「シャーリィ、それにフェニモールも」



ベッドに横たわる、彼女の白く細い手を握ったまま、振り返って言ってくれたその姿に、フェニモールは一度だけ顔をしかめたけれど、すぐに唇を尖らせて一歩近付けたと言うことが、素直に凄いな、とシャーリィは密かに思った。
自分には、出来ない。
近付くことさえも、そんな風に出来たら、どんなにか。



「なんですか?その言い方は。まるであたしなんか居ない方が良いみたいですね」
「そ、そんなことは…っ」
「ふふ、冗談ですよ、と。はい、お兄さん。お昼ご飯です。残さず食べて下さいね?せっかくシャーリィが用意してくれたんですから」
「そうか…ありがとう、2人共」
「どう致しまして」



くすくすと小さく笑って、そうして机にバスケットを置き昼食を取れるよう用意し始めたフェニモールの姿を見て、ようやくシャーリィも同じように動くことが出来た。
自分の為に食事の準備をしているだろうとわかっているだろうに、ジッと、ただ真っ直ぐにベッドに横たわる彼女の−−−ステラの姿を見つめているセネルの姿に、フェニモールはわざとらしく溜め息を吐いた後、バスケットから取り出したハムサンドを片手に、空いている手でコツンと頭を小突いてやって、言う。



「人の話を聞いてましたか?お兄さん。もうお昼の時間なんです。せっかくシャーリィが用意してくれたんです。きちんと食べないと、治るものも治りませんよ?それに、看病する人がそんな酷い顔をしていてどうするんです。ほら、食べて下さい」
「…フェニモール」
「言っておきますけど、食欲が無いとかそういうのは聞きませんからね?お兄さんに必要なのはしっかり栄養を取ることと体を休めることなんです。これ以上無理をするとあたしもシャーリィも安心出来ません。食べなさい」
「そう、だな…わかっては、いるんだけど…」



言いながら、次第に俯いてしまうセネルに、フェニモールは一度手にしていたハムサンドを戻し、フキンで手を拭ってから、先に飲み物の準備をし始めることにした。
コーンスープから先にした方が良いか、と考えつつ、何も話すことが出来ずにいるシャーリィを視線だけで促して、セネルのすぐ側へと、押しやってやる。
フェニモールの意図に気が付いたシャーリィは最初こそ戸惑ったものの、向き合わなければと自分でも思っていたので、素直に甘えてセネルのすぐ隣へと、近付いた。
ベッドの側に引き寄せた椅子に座るセネルの傷だらけの手に、包帯の巻かれた手に繋がれる姉の手は…厭に、白い。



「お兄ちゃん…」



呟くように言えば、聞こえたセネルは一度ギュッと唇を噛み締め、辛そうに顔を歪めて、言った。



「…ごめん、シャーリィ。俺のせいで、ステラがこんなことになって…謝って済むとは思えないけど、本当に、ごめん。ごめん、シャーリィ…」
「ううん。謝らないで、お兄ちゃん。悪いのはお兄ちゃんじゃないよ。お兄ちゃんのせいじゃない」
「違う!俺が、俺のせいでステラは…っ」
「お兄ちゃん…!」
「助けなきゃ良かったんだ!俺なんか助けなかったら、今頃、こんな…っ!」
「……」
「どうして、ステラ…どうして、俺なんか…」



消え入りそうな声で吐き捨てるように言ったセネルに、シャーリィは悲痛に顔を歪めたのだけれど、次の瞬間、まさかフェニモールがポットでセネルの頭をど突くとは思っていなかっただけに、思わずギョッと目を見張ってしまった。
これには流石にセネルも思いも寄らぬことだったらしく、取り繕うことも出来ず困惑して振り返ったのだが、フェニモールはムッと怒ったように口を尖らせているばかりで、どうしていいのか分かりやしない。
ポットを置いたかと思えば、すぐさまコーンスープの入ったカップを差し出したから、とうとうセネルどころかシャーリィも訳がわからなくなり、何だかもうどうしようもなかったのだ、が。



「コーンスープです。ほら、早く飲む」
「ぇ、あ、フェニモー、ル?」
「早く飲む!」
「あ、ああ…」



戸惑いながらも、促されるまま素直に飲み干したセネルに、次いでフェニモールは先ほど受け取ってもらえなかったハムサンドを今度は拒否権無しとばかりに突き付けて、反論も許さないまま食べさせた。
少しばかり時間は掛けてしまいながらもセネルが食べれば、フェニモールは満足そうに頷き、もう一つ差し出すのだから本格的に何がしたいのか分からなかったりするのだが、まさか言える筈もなく。



「お兄さんは空腹だからいけないんです。自覚がないからって、空腹だと頭が上手く回りません」
「?」
「シャーリィのお姉さんが、お兄さんを助けた理由なんてわかりきってるじゃないですか。お兄さんが助けたかったように、シャーリィのお姉さんだって助けたかったんですよ。死んで欲しくなかった。ちょっと考えたらわかることです。そ・れ・に!誰も死んだわけじゃありません。生きてるんですよ?悲観的になってどうするんです!」
「フェニモール…」



怒ったように言ったフェニモールに、セネルが呟くように名を呼んだ。
酷く情けない、声。
そんな風には考えれないとでも言うよう、な。




「シャーリィのお姉さんは絶対に目を覚まします。だから、そんな風に自分を責めないで下さい」



そう言って、フェニモールが言い聞かせるのも、もう何度目かのことだった。
何度言っても、セネルは信じてくれなければ、シャーリィに謝ることばかり、繰り返す。



これで聞いてくれれば、どれだけ、良かったことか。






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