噴き出した水の柱を、信じられなくて呆然と見つめるばかりだった。


わたし、なにをしたんだろう。



ハッと我に返った時には既に水柱の奥、流れ消えるその中心にヴァーツラフが片膝を着いているのが見えただけで、何が起きたのかいまいち、理解しきれていない。
この力は、自分は手に入れられなかった筈なのだ。
儀式に失敗し、救えるだけの存在になる筈が全てを無くした、なのに。




「……なん、で?」



惑う思いがそのまま口から溢れた。
両の手を見る。
その光を、知っている。
一度は自分を手放した、光だ。


蒼き海の、滄我の、意志。





「−−−っ今だ!一気に攻めるぞ!」
「ノーマさんはウィルさんと一緒にセネルさんの回復を!ここで畳み掛けます!!」



シャーリィがたった一度だけ放った爪術に、呆然としたのはその僅かな時間だけで、瞬時に我に返ったワルターとジェイの言葉に、クロエとモーゼスが武器を構えるのをシャーリィは呆然と見送っていた。
そしてまた両の手を見つめるも、思考回路が追いついてくれない。
横たわるセネルの元にノーマが駆け付け、ウィルと共に治療術を掛けてからハッと気が付いた。


−−−滄我の力を得たのなら、自分だって、治療術を、唱えれるんじゃないのかと。




「お願いします!滄我、あなたの力を、私に貸して下さい…!」



セネルの手を取り、祈るように言ったシャーリィに、一度だけウィルは視線を向けたけれど、その姿に顔をしかめただけだった。
奇跡など信じてはいないが、先程のあの術が、奇跡と呼べるなら奇跡なのだろう。
海の加護を得たあの術はヴァーツラフを仕留めはしなかったが致命的なダメージを与えたのは決定的で、だからこそシャーリィのその姿に、ウィルは何も言えなかった。


爪が、光らない。




「そん、な…そんなっ!私じゃ駄目なの?!私、メルネスなのに…水の民なのに…!お兄ちゃんを助けることも出来ないの?!やっぱり役立たずなの?!」
「落ち着いてリッちゃん!セネセネなら大丈夫だから!ちゃんとブレス効いてるから!助かるよリッちゃん!!」



瞳に涙を溜めて言うシャーリィに、ブレスを掛けながらも必死にノーマが落ち着けていた、その時だった。
ダンッ!と床に何かを打ち付ける音が聞こえて、全員の視線がそちらへ向く。
紅い鎧は至るところがひび割れ、砕け散り、口から溢れる血にも、赤黒く床に広がる血溜まりからも、決着はシャーリィ達にとって好ましい形で着いたのはわかった、筈だった。


これで、同盟軍の勝ち、だと。


けれど、それなのにヴァーツラフは笑う。
嘲笑うようなその表情に、ワルターが止めを刺すべく近付いたが、ヴァーツラフは表情を、変えなかった。



「−−−愚かだな、ヴァーツラフ。鼻っ柱が折られたせいで、気でも違ったか」
「ふ…ははははは!なんとでも言うがいい…真に愚かなのは、一体どちらだろうな…!」



息も絶え絶えだろうに、未だに傲慢さを露わにそう放つヴァーツラフに、ワルターは不快そうに眉間に皺を寄せたが、それすらもヴァーツラフは愉快そうに笑った。
夥しい血の量に、放って置いても死ぬのは本人こそわかっているだろうに、気にもせず笑って、そして。



「威力としては完全ではないが、まあいいだろう…!滄我砲で滅ぼされたガドリアを見て、せいぜい貴様らは後悔するがいい!!」



言って、遠隔操作の物らしき装置のボタンを押そうとしたヴァーツラフに、ワルターが止めを刺したが、遅かった。


カチッと小さく、けれど確かに響いた、破滅の音。


再び可動し始めた空のカプセルに、光と共に異常なエネルギーが集まり、それらが変換されているのは、誰の目に見ても明らかなことだった。



「いかん!滄我砲発射準備と出ているぞ!」
「第二波を撃てるよう予め操作はしてあったみたいですね…余計なことを…!」
「ジェー坊!なんとかならんのかい!」
「僕だってやれるものならやってますよ!でもこれは…!」



苦々しく顔を歪めながらも必死になってジェイとウィルが操作盤をいじっていたが、何をやっても反応はせず、光は輝きを増し異様なエネルギーが凝縮され主砲に集まるばかりだった。

風が止む。
荒れ狂うような波が、嘆いてばかりだった海が、まるで諦めたかのように、静寂を連れて来る。


世界が、凪いだ。


光が、いま。





「ダメだ!もう間に合わない…!!」



悲痛な声でクロエが叫んだ次の瞬間、凄まじい威力を持った滄我砲が無情にも、放たれた。

光は真っ直ぐにガドリアへと向かい、嘆く海を乱して進む。

絶望しかない光景に、誰もが目を見張った、その時だった。




−−−白銀の光が、全てを、覆い隠したのは。




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