云った形で。
「集中しろ」
 クー・フーリンがなまえの身体を強く抱き寄せた。彼女の背骨がみしりと音を立てる。痛みで反射的に喉をさらけ出したのを見て、彼はすかさずなまえの唇に噛み付いた。
 食み付き、吸い上げる。舌をねじ込むのは彼女の体液をより多く舐めとるため。飲み込むより先に口に含む。粘膜を擦り上げて何度も刺激を重ね、なまえの舌先を舐め上げた。
 クー・フーリンはなまえの身体を締め上げるように、さらに強く抱き寄せる。肩を押し退けられようが、唸られようが、こうすると決めた彼になまえの意思など関係なかった。
 開け、開け――開け。
 彼は幾度も念じ、閉じかけていたなまえの唇を再度強引にこじ開ける。舌を滑り込ませ、奥で怖気付いているそれをめくりあげた。ぬめる粘膜を味わいながら、なまえの舌を丹念になぞった。
「っ、……!」ぞわ、となまえの背が粟立つ。
――開いた。
「う、ぅうッ……、は、ぁッ……!」
 なまえの身体が、途端に熱を持った。突然開いた彼女の魔術回路に、大量のマナが流し込まれてゆく。それはクー・フーリンが、なまえの身体を通して強引に魔力を吸い上げているからだ。
 小さな手が、大きな肩に触れる。押し退けようとするも、彼女はその肩に繋がる太い腕に身体を拘束されている。逃げられる筈もなく、逃がされる筈もない。
「んっ……う、ぅう……っ!」
 全身に広がる微熱に、なまえは目が眩んだ。じわりじわりと内側からその身体を侵される感覚に泣きそうになりながら、彼に何度も口腔をねぶられている。明滅する視界の中で、一際輝く赤の瞳。それに睨まれるとなまえはぞっとして、抵抗のひとつも出来なくなってしまう。
 ほどなくして、ずる、と彼女の口から彼の舌が引き抜かれた。ぼんやりとした表情で頬を染めているなまえが、クー・フーリンの腕に抱かれていた。なまえの口元には、飲み込みきれずに溢れた唾液が一線だけ垂れている。息も絶え絶えに、なまえはなんとかしてクー・フーリンを睨みつけた。
「ぅあ、あつ、熱い、なに、熱い……! 何したんです、か、嫌、なんか、変……!」
 熱い、熱いと喚く彼女を見て、クー・フーリンはにやりとした。
 なまえの身体のスイッチを切り替えてやるために、魔術回路を開く手助けをしてやっただけのこと。ルーン魔術を己の肉体の強化のみに充てている彼は、なまえの身体を内側から補強してやることで、強引に魔力供給を可能にした。そんな神秘にも近しい行為を、彼はいとも容易くやってのける。
 熱を帯びたなまえの身体は、彼にとって随分と抱き心地が良いらしい。自分の手でなまえの身体を作り変えている――その事実に対する興奮が、クー・フーリンの眉の根をぴくりとさせた。
「何、何したんですか、なんか、痛い、し、熱い……!」
「何も。お前の身体のことなど俺が解るものか」
「でも、絶対、何かしましたよね、何を、」
 クー・フーリンが自分に何をしたのか。有り体に言えば、キスだ。それも、舌を入れる深いキス。どうしてそんなことを。それは自分が、魔力供給をするためのパスをうまく彼と繋ぐことができないからで。ではこの、内側から融けるような熱は、一体。なまえは心の中でそんな自問自答を繰り返した。少しでも納得のいく答えを求めて、口の中に溜まった唾液を懸命に飲み込んだ。
「……興奮したか?」
 そして、そんななまえの疑問を食い破るように、クー・フーリンは聞き返す。
「はあっ……!?」
「興奮すれば肉体は熱を持ち、体温は上がる。毛穴は開き、発汗する」
 彼はなまえの火照った身体をさらに抱き上げると、舌なめずりを終えたばかりの唇をなまえの首筋に擦りよせた。
 べろり。ざらついた舌が、少しだけ塩辛くなったなまえの首を舐める。
「わ¨ーっ!?」クー・フーリンの突拍子も無い行動と、死角の先で得た感触に、なまえは肩を跳ねさせながら大声を上げた。
「黙れ。暴れるな。落とすぞ」
「や、ッ、いや、でも、だからって! 興奮じゃ痛みは感じないと思うのですが!」
「締め潰すのには慣れているが、抱擁の力加減はわからん。力を入れすぎたか」
「う!? ぅ……」
 そうなのかも、となまえは首を斜め上に反らしながら唸った。
 この感覚は、本能による身勝手な興奮と、外部的要因による痛みである。なまえはそう結論づけることで、むりやり自分の疑問を解消した気になった。
「……ま、りょく供給は、頑張って練習しますから、突然こういうことするの、やめてください。必要なら、ちゃんとやりますから、びっくりするので……」
 練習という言葉に対し、キスの練習かと一瞬だけ喜んだふりをしようとしたが、すぐに彼女がパスを繋いでの魔力供給のことを言っているのだと察して、クー・フーリンは歯を強く噛み合わせた。そして、吼えるように言う。
「いつまでも俺を待たせるからだ。訓練する時間があるのなら、その時間を己の体力の回復に回したほうが身のためだと思うがな」
「ぐ……」大飯食らいめ。しかし、確かにそのほうが効率はいいかもしれない、となまえの口からは言い返す言葉も出なかった。
 クー・フーリンはなまえをその場に降ろすと、なまえの口元にまだ唾液がついていることに気がついた。手を伸ばし、親指の腹でそれを乱暴に拭う。「ぶぇ」という間抜けな声を聞いて、彼は満足そうに目を細める。
 彼は指先で感じた。彼女の魔術回路は閉じている。余程のことが無い限り、それらが再び彼女の意思で起動することはない。元から使う必要の無かったものに、更に上から蓋をしてやっただけ。あってもなくても良いものは、無いほうが良い。もしくは、彼の都合の良いときにだけ、あれば良いのだ。

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