ヴァーツラフを打ち倒したその後。
一度は爪術が効かない程にまで消耗し命すらも危うかったセネルだったが、シャーリィのブローチとステラのテルクェスの力でどうにか繋ぎ止められ、ウェルテェスの病院で目を覚ました時の、全てを知った後の反応は、とてもじゃないが見ていられなかった。
本当だったら死んでいてもおかしくなかったと誰もが知っていたので、目を覚ました時シャーリィ達は喜んだのだが、たった一人の名を放たれてしまった瞬間、返したのは沈黙ばかりで、それが余計にセネルを責めたのだろう。
追い詰めた、と言ってもいい。
目を覚ましたセネルが次に見たのは、ベッドに横たわる、優しい彼女の姿だった。


目を、覚ます気配は、ない。


セネルの命を繋ぎ止めた代償に、彼女は再び、この3年間と同じように、眠りについたのだ。


ずっと、眠り続けている。


その場でただ呼吸を繰り返していることは、一体誰の救いになったのだろう。

(彼女の無事だけを願った彼は、それこそ目覚めたことをまるで罪のように、ひたすら自分自身を、責めている、と言うのに。)













「シャーリィ!」



パタパタと駆け寄って来た軽い足音と共に、自分の名を呼ぶ声が聞こえたから、バスケットにパンを詰めていた手を止めて、シャーリィはゆっくりと振り返った。
2つに結った長い綺麗な金色の髪に穏やかに笑んで、これはもう一人分足さないとな、と呑気に考えていれば、何やら果物を持って来てくれたのか、彼女もまたバスケットを持って来たようで、何だかおかしくなって笑えば、「失礼ね」と少し唇を尖らせたから慌てて謝ったら「冗談よ」と茶化すように言われてしまう。
穏やかな陽気、と言うには少しだけ風が吹いていて時折寒気を感じそうな正午だったが、外で食べるわけじゃないからと眉尻を下げたシャーリィに、彼女は笑った。
少しだけぎこちないのは、2人共気が付かなかったことに、して。



「どうしたの?フェニモール。そんなに慌てなくても大丈夫だったよ」
「そう言って、あんた先に行っちゃおうとする時たまにあるんだから。置いていかれたら堪ったもんじゃないわ」
「そ、それは…そんなつもりじゃなかったんだけど…」
「ちょっと。ここであんたがへこんでど・う・す・る・の・よ!」
「ご、ごめんなさいフェニモール…!わ、わたし…」
「…まあ、いいわ。それより早く行きましょ?待ちくたびれてまた倒れられたりでもしたら、シャーリィだって嫌でしょ?」



一度だけ小さく溜め息を吐いてからそう言ってくれたフェニモールに、シャーリィは慌ててもう一人分追加して、バスケットを片手に先に出て行こうとしたその背を追った。
水の民の里の、『メルネス』だからと用意された部屋を出て、マウリッツが与えてくれた部屋へと…大切な人達が居る場所へと、向かう。
ヴァーツラフとの件があった後、水の民は陸の民と関わり合うことを良くは思っていない人が大半を占めていたのだが、こればかりは反論の上がらぬ程、異例の措置だった。
ワルターでさえも、この里に陸の民が居ること自体に、何も言いはしない。
誰も引き離せれる筈がなかったのだ。

2人の姿を見れば、それは余計に。





「体の方はもう、何ともないんだって?」
「うん。火傷も痕は残らなかったし、骨も流石に折れたところはもう少し時間が掛かるけど、ヒビが入ったところはもう大丈夫だって。まだ無理は禁物だけど、ね」
「無茶し過ぎなのよ…話を聞いただけでも、心臓止まるかと思ったんだから」



ふぅ、と息を吐いて言ったフェニモールの言葉に、シャーリィはついつい困ったように笑ってしまったのだが、実際にその場に居合わせた自分の反応を思い出したら、下手なことは言えなかった。
閉鎖的な空間を保つようになってしまったこの里で、けれどあの時、艦橋で何があったのか。誰がどんな目にあったのかだとか。
同じ水の民の身に起こったことはほとんどの人が知っていたから、今更何も言える筈はなかった。
明るく振る舞ってくれるフェニモールには、正直、助かってばかり居る。
他愛の無い話をすることが出来る時間はシャーリィにとって掛け替えの無いものであり、彼女の支えが無かったら、今頃押し潰されそうなぐらい、何もかもにも耐えられなかった(言えば、大袈裟ね、と。彼女は笑うだろうけど)。




「お兄さん、入りますよー」



コンコン、と軽くノックをした後、すぐに足を踏み入れれたフェニモールと違い、シャーリィは馬鹿みたいだと思いつつも、ほんの少しだけ止まって覚悟を決めてから、一歩、踏み出した。そこには、痛いだけでしかない、現実しかないと、知っているから。

それしか、ないから。





「…お兄ちゃん」




呼べば振り返ってはくれるその姿に、泣き出したくなったのをどうにか堪えて、シャーリィは下手くそに笑うことぐらいしか、出来なかった。





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