頭の中で、木霊する声がある。


自分の鼓動が、煩い。
この声を、嘆く意思を受け止めなければならないと言うのに、根底にある想いが、記憶が、それを拒もうと音を塞ぐ。
その瞬間は、きっと悲鳴を上げたかった。
それが誰の感情なのか。そんなことも明確には分からないけれど、流れ込む意思が、自分と混ざり合い、重なる部分とそうでない部分で痛みを伴い、声を受け入れ切れない。

やめて、と声を限りに叫びたくもあった。
今までずっと見ない振りをしていた、気付かない振りをしていた、隠し通そうとしていたことをこのまま暴かれそうで、ただ、苦しい。
耳を塞いでしまいたかった。
この声を聞くのなら、耳なんか要らなかった。


−−−なぜ?




『我が声を聞け−−−』



メルネス
我が意志の交感者よ

我が意志を受けよ


我が怒りを感じよ!




「やめ、て…」
『何故だ?我が怒り、憎しみ、悲しみ、絶望−−−メルネス、お前には分かる筈だ!』
「いや、だって…そんな、わたし…っ!」
『陸の民の愚かしさ、分からぬとは言わせん−−−!』



痛みを伴って押し寄せる意志に、抗え切れない。
多くの水の民が虐げられていたのを、目にしてきたから、どうしても拒みきれない。
この意志が正しいのだと。
水の民からの望まれた形だとは思うけれど、受け入れたら、メルネスとして目覚めてしまったら。



お兄ちゃん』を、殺すってことなんでしょう…?




『−−−我が子らの、忌々しき交わりが、お前を惑わすのか』
「ぇ…?」
『なんと愚かで哀れな、狭間の子よ』



呟くように言われた言葉は、きちんと聞き取ることが出来なかった。
押し寄せる意志は変わらぬままで、揺らぐ自分自身にどうしたらいいのか分からず、答えを見つけることが出来ないまま、視界の端で赤が散る。


やめてやめてやめて
どうして陸の民はわたし達を放って置いてくれないの?
どうしてこんなにも理不尽に、殺されなければならないの?


どうして、こんな



「いやあああああっ!!」














その切っ先が目の前に見えた金色を切り裂いたのだと。
理解するよりも早くどこかで悲鳴は上がり、腕に倒れ込んだ体を受け止めるだけが精一杯で、その瞬間は本当に何もかも考えることが出来なかった。
飛び散ったのは、目を背けることを許さない原色。
認めたくない、痛いだけの、現実で。



「フェニモール!!」



すぐに名を叫べたこと自体が自分でも不思議だったけれど、苦しそうに歯を食いしばって、痛みに眉を顰めるフェニモールを腕に抱き、セネルは必死になってそう名を呼ぶことしか、出来なかった。
慌てて駆け寄って来たノーマが、すぐに治癒術を唱える。
肩から脇へ深く斬られてしまったフェニモールだったが、治癒術が効かない程ではなかったらしく、幸いなことに傷は塞がったのは良かったものの、庇って傷を負ったと言う事実が受け止め切れなくて、セネルは無意識の内にフェニモールの体を強く抱き寄せるばかりだった。

白い顔色をした、目を覚まさない『彼女』の姿が、どうしても重なる。

これは不味い、と思ったのはガドリアの騎士団長を思いっきり蹴り飛ばしたジェイだった。
万が一フェニモールまでもが、目を覚まさないなんてことになったりでもしたら…いや、あの分ならば意識もはっきりしているし大丈夫だろうが、この状況での傷を負った事実は、あんまりにも好ましくない。
本人が無自覚なだけ質が悪いのだが、自分のせいで誰かが傷を負ったりすることに、今のセネルは過剰に自分自身を責める傾向にあった。
しかもそれは無意識の内に働くから、何を仕出かすのか気が気でならない。
体重が減ったのも、言ってしまえばその傾向が目に見える形で現れただけだ。
セネルが心弱い人間だとは、ジェイも思っていないが、如何せん時期が悪いと思うのは、否定出来やしない。
現に意識があり、「大丈夫です」と言葉を放つフェニモールの声も聞こえていないようで、セネルは顔を青褪めてフェニモールのその体を抱き寄せたまま、離そうとしなかった。
セネルの言葉とシャーリィとの関係だとか意志でマウリッツとも協力しながらこの場をどうにかしたかったジェイとしては苦々しく顔をしかめてしまう展開だったのだが、どうにか我に返ってもらえないかと声を掛けようとした、その時だった。

悲痛なまでの彼女の叫びが、響き渡ったのは。




「いやあああああっ!!」



カッと眩いばかりの光と、シャーリィが悲鳴を上げたのは、ほぼ同時のことだった。
これには誰もの動きが止まった、と言えたのなら良かったのだが、弾かれるような衝撃にジェイは咄嗟に膝を付いて耐え、反応こそ遅れたもののモーゼス達もどうにかその場に、踏みとどまってはいる。
水の民たちには何もなかったようで、自業自得と言えば自業自得だったが、ガドリアの騎士達は容赦なく弾き飛ばされていた。酷いと祭壇から落ちた者も居るかもしれないが、けれど、今はそのことに考える余裕が、ない。
儀式を行う祭壇には、あれだけ悲痛な叫び声を上げた筈のシャーリィが、顔に何の表情も貼り付けずに、立っていた。
金の髪を、蒼く輝かせて。


あれは、誰だ−−−?







「ふっ…はっはっはっは!託宣の儀式は成功した!ついに目覚めたのだ!!大いなる滄我の代行者メルネスが!我々水の民が四千年待ち望んでこの時が、ついに来たのだ!!」




それは粛清の時だと、呟いたのは、誰だ。





×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -