目蓋を押し上げた先に、見えた天井は全く知らないものだったけれど、どこか見覚えのあるような造りだった。
ぱちぱち、と数回瞬きをする。
どこかぼんやりとした思考のまま、ゆっくり起き上がってみて、そうして見えた周りの景色に思わずきょとんと目を丸くしてしまった。

この部屋の造りは、雰囲気は。
ああ、水の民の里と、似てるんだ。



「ここ、は…」



ほとんど無意識の内に呟いた言葉は簡単に空に溶け、誰かの反応も返っては来なかった。ゆっくりと、シャーリィは改めて辺りを見回す。
見たことない、知らない。そんな風に思う筈なのに、どうしてか懐かしいとすらも思う自分自身の心境に驚きつつも、とりあえず窓の外でも見てどこに居るのかわからないものかとベッドから立ち上がろうとしたのだ、が。



「…ふぇっ?!」



床に足を下ろし力を入れた筈だと言うのに、自分のものとは思えないほど、足には全く力を入れられず、そのままベッドから落ちてしまったから思わず妙な声を上げてしまっていた。
膝を強く打ったせいで鈍い音が響くわ恥ずかしいわでシャーリィは顔を真っ赤にさせるが、とりあえず誰もいないことに息を吐く。
そうしてどうして足に力が入らないんだろう、どうしてこんなに体が重いんだろう、と。
考え始めた瞬間、脳裏に過ぎった色に、息の仕方すら、忘れるかと思った。



「シャーリィ!」



叫ぶように名を呼ばれ、ハッと咄嗟に反射的に顔を上げて、見えたフェニモールの姿に、シャーリィは酷く困惑した表情しか向けられなかった。
次いでワルターが入って来るのが見える。
水の民である、二人の姿。



「フェニ、モール…?ワルターさん?」



どうして、ここに?なんて続いてしまいそうになった言葉を、その後ろに見えたマウリッツの姿にどうにか飲み込んで、ただただ二人を見つめることしか出来なかった。
これでここが水の民に関連した地だとはわかったけれど、あとは知らない。知りたくない。
体が馬鹿みたいに震えていた。
震えが、止まらない。
わたしは…わたし、は?



「シャーリィ!」
「リッちゃん!」



ほんの少しだけ遅れて飛び込んで来た二人の姿に、水の民ではない彼女達の姿に、シャーリィは目を見開いて、それでも受け入れた。
フェニモールにワルター、クロエ、ノーマ、ウィル、モーゼス、ジェイにマウリッツ。
目の前にそれだけの人間が集まっていた。
それなのに、それなのに…!


「お兄ちゃん、は…?」


震える声で紡いだ、その言葉。
目を覚ましてすぐに言ったシャーリィのその問いに、即座に返すことが出来る人間は、居なかった。


「お兄ちゃんは、どうしたんですか?あの場所に、お兄ちゃん居ましたよね?」
「シャーリィ…」
「教えて下さい!お兄ちゃんは、お兄ちゃんはどうしたんですか?!」
「ちょっと落ち着いて!シャーリィ!」
「離してフェニモール!お兄ちゃんっ、お兄ちゃんはどうしたんですか?!お兄ちゃんはどこに居るんですか?!みなさんが助けに来てくださったんでしょう?その時に一緒に居た筈ですよね?!一緒に居たじゃないですか!ねぇ、どうして…っ!!」


どうしてお兄ちゃんが、ここに居ないんですか?!



心配そうに寄り添ったフェニモールの肩にしがみついて、そう叫んだシャーリィに、クロエ達は、あの時雪花の遺跡に居た面々は、俯くことしか出来なかった。
とてもじゃないが、シャーリィと目を合わせることなど、出来やしない。

自分達は、置いて来てしまったんだ。
何をどう取り繕ったところで、見捨てた事実は変わらない。
変えようが、ない。

(今更後悔したところで、一体何になると言うのか!)

自分の無力さが許せなくてクロエは答えも出来ずに唇をギュッと噛み締めていたのだが、ふと目の前に居たワルターがゆっくりシャーリィに近付いたから、そっと顔を上げた。
ベッドのすぐ近くで座り込んで立ち上がれないシャーリィに視線を合わせる為に、ワルターが片膝を着いたのが見える。
シャーリィは必死に涙を堪えていた。
きっと本当は、彼女も気付いていた。



「よく聞いてくれ、メルネス。いや、シャーリィ」
「…ワルターさん…」
「あの男は、セネルは今、ステラと共にヴァーツラフに捕らわれている」
「!」
「助け出す為に、陸の民と話し合いすらしている。シャーリィならわかるだろう。それが、俺たち水の民からすればどれだけ考えられないことか。けれど、実際にそう動いている。……必ず、助け出そう。その為に、俺も動く。だから今は休め、シャーリィ」
「ワルター、さん…っ」
「無理をして顔色が悪いままで居たところで、一体誰が一番気にするか、わかる筈だ」



言い聞かせるようにワルターがそう言えば、途端に耐えきれなくなったのかフェニモールにあやされるままに、シャーリィは小さな子どもみたいに嗚咽を漏らして泣いた。
ぽんぽん、とフェニモールに頭を撫でられているシャーリィにもう大丈夫だろう、とワルターは立ち上がり早々に背を向ける。
そうして部屋を出て行こうとするワルターを、ジェイが呼び止めた。
小声であることと、涙を溢しているからこそシャーリィは気付かないが、クロエ達の視線もまた、ワルターの背に向けられていた。



「ワルターさん、話をちゃんと聞いていましたか?」



流石にシャーリィに聞こえるかもしれない状況の中で、ジェイは内容までは口にしなかった。
きちんと聞いていただろう、ワルターは振り返りもしない。
背を向けたまま、答えた。
揺らぐことなど、一切なく。



「可能性の話に興味はない」
「…そういう話ではなくてですね」
「俺はあの男に聞きたいことが山程あるんだ。…それにあの男は絶対に死なないと約束した。勝手にくたばるなど、俺は許さない」



随分と勝手な言い分だった。
けれど、ああ、それだけの話なんだ。





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