一体何が起きたのかなんて、きっと誰にもわからなかった。


目映い光。
橙色のそれを、覆い尽くしたのは白銀の光で、あまりの眩しさに目を開けていることが出来ずにいれば、耳に届くのは、何かが割れる音。
水の滴る音も次いで聞こえ、恐る恐る目蓋を押し上げたその時には、水で満たされた球体などどこにもなかった。

あったのは、ガラスが砕け、満たしていた水も消え去った空洞と、ガラス片を僅かに浴びながらもその近くに倒れるセネルの姿と、その中に倒れ伏す、ステラの姿。


そして白銀の球体に包まれて横たわる、シャーリィの姿だった。




「…なに?あれ…」



震える声で呟いたノーマのその言葉は、ウィル達だけでなくあのヴァーツラフですらも目の前の光景に呆然としているからこそ、嫌によくその場に響き渡った。
穏やかな光を放つその白銀の球体は、シャーリィを内に抱え込みながらも、その側に横たわるステラをも取り込もうと光を揺らがすが、そこまでは上手くいかないらしい。
優しげな光だからこそ、どこか不安定な印象付ける球体は、それでも必死にステラに触れようとしていたが、やがて橙色の光が白銀と交じったその瞬間、諦めたように離れ、宙へと浮かび上がった。
呆然としているヴァーツラフを横切り、ウィル達を誘うように、シャーリィを内に抱え込みながらも、迷わずある場所まで進む。
シュンッと微かに空を切る音が聞こえ、開いた床が指し示すものなど一つしかなかった。


―――脱出口だ。





「みんな!走れ!!」



瞬時に我に返ったウィルの言葉に、弾かれるように次々とクロエ達も光の指し示したことに気付き、慌てて立ち上がり脱出口へ駆け出した。
あの光は、そこから逃げなさい、とシャーリィを先に通したことにより、そう示したのだ。
ジェイが用意した星印のついた扉まで戻る暇のないウィル達にとっては思いも寄らぬ好機だが、問題が、一つある。



「クーリッジ!」
「セの字!」



真っ直ぐ脱出口へ目指しそこが閉まらぬことをノーマが確認したと同時に、未だ空洞だけ残ったその場所に横たわるセネルに対し、クロエとモーゼスは必死になって駆け出そうとした。
それは勿論、一番最後までその場に留まっていたウィルとて、例外などではない。
後先考えず駆け寄ろうとしたクロエとモーゼスを片手で止め、危険を承知でウィル自身がまず駆け寄ろうとしたのだ、が。



「こいつを連れては行かせれんなあ」



横たわるセネルの体を思い切り足で踏みつけて身動ぐことさえも阻止したヴァーツラフに、ウィルはそれ以上近付くことが出来なかった。
ぐずぐずしているとここにはヴァーツラフだけでなくカッシェルとメラニィも居る。
脱出の機会さえも失うことは目に見えていた。
だからと言って、ここでセネルを置いていくことなど出来るものか!



「……ウィ、ル…」



忌々しげにヴァーツラフを睨み付けていた、その時だった。
嫌に掠れた声。
てっきり、意識を失っているとばかり思っていたセネルに弾かれるように見れば、目が合うのは、その強い意志が宿った、確かな蒼の、



―――行け、



声にもならず、唇の動きだけだったけれど、それでも確かにウィルにはその言葉が伝わった。
目を見張って、紡ぎ損なった言葉を反復して、思わず唇を噛み締める。

―――行け、と。

確かにセネルは、そう言った。
気のせいであったならどれだけ良かったことか。
無力さを突き付けること。
仲間を見捨てると言うこと。
それを知った上で、セネルは言ったんだ。



行け、と。
たった、それだけを。




「―――っ!クロエ、モーゼス!急げ!!」
「レイナード?!だがクーリッジが!」
「どういうことじゃ!ウィの字!!」
「良いから早く行け!無駄にするつもりか!!」



もうほとんど怒鳴り付けているような叫びになりながらも、ウィルは無理矢理クロエとモーゼスを脱出口まで押しやるべく、セネルに対して背を向けた。
そして真っ直ぐに、脱出口へと駆け出す。
不安げに揺れるノーマの瞳に気付きながらも、クロエとモーゼスを先に順々に脱出口へ押し込み、痛いぐらい拳を握りしめながら、それでも振り返ることは出来なかった。

この時点で、セネルを取り返すのはもう無理だ。
ステラに至っては、何も届く筈もない。



自分達は彼らを、置いて行くしか出来ないのだ。




(たとえそれが、一体何を意味するのかを、知っていようとも。)






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