彼女は全てを知っていた。
たとえ、この身の自由が奪われていようと、起こる全てを、たゆたう蒼の中で。

彼女はこれからをわかっていた。
自分の存在と、その持つ意味。

捨てることは叶わなかった。
ならば、せめて。

せめて、愛しい存在の幸せを、願うばかりで。


(私が、助けるから。)


どうか、泣かないで―――シャーリィ










ウィルに助けられて、もう3年経った。
傷を治すことに費やした月日も、ウィルが必死に探しそうと情報を集めた時間も、可能な限り自分の足で探し回った日々も、全てを嘲笑うかのように、時間は年数単位で流れてばかりいく。
3年の月日で、セネルは遺跡船直属のマリントルーパーになり自身の爪術の腕を磨き出来ることは全て自分なりに行なったつもりであるが、しかし3年。
その時間の中で、ステラの情報は何一つ手に入れることは出来なかった。


全部、無駄だったんじゃないかと。


ちらつく思考に蓋をしつつ、セネルはウィルの家の扉を開けた。結局3年もの間、ウィルの言葉に甘えて共に暮らしていたのだが、自分の帰る家だとは、思えていない。




「ああ、セネルか。おかえり。今日は随分と早い上がりだな。港に出た魔物はどうだった?」



相変わらず常人には内容など理解出来ないような分厚い本を捲りつつ、リビングに入ったセネルにウィルは言った。
それもまたウィルの仕事の一貫だとセネルもわかっているからこそ、その点には特に何も言わず、紅茶でも淹れるかと台所へ向かいつつ、答える。



「そう大した奴じゃなかったからすぐに終わったよ。被害も出てないし、他に何もなかったから戻って来た」
「ならしまったな…つい先程ヴァレンス嬢がここに来てな。手合わせをして欲しいとお前に頼みに来たそうだ」
「…クロエが?」
「ああ。この前一緒に手合わせしたんだろ?少しでも腕を磨きたいんだと言っていた。爪術士はあまりいないからな。……そう邪険に扱うな」



苦く笑って言ったウィルに、セネルは黙って紅茶を淹れ、机の上に邪魔にならないよう二人分置いた。
このままずっと無言を貫き通すつもりはセネルも無いのだが、しかしこの話題はあまり好かない。
つい最近知り合ったばかりのクロエと言う少女は、手合わせをして大体同レベル程度にやり合えるからその点ではセネルも別に構わないのだが、付き合いの浅い人間に普通に接することが出来るほど、人間が出来ていないのだ。
それはウィルの目から見ても明らかな程、セネルはクロエに対して警戒している。
1日2日で信頼関係が築けるとは思っていないが、それにしてもセネルは過剰に警戒し過ぎていた。



「……別に、手合わせぐらいは構わないが、俺はまだあいつを信用して良いと思えない」
「だと思ったよ。まあいい、セネル。手合わせぐらい構わないのなら、ヴァレンス嬢の相手をしてはどうだ?まだ近くに居るだろう」
「…わざわざ追いかけてまでしたいとは思えない」
「仕事が思いの外簡単に終わり過ぎて、まだ暴れ足りてないんじゃないのか?」



そう言われては思わずぅっと言葉を詰まらせてしまうのだけれど、ここで追いかけるには何だか癪で、「だけど」とセネルが言おうとした瞬間、突如オレンジ色の光が部屋に差し込んだ。咄嗟に窓まで駆け寄れば、オレンジ色の、どこか懐かしい光が、天に向かって伸びている。
呆然と見つめるばかりだったセネルの隣で、ふとウィルが呟くように言った。

オレンジ色の、光に。




「―――光の柱立ち上ぼりし時、『メルネス』は再び蘇らん…まさか、これがその光だと言うのか?」



誰に言うでもなく、ただ放たれたその言葉。
意味を理解するのにそう難しくはなかった。


『メルネス』


それは、あの心優しい少女の、別の呼び名。




「―――シャーリィ」



一度だけ名を呼んでから、ウィルの反応など碌に確かずに飛び出した。
後ろから着いて来られようと、構いやしない。

光へと、ただ駆け出した。



大切な、少女に会いに。






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