結論から言うなら、そこにモーゼスの言う山賊達の野営地は存在していなかった。

何かと、戦った跡。
建てられたテントは壊され、過ごしていた形跡と言うものは全て荒らされたと、襲われた跡に塗り替えられており、人の気配はどこにもない。
ギートが唸った場所に促されるまま歩み寄ったモーゼスは、荒らされた地に膝を着き、そっと手を伸ばしてそこへ触れた。
武器を固めて置いてあった場所だったのだろう。
地面に転がってはいるものの、折れてもいなければ使った形跡もない槍に、残された色に、何を言ったらいいのかわからなかった。


血の、跡。






「悪いな。ここに居た目障りなゴミなら、片付けさせてもらった」



唐突に響いたその声に、言葉に、弾かれるように振り返ったウィル達の目に映ったのは、最悪なことにトリプルカイツの一人、幽幻のカッシェルだった。
追いかけて来たのだろう。
すぐ後ろに見えるヴァーツラフ軍の兵士達の姿に思わずウィルは顔をしかめるも、他に逃げ道を塞がれたわけではなく、あくまで自分達が今歩いて来た道を塞がれただけと言う事実に、冷静に退路を探る。
気を失ったままのシャーリィが居ること、また今の自分達の力ではカッシェルに敵わないとわかっているからこそ、この場では逃げると言う選択が一番適していた。
だが、



「貴様ああああ!!」



地面に転がっていた槍を掴み、感情のまま無謀にもカッシェルに挑み掛かったモーゼスに、制止の声は届かなかった。
自分の仲間をゴミと言い切り、傷付けたカッシェルを許せない気持ちはわかる。
わかるが、今挑み掛かると言うことは、一番してはならないことだ。



「おい止めろ!シャンドル…っ?!」



無謀としか言えないモーゼスに対し、いち早く止めに入ろうとしたクロエだったが、いきなり自分の足元に剣が突き刺さったから、咄嗟に数歩退いて、そうして目を見張った。
どうして、とそんな声が漏れてしまう。

今、地面に突き刺さったのは雪花の遺跡で取り戻せなかった、クロエの剣だ。

ヴァーツラフの足元に転がってしまったそれを取り戻すには危険が高く、逃げ延びた地に落ちていたヴァーツラフ軍の物だろう、錆び付いた、無いよりはマシな程度の軍用の剣を已む無く使っていたと言うのに。
それがなぜここに、と当然の疑問を浮かべた瞬間、見えたのは、黒い仮面の男…烈斬のスティングルの、姿。



「……剣を取るのであれば、容赦しない」
「!」
「私は、そう言った筈だが」



淡々と言い放ったスティングルの言葉に、よりにもよって全ての元凶である男が言った言葉に、クロエは迷い無く地面に突き刺さった剣を抜き、躊躇いなく斬り掛かった。
あの、雨の日のことが、想いが、揺さぶられる。

暴走しているとも取れるクロエとモーゼスの行動に、ウィルは一度小さく舌打ちをした後、本格的に囲まれる前にトリプルカイツの二人に向かってライトニングを唱えた。
ダメージなんて与えられるとは期待していない。
ノーマとギートにシャーリィを任せ先へ進ませ、わざと逃げることしか、考えなかった。



「何をしてるんだ馬鹿者共!!さっさと行くぞ!!」
「離せレイナード!私は、私は…っ!!」
「邪魔するな!ウィの字!!」
「ふざけたことを言うな!!死にたいのかお前らは!!行くぞ!」



一切の反論の余地も認めない、とばかりの剣幕で怒鳴り付けたウィルの言葉に、モーゼスとクロエはようやく逃げるべく足を進め始めた。
目眩ましでブレスを唱えはしたものの、あんなものはすぐに意味を無くし、そう大した時間も掛けずに追いかけて来るだろう。とにかく一刻も早く少しでも離れなければとウィルは駆けるのだが、しかし次の瞬間、先に逃げていた筈のノーマが血相変えて戻って来て、そうして告げた言葉に、目を見開いていた。



「大変だよウィルっち!あっち、あのおばさんが!メラニィが待ち伏せしてる!!」



お前あのトリプルカイツの一人をおばさん扱いかよ、と余裕があったのなら真っ先に思ったことはそれだったが、カッシェルとスティングルに追われている現状で、そんなことは誰も欠片も思えなかった。
真っ青な顔色をして立ち尽くすノーマに、しかし掛けてやる言葉も見付からず、立ち尽くしていれば徐々に近付いて来る足音が聞こえる。

逃げ場は、なかった。

挟み込まれている以上今の自分達の力ではどちらも突破することは出来ず、万事休すかと唇を噛み締めた。
―――そのときだった。





「皆さん!早くこちらです!」



聞こえた声。
振り向けばその先に見えたのは、あの金色と、青い瞳で。



「フェニモール!」



名を呼べば、返って来た「急いで!」と言う言葉に、慌ててウィル達はフェニモールの後を着いて、森の奥へと入って行った。





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