辿り着いたその瞬間、耳をつんざくような悲鳴と、視界に広がる赤だけが全てを覆い隠した気がしたけれど、必死に振り払って頭から追い出した。

それは、過去の記憶。
かつて虐げられ命を弄ばれた、水の民の記憶。



(同じことが起きると嘆く、滄我の、悲鳴。)









「お兄ちゃん!お姉ちゃん!!」



部屋の入り口の守りを固めていた兵士達をクロエとワルターが薙ぎ倒し、管制室に駆け込んだその瞬間、見えた光景にシャーリィはほとんど反射的にそう叫んでいた。
ガラス張りの部屋の中。
ヴァーツラフが立つその背後のガラスの外には、既にクロエの故郷である聖ガドリア王国が見え、近過ぎるその距離にジェイが小さく舌を打つ。
シャーリィとワルターの視界には、けれどそんな景色など欠片も映っていなかった。
見つめる先は、何かの装置に繋がれている、二人の姿だけ。
目も覚まさない、二人だけ。



「うそ、なんでセネセネも装置に繋がれてんの?!」
「…陸の民でも使えるかの、実験でしょう」



首が繋がってるだけ、まだマシですよ。とまでは流石にジェイも言わなかった。
ノーマの疑問はこの場に居合わせた人間全員の疑問だろうが、それ以外に答えは、ありそうにない。
向かって来る兵士だけを薙ぎ倒し、部屋の中央に居るヴァーツラフに対し全員が武器を構えれば、その時になってようやく元凶である男は振り返った。
愉快そうに、笑っている。
嘲笑っている、と言う方が、正しいだろうが。



「ふ…よくここまで辿り着いたものだ。だが、少し遅かったな。滄我砲の充填は終わった。ガドリアを滅ぼした後には、メルネス。貴様の力で、レクサリアを滅ぼしてやろう!」



高らかに言ったヴァーツラフの言葉に、シャーリィの顔から一気に血の気が引いた。
カプセルのような装置の中に居るステラへと、ワルターとクロエが駆け出すのが、見える。
充填は、終わったと言った。
それが意味するのは。
意味するの、は。




「やめてぇええ!!」



光と共に轟音が鳴り響いたのは、多分、シャーリィが叫んだのとほぼ同時だった。
放たれた光はガドリアへ真っ直ぐと伸び、聳え立つ空割山を砕き、消える。
凄まじい破壊力を持った光に、誰もが言葉を失っていた。



あれが、滄我砲。
水の民の命を奪う、光。




「お姉、ちゃん…」



呆然と呟くしか、なかった。
滄我砲が放たれてしまったと言うこと。
何を代償に、放たれるかと言うこと。



「お姉、ちゃん…っ、お姉ちゃん!お姉ちゃん!!」



必死に叫ぶシャーリィの声に、けれどやはりと言ってしまえるのか、ステラは何の反応も見せなかった。
間に合わなかったことにクロエ達は立ち尽くし、ワルターは苦々しく顔をしかめる。
呆然とするしかなくなったこの状況で、しかしヴァーツラフの方が怪訝そうに眉を顰めた。
ガドリアを見据える。
空割山は消し飛んだが、それよりも。



「王都を狙え、と言った筈だが…」
「も、申し訳ございません!砲撃の瞬間、エネルギーに微妙な反応が…っ?!」
「どうした」
「閣下!娘から生体反応が!いえ、そもそも娘からエネルギー吸い取れていません!!」



叫んだ兵士の言葉に、こればかりは敵味方関係なく、全員が驚き、目を見張っていた。
弾かれるようにシャーリィは顔を上げ、カプセルに駆け寄り、中に繋がれているステラを食い入るように見つめる。
水で満たされているのか、規則正しく上下する胸の動きと泡の動きに、息をしていることは容易にわかった。

確かに、ステラは生きている。

泣きたくなるぐらいの現実に、シャーリィは口元を押さえて堪えたのだが、不意にごとん、と何かが落ちた音が聞こえ、ゆるり、視線を向けた。

本当は、どこかでわかっていたのかもしれない。


隣にあるカプセルの中で、大好きなあの銀色が、崩れ落ちるように倒れるのが見えた。

見えて、しまった。





「セネルから生体反応、ほとんどありません!装置への接続不可!エネルギー変換をするだけの反応が、残っていないからと見られます!」
「!!」



告げられた事実に、愕然と目を見開いたのは滄我砲を放つには水の民の命が必要だと、シャーリィ達はマウリッツから聞いていたせいだった。
こんなことは、知らない。
陸の民の命まで食らうなんて、聞いてない!



「ふ…、ここまで貴様が愚かしいことをするとは思っていなかったぞ、セネル・クーリッジ。だが所詮貴様は犬死にだ。滄我砲第二波発射準備!次こそメルネスの姉を用い、王都を壊滅せよ!」
「−−−っさせるものか!!」



言い放ったヴァーツラフに対し、真っ先にクロエが阻止すべく斬り掛かった。
易々と避けられてはしまうが、そんなことは気にもしていられない。
状況の把握なんて全く出来ていなかったが、クロエはただ許せなかった。
犬死にだと言ったその言葉だけは、どうしても我慢出来なかったのだ。




「クロエさんとワルターさんとモーゼスさんはヴァーツラフを!ノーマさんは3人のバックアップ!ウィルさんは手伝って下さい!2人を装置から外します!」



必死に叫ぶように言ったジェイの言葉が、シャーリィの耳にはどこか遠かった。
技術班らしい兵士を倒し、カプセルが開いて2人が出される姿を、呆然と見ることしか、出来ない。
床に横たわらせたあとすぐに回復術を唱えたウィルの側で、シャーリィは震える手でセネルの頬に触れたけれど、それはほとんど無意識でのことだった。



−−−冷たい






「お兄、ちゃん…?」




震える声で、そう呼んだ。
そこに言葉は、返って来なくとも。




×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -