「ヴァーツラフ!貴様の思い通りには、もうさせない!!」
「これ以上ワレの好き勝手にさせるわけにはいかんのじゃ!!」
必死になって、セネルとステラの為に、この戦いに関わった人達の為にヴァーツラフと戦うクロエ達の声が、シャーリィの耳にはどこか遠く、聞こえていた。弾かれる音だったり、誰かが倒れる音だったり、何かしら聞こえる音がある筈だと言うのに、全てが、遠い。
呆然としたまま、横たわるセネルの姿を見下ろして、シャーリィは「どうして」とたったそれだけの、4文字の言葉を呟いた。
それだけしか、言えなかった。
「ふ……ははははは!これはまた愚かだな、メルネスの娘よ!どうして、だと?そんなことは決まっている!使える道具は有効に活用してこそ、その意味があるからだろうが!」
笑いながらすらも言ったヴァーツラフの言葉に、シャーリィはゆっくり、顔を上げて忌々しい男の姿を、視界に入れた。
傲慢な、己の醜さを知らない男。
実力だけはその癖伴っていて、ワルター達が苦戦しているのもシャーリィにはきちんと見えていたけれど、そこまでは特に気に掛けることも出来なかった。
余裕がなかった?
違う。
必要を、感じなかった。
「道、具…?あなたにとって、私達水の民も、陸の民であるお兄ちゃんも、道具でしか、ないんですか?」
どこか虚ろな目をしてそう聞いたシャーリィに、攻撃を受け流し、一度体勢を整えていたワルターだけが怪訝そうに眉を顰めていた。
様子が、おかしい。
壊れたと言うよりは、むしろ…
「当たり前だろう。煌髪人なんぞを庇う人間など、貴様のような化け物よりいっそ愚かだ!それに大体、クルザンド人であるそいつをどう使おうと、我々の自由ではないか!」
嘲笑うように、わざと動揺するよう言い放ったヴァーツラフの言葉に、確かにクロエやノーマ達は驚きを隠せなかったようだが、シャーリィの耳には、そんな言葉は、聞こえていなかった。
震える手を、ギュッと握り締めて、一度だけ視線を落とす。
不思議と涙は、出て来そうになかった。
こんなにも、泣きたいのに。
こんなにも、悲しいのに。
こんなにも、苦しい、のに。
「…仮にその言葉が本当だとしても…同じ、国の人なんですよね?それなのに、道具です、か?…同胞を道具としか見ない王なんて、私達よりも…いえ、この世界中の誰よりも、愚かですよ」
「なんだと?貴様、煌髪人の分際で、今なんと言った!」
「愚かだと言ったんですよヴァーツラフ!聞こえなかったのなら何度でも言ってあげましょう!あなた達のような陸の民など、なんと愚かで醜いことか!!」
叫ぶように言ったその瞬間、シャーリィの金色の髪が、仄かに蒼く輝いたのを、ワルターだけが気が付いた。
驚き目を見開くが、確かに輝いているその事実に、一瞬頭の中が真っ白になったのを、感じる。
蒼き光が、次第に強まっていくのを、この目で見てしまった。
けれどヴァーツラフに一番近い位置に居るクロエとジェイ、そしてモーゼスは気が付けない。
彼女に訪れた、その、変化。
呼応するようにステラとワルターの髪さえも蒼く輝いたことで、ようやくノーマは気が付いたようだが、セネルの回復に集中しているウィルもまた、気が付けなかった。
爪さえも蒼く、光る。
意志が答えたのは、彼女の怒りにか、悲しみにか。
それとも、彼女への、憐れみ、か。
「蒼き海よ!汝が代行者と認めるならば、我に汝の声、聞かせん!!」
強き意志を持って放つシャーリィの言葉に、ワルターは咄嗟に一番手の届く範囲でクロエの襟首を掴んだ。
ギョッと目を見張った間抜け面が見えたが、それどころではない。
「避けろ!!」
蒼き光が一際強く輝くその前に、ワルターはクロエを後ろへと力任せに押し飛ばし、ジェイとモーゼスに向かってそう叫んでいた。
ヴァーツラフの足元に、淡い光が、宿る。
知識として、それが一体何を唱えたかを、ワルターは知っていた。
そして知っていたからこそ、また、今の彼女では、使えないだろうとも、思っていたと言うのに。
「タイダルウェーブ!」
その瞬間、ヴァーツラフの足元に見えた淡い光から巨大な水柱が噴出し、容赦なくその体を押し流そうと襲い掛かった。
咄嗟に避けれたジェイとモーゼスは、先程まで自分達の居た位置までも水柱が噴出していることに目を見張っていたが、それも仕方あるまい。
託宣の儀式に失敗したと聞いていた彼女の身に何があったかなど、ワルターにはわからなかった。
わかるのは、彼女が今ここに、何を呼び起こしたかと言うことだけ。
蒼く輝いたそれが示すのは、ただ一つ。
滄我の、意志だ。