何だか嫌な予感しかしないな、と。

聳え立つ祭壇を見上げ、次に目の前を行く漆黒のドレスを身に纏った少女を見据え、フェニモールは複雑そうに顔をしかめるばかりだった。
話には聞いたことはあるけれど、実際に訪れることは初めてとなる、望海の祭壇。

託宣の儀式を行う場であるその地に、フェニモールはセネル達がヴァーツラフの隠し砦に行ったと同時にメルネスの着替えがさせられ、入れ替わるように出発した状況に不審がったし、結局セネルに相談もしなかったことを不満にも思っていた。
里に居たほとんどの水の民を引き連れて、『メルネス』をまるで担ぎ上げているようにも思えるマウリッツに言いたいことがあれど言えないのは、この場で容易く長に話し掛けてはいけないことを、フェニモールもよく知っているせいでもある。
祭壇へと続く道を進み、そうしてどこまでも続くように見える、あの蒼き海を見渡せる場所にまで出た時、あの滄我を前にしていると言うのに、フェニモールの不安はちっとも晴れなかった。



「シャーリィ…」



不安をそのまま乗せたようなフェニモールの声色に、シャーリィはどこか困ったように微笑んで、「大丈夫だよ、フェニモール」とそう答えた。
それはむしろ自分自身に「大丈夫」だと言い聞かせているようにも思えたが、シャーリィはすぐにフェニモールを視界から外し、蒼き海をジッと見据える。
シャーリィ自身、不安がないと言えば、それは嘘になった。


本当は、どうしようもなく、怖い。

以前失敗したと言うことがあるからこそ、シャーリィは託宣の儀式に関しては不安でもあるし怖くもあるのだけど、それでも、譲れなかった。


託宣の儀式が成功すれば、『メルネス』としての力が手に入れば、お姉ちゃんを助けられるかもしれない。
力が無いから助けられないのなら、『メルネス』の力さえあれば、きっと目を覚ましてくれるだろう。
水の民のみんなを導くことも出来るし、きっとみんなが望む未来を紡いでいける。
そう思うからこそ、祭壇に上がることに躊躇いはなかった。



「…大丈夫、きっと…」


もう一度言い聞かせるように呟いて、シャーリィは祈るように目を閉じた。

漣が、耳を打つ。



海の声よ、どうか−−−

















「っ…あぁ、あ…!!」
「クーリッジ!?」



今の今までヴァーツラフ軍の残した資料を見ていたセネルが、頭を抱えて苦しみ出したのは、本当に突然のことだった。
煌髪人の人体実験の記録だったり、何かしらの書物を見ていた時にも既に顔色は悪かったが、立ってもいられない程の痛がりように、これは不味いとウィルは慌ててノーマも小突いて、治癒術を掛けるべく駆け寄る。
この様子は以前シャーリィと初めて会った時、ワルターと戦い始めた際に起こったこととよく似ていると、どこかそんなことも思ったのだが、いざ治癒術を掛けようと唱えた瞬間、鋭い切っ先が空を裂いたから、それは叶わなかった。



「ちょっ、ワルちん?!」
「何をするのだ、ワルター!!」



一切の躊躇い無しにテルクェスで攻撃を仕掛けてきたワルターに、すぐさまノーマとウィルの非難めいた声が飛んだのだが、しかしいくら訴えれどワルターは聞き入れる気など全くないようだった。
ジッと見据えるその瞳は思わず怯んでしまいそうになる程冷たく、ジェイなんかは露骨に舌を打ったのだが、痛みに苦しむセネルの元にオレンジ色に光る蝶が突然現れたから、そちらにギョッと目を見張ったものの、同じくワルターも驚いたようで攻撃をされることはなかったのだ、が。



「…嘘、だ」



小さく呟いたセネルの言葉に、わけが分からないとばかりにクロエ達は酷く困惑したが、反してワルターは驚くこともせず、苦々しく顔をしかめただけだった。
背にテルクェスを纏って、視線も合わせず飛び立ってしまう。
脳裏に過ぎった光景に、セネルは痛む頭など、自分の体のことなど、どうでも良くなった。




「待て!ワルター!!−−−くそっ!!」



叫ぶなり、無理やり立ち上がって駆け出してしまったセネルに、クロエ達は何一つ分かってはいなかったけれど、とにかく慌てて二人を追い掛けることしか、出来なかった。






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