ゴトリ、と。
その瞬間はきっとそんな鈍い音が聞こえた筈だと言うのに、まるでゴム毬か何かが転がったかのように、ポーンと飛んで行ったと認識したのは、多分、それがどういうことか理解したくないせいだった。
ゴトリ、落ちた筈のそれが、足先で蹴飛ばされ、ゴロゴロ、祭壇の方へ転がって来るのを、誰も止められず呆然と見送ってしまう。
ゴロゴロ、転がったそれが止まった時。金の髪が絡まり、血で濡れ、濁った青い瞳が天を仰いでいた。



−−−なんだろ、これ。








「こんなところに居たのか…ようやく見つけたぞ!メルネスの娘よ!」



高らかに言った男の言葉に、陸の民の言葉に、必死に辿り着いた同胞の首が跳ねられた事も、何もかもが上手く飲み込めず、まともに頭が働かなかったのはシャーリィやフェニモールだけでなく、その場に居合わせた水の民のほとんどだった。
呆然としたまま見つめる先に、剣を抜いた陸の民の姿が見えると言うのに、頭を無くした仲間をどう受け止めていいのかも分からず、どんな反応をすればいいのか、何を思えばいいのか、それすらもよく分かっていない。

物々しい出で立ちで現れた陸の民の意図も、何もかも分からなかった。
分かるのは、一つ。
濁った目で空を仰ぐ彼が、もう息をしてはいないと言うことだけ、で。




「滄我砲を操り、我が国・ガドリアを襲ったその罪、我が国の法廷で裁いてくれよう!メルネスを捕まえよ!邪魔する者は殺して構わん!!」



碌な反応を返すことも出来てはいなかったものの、あまりにも理不尽なこの言い分には流石に何人かが我に返り、冗談じゃないと抗議しようとしたのだが、それが間違いだったと気付くことになるのは、早かった。
「ふざけるな!」と叫んだ水の民の男の胸元を、深々と剣が貫き、側に居た女の悲鳴が上がる。血飛沫が舞い、儀式を見守っていた子どもの泣き声が上がる前に鋭い切っ先は空を裂き、肩から血を噴き出したかと思えば、その子どもが動くことはもうなかった。
望海の祭壇に、神聖なる儀式の場に、飛び散るばかりは、赤一色。

殺し合いと言うよりも、一方的な虐殺とも呼べるものが始まるには、そんなに対した時間は掛からなかった。





「…っやめて!やめてやめてやめて!!どうしてこんなことをするの?!滄我砲が使われたのはあなた達陸の民同士の諍いの結果でしょう?私たちは何もしてない!!」
「何もしてない?我が国の空割山を破壊しておいて何を言う!人でない存在が世界を滅ぼしかねん恐ろしい力を有していること自体が、取り除かれるべき理由となるのだ!」
「そんな…っ、どうしてあなた達は、そんな勝手なことを言えるんですか?!一方的に剣を向けることの方がよっぽど、」
「人でない存在に礼を尽くす必要などあるまい!貴様ら煌髪人は我々人類の、敵なのだ!」



声高に放った陸の民の言葉に、シャーリィは愕然と目を見開き、立ち尽くすことしか出来なかった。
寄り添うようにフェニモールが側に駆け寄って来てくれても、駆け付けてくれたらしいワルターが陸の民を殺めようと、目の前で人が死のうと、もう何を考えたらいいのか、分からない。
近くに居るらしいマウリッツが「儀式に集中するんだ」「シャーリィがメルネスになれば皆を救える」だの言っていたが、シャーリィの耳には何一つ、届きはしなかった。
滄我の声が聞こえているのかも、分からない。
ぐちゃぐちゃになる思考はまとまることを知らず、どうしたらいいのか分からないままどうにか悲鳴を上げそうになるのを必死に堪えることが、精一杯だった。

どうして、こんな−−−





「シャーリィ!!」



ぐちゃぐちゃになる思考をほんの少しまともにしたその声が響いた時、同時に聞こえた嘆きに、シャーリィは目を見張ることしか、出来なかった。



「これは…っガドリアの騎士か?!なんて馬鹿なことを!!」
「騎士団長!!なぜこんな…っ!」



駆け付けてすぐ、一切の躊躇なくガドリアの騎士を殴り倒したセネルに続き、慌てて駆けて来たウィル達にフェニモールは泣き出しそうな顔をしながらも、これでどうにかなるとシャーリィの腕を強く握り締めた。
倒れる何人もの水の民に率先して治癒術を掛けるノーマとウィルを拒むような水の民は居らず、あのワルターとて水の民を救おうと動く2人を止めようとはしない。
全ての指示を出している騎士団長らしい陸の民に、セネルとクロエとジェイが向き合い、モーゼスとギートは水の民に剣を奮おうとするガドリアの騎士を容赦なく倒していた。

それでも、喧騒は止みそうにないのだけれど。




「これはこれは…ヴァレンス卿のご息女ではないか。ちょうど良い。貴公は勿論、このメルネスと言う恐ろしい力を持つ化け物を討つべく、ガドリアの為に剣を抜くのだろう?」



平然と言い放ったガドリアの騎士団長の言葉に、これには言われたクロエだけでなく、セネルとジェイも愕然と目を見開いてしまった。
悲痛な表情を浮かべるフェニモールに、ジェイはどうにか気付いたけれど、馬鹿なことを言ったガドリアの騎士に露骨に舌を打って、とりあえずクナイを構える。
国家間のことを考えると容易にガドリアの騎士団長に手を上げるのは大問題に発展し兼ねないのだが、とにかくどうにかしてでも引き下がらせなければならず、どうするかとジェイは考えたのだが、目の前に居たセネルが不意に動いたことに、自分自身がらしくなく動揺していたと気付いた時には、遅かった。

この光景を前にして、セネルが冷静でいられる筈などないと、分かりきっていたと言うのに。



「それ以上シャーリィを侮辱するようなことを言ってみろ…お前がガドリアの騎士団長だろうが何だろうが、俺の手でお前を殺してやるからな!!」



渾身の力を込めて殴りつけたセネルのその言葉に、らしくない言葉の内容に、悲しげにフェニモールは瞳を揺らしたのだけれど、その背後に迫る影に気付き、咄嗟に体が動いていた。
動揺しているクロエは気付かず、ジェイの位置からでは、間に合わない。
口の中を切ったらしい男は血を滴らせながらも、厭らしく笑みを浮かべたのが、フェニモールには見えてしまった。



「その男を、殺れ!!」



水の民の、私たちの為に悲しんでくれる人だった。
体を張って守ろうと、いや、実際に守ってくれたこともある、シャーリィの、お兄さん。


傷ついて欲しくないと思うのは、当然でしょう?


だから、駆け出した先に身を差し出すことに、躊躇うことなんか、なかった。




「−−−やめて!!」






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