穏やかな光の先に見えた彼女の笑顔に、『笑う』と言うことを初めて知った。
知って、しまった。





「−−−閣下に、−−−し」
「手…し、た−−−の、…」


(……ここ、は…)



重たい目蓋を押し上げて、ぼんやりと霞む視界の中で抱いた疑問に、答えなどどこにもありはしなかった。
嫌に遠くから声が聞こえる。聞こえる気がする。
何人かの足音と話し声を耳に、セネルは数回、瞬きをしてみてどうにか視界をはっきりとさせようとしたのだけれど、どうにも上手くいかなかった。
思考回路すらも、上手く働いてくれない。
現状が全く把握出来ていなかった。
最後に見たのは…確かウィルだったろうか。
でも、どうしてかわからない。
辛そうに顔を歪めていたのはわかった。
その前に見たのは、泣き出しそうな顔をしたノーマと、水の入った。
水の入っ、た?




「−−−ステラッ!」



思い出した事実に、ようやく気付けたセネルは弾かれるように起き上がろうとしたのだが、次の瞬間、嫌に重たい、気だるさの残った体を支えきることが出来ず、結局床に突っ伏してしまっていた。
側を彷徨いていたヴァーツラフの兵士達が気付いて視線を向けては来るものの、まさか構っていられる程の余裕がある筈がない。
起き上がらせるのも億劫な体で、這いつくばってでも気を失う前に確かに見た彼女を−−−ステラの姿を必死になってセネルは探した。

無事だと言うことを、確認したい。

ヴァーツラフに殺されていないと信じたいセネルはただそれだけを考えて探していたのだが、必死になるあまりだからこそ、なぜ自分が拘束されていないのか、なぜ兵士達が咎めることをしないのか、そこまで考えることが出来なかった。



「何を必死になって探しているんだ?セネル・クーリッジ。娘は、そこに居るではないか」



嘲るように言った男の声に、セネルは目を見開き、ただただ見上げることしか出来なかった。
忌々しげに睨み付け、奥歯を噛み締める。
まさか、ヴァーツラフの気配に気付けなかったなんて!



「睨み付けるのもお前の勝手だが、それでいいのか?娘はそこに居るぞ。我が軍の、犠牲にさせたくないのだろう?」
「貴様…っ、ステラを犠牲になんか、させるかよ!」





言いながら、セネルは感情のままにヴァーツラフに殴りかかろうとしたのだが、どうしてか全身に纏わりつく倦怠感に立ち上がることすら儘ならなかった。
これには流石にセネルも戸惑いを隠せないのだが、ヴァーツラフの言う通りすぐ側に居るステラに近付こうと、それでも必死に足掻こうとしてみせる。
虫けらと変わらんな、と見下して言うヴァーツラフの言葉など構わず、どうにかステラの元に辿り着いた時、慌ただしく駆け寄って来る気配に気付いた。
ヴァーツラフは獰猛な笑みを絶やさない。
背後に何かカプセルのようなものが2つ見えたが、セネルには理解出来ないものだった。



「閣下!煌髪人共は源聖レクサリア皇国と手を組み、前衛基地を制圧した模様!」
「構わん。兵を下へ待機させろ。ガドリアへは後どれくらい掛かる」
「1日は掛かりません。おそらく、半日程度で到着するかと」
「ならばそれまでに奴らを制圧しろ!所詮煌髪人共に誑かされた碌に武器もない連中だ、この艦橋に近付かせるな!」
「はっ!」



響き渡るヴァーツラフの声に、セネルはステラに寄り添いながらも、『艦橋』と言う言葉に思わず首を傾げていた。
気が付いたらこの現状なのだ。把握など全く出来ている筈もなく、訝しげにヴァーツラフを睨み付けることしか、出来やしない。
当然視線に気付いているだろうヴァーツラフは馬鹿にしたように笑ってから、答えた。
そこに救いなど、ありはしないのだと。



「現在地がわからないようだな、セネル・クーリッジ。教えてやろう。ここは雪花の遺跡の封印が解かれたことにより姿を現した艦橋。この遺跡船の主砲たる、滄我砲を操る為の場所だ」
「……滄我砲?そんなものに、一体何の用だ!」
「決まっている。ガドリアを滅ぼし、我がクルザンド王統国が世界を統べる礎とする為だ」
「馬鹿馬鹿しい。そんなこと、出来るものか!」
「出来るんだな、それが。滄我砲さえあれば、国を潰すことなどは容易い。もっとも…撃つ為には、煌髪人共の命が必要だがな」
「!」



告げられたその内容に、セネルは顔を真っ青にし、咄嗟にステラを庇おうとしたのだが、碌に動くことの儘ならない体では、遅かった。
ヴァーツラフの指示を受け、ステラを連れて行こうと兵士が近付いて来る。
必死に名を呼んだが、ステラが目を覚ますことはなかった。
当たり前だ。
彼女は3年もの間ずっと、眠り続けた、ままなのだから。



「やめろ!ステラに触るな!」
「ならば止めればいいではないか。爪術士である貴様なら、簡単に出来るだろう?」
「……っ!」



嘲るように言ったヴァーツラフに、それが出来たらこんなことになっていないと、セネルは睨み付けるばかりだった。
どうして、こんな時に限って体が動いてくれないんだ。
立ち上がることも儘ならない体に、苛立ちばかり感じる。



くそ、くそ、くそっ!





「−−−時間か」



無理やりにでも体を動かそうとしたのと、その呟きが聞こえたのは、多分ほとんど一緒だった。どういうことだと睨み付けるその前に、ふわ、と体が浮く感覚に思わず目を見開いてしまう。背に感じた衝撃に、蹴飛ばされたのだと気付いたけれど、痛みは伴ってくれなかった。
感覚が、薄れてきている。


気付かなかった。
気付きもしなかった。



自分の体が、こんなにも悲鳴を上げていた、なんて。






「セネルを女と同様に装置に繋げ」
「はっ!ですが閣下、滄我砲は煌髪人でないと意味がないのでは?」
「見ていればわかる。面白いものが見れるだろう」
「はっ!」



体に相当ガタが来ていたのか、一度蹴り飛ばしただけで呻き声も上げれず意識を失ったセネルを前に、ヴァーツラフは淡々と兵士に対しそう指示を出した。
自分の体が血だらけなのも、ましてや骨が折れていることにも気付けず、ああも煌髪人などに肩入れ出来るなんと愚かなガキだと、笑えて仕方がない。
前衛基地が制圧されるとは少々侮り過ぎてはいたが、この男と同様に愚かなメルネスの娘が自ら飛び込んで来るのだ。
これを愉快と言わずして、なんと言うのか。







「お前たちは本当に愚かしいところが似ているぞ。なあ、セネル・クーリッジ」






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