「3年振りの感動の再会だ。貴様は今どんな気持ちだ?セネル・クーリッジ」



何の前触れもなく、不意に響いたその男の声に、目を見開き弾かれるように振り向いた。
紅い鎧。
忘れもしない、忌々しい男の姿―――あの優しい時間を壊した、自分から全てを奪った、最低な男!



「ヴァーツラフ!!」



叫ぶと同時に、セネルは仲間の制止を振り切ってヴァーツラフに殴り掛かるべく、駆け出していた。
無理にでもステラが囚われている球体を割ろうと拳を奪ったからその手は痛いだけだろうに、誰の言葉も届かないから、無理矢理酷使する。
無謀でしかないその行動に、嘲るようにヴァーツラフは口の端を上げ、特に何を構えることもなく挑み掛かって来たセネルを見下した。
まさか一人でここへ来たわけではないと、わかるだろうに。

ヴァーツラフは手を下さない。
下さずとも相手ならば側に控えており、力量差など明白だから、挑み掛かって来たセネルの体など次の瞬間には、簡単に吹き飛ばされていた。



「…、ぁ…っ!」
「クーリッジ!!」



球体に叩き付けられ、力無く床に転がったセネルに、クロエが名を叫び近寄ろうとしたけれど、遅かった。
駆け寄ろうとしたその前に、突如短刀を突き付けられどうにか剣で受け止める。
慌てて距離を取れば、自分だけでなくウィル達をも近寄らせないよう食い止める敵の姿が見え、思わず唇を噛み締めた。
考えが足りなかった、と言うレベルの話ではないだろう。
トリプルカイツのカッシェルとメラニィが出て来ると考えていなかったのは、迂闊では済まないことだった。



「死にたくなかったら大人しくしてな。今はまだ、その時じゃあない」
「それとも無謀にもあたしらと殺り合うつもりかい?閣下の前でゴミの処理をするのは、見苦しくて気が進まないんだけどねぇ」



嘲るような笑みを浮かべて言うメラニィとカッシェルの姿を前に、ウィル達は安易な行動を取ることは出来なかった。
武器は構えてはいるものの、敵わないと言うことは誰もがわかっていることでもある。
だがわかってはいるけれど、だからと言って引き下がれるかと言えばそうじゃなかった(力が足りないことが、ああ、こんなにも苦しいなんて!)。

睨み付けるその視線さえも、滑稽だとばかりに嘲ってヴァーツラフはゆるり、球体に叩き付けられたセネルへ歩み寄る。
そうしてうつ伏せに転がっていたセネルの体を、足先で乱暴に蹴り上げ、無理矢理向きを変えさせた。
意識を失っていればまだマシだったろうに、こんな目に合おうと睨み付ける瞳は揺らがないのだから、大したものだ。



「ヴァーツラフ…!貴様、ステラに、ステラに何をした!」
「遺跡船の動力として使っているだけだが?3年前、貴様にメルネス捕獲の邪魔をされたのは誤算だったがな…おかげで良い代用品が手に入った。礼を言おう」
「…っ、ふざけるな!!」
「ふん、威勢だけは相変わらずいいな…だが、目障りだ」



冷たく言い放った瞬間、一切の躊躇いなくヴァーツラフはセネルの頬を蹴り上げた。
顎にでも響いただろうか。
どこを切ったか知らないが、口元を押さえるセネルの手の隙間からは血が溢れ落ち、それでも睨み付けるその瞳に、ヴァーツラフは目を細める。
胸ぐらを掴み上げ、足が地に着かぬ位置まで持ち上げた時には流石にクロエ達も黙ってはおれず、無謀を覚悟で挑み掛かったが、案の定カッシェルとメラニィを前に成す術もなかった。
モーゼスの槍は折れ、クロエの剣はヴァーツラフの足元にまで蹴飛ばされる。
最早、絶望的だった。
カタカタと体を震わせてしゃがみ込むノーマだけがしっかりとはっきりとした意識を持っており、恐怖に震えるばかりだったのだ、が。



「お兄ちゃん!!」



耳に飛び込んで来た悲鳴染みたその声に、首を絞められているに等しいセネルはハッと目を見開いた。
呻き声を上げてしまいながらもどうにか視線だけを動かせばその先には、愛しい、あの―――



「お願いです!もうやめて下さい!お兄ちゃんを、ウィルさん達を、傷付けないで!!」



泣き出しそうな顔をして叫んだのは、シャーリィだった。
拘束もされておらず、怪我をした様子もないその姿に安堵するにはしかし状況が悪く、声が、届かない。



「では、もう一度聞こうメルネスの娘よ。封印を解く気にはなったか?」
「それは…っ、私は本当に何も力なんて持っていないんです!封印なんて解けません!」
「そんな答えは要らん。貴様はこの男を助けたいのではなかったのか?」
「……っ!」
「セネルを助けたければ封印を解いてみよ、メルネスの娘!さあどうする!解くのか、解かないのか…っ?!」



嘲笑いながらが言うヴァーツラフがシャーリィに気を取られているその時に、セネルは喉元を掴むその腕に向かって、渾身の力を込めて殴り付けた。
思いも寄らぬ、不意打ちだったからこそ一瞬だけヴァーツラフは顔を歪めたが、体のいい道具にされることとしては腹立たしかったらしく、次の瞬間には一切の手加減無しに首を締め上げられていた。



「貴様…どうやら状況をわかっていないようだな!」
「……っ、ぁ…」
「やめて!!お願いします解きます!私、封印を解きますから!お願いです!お兄ちゃんを殺さないで!!」



セネルの首を締め上げるヴァーツラフを止めようと、必死に縋り付いてまで訴えたシャーリィの言葉に、ようやくセネルは解放された。
無造作にどさり、球体に寄り掛かるように転がされたセネルは何とか意識を保っているようだが、霞む視界と動かせない体ではシャーリィを止める術もなく、言葉すらも放てない。
抵抗する術も無く地べたに這いつくばるウィル達の目の前で、シャーリィはステラの居る球体の中へ入って行った。
カッシェル達の目が背けられた瞬間、ノーマが一人、ウィル達を回復させるべくブレスを唱えたことにより、セネルを除く四人はその様子を目の当たりにするのだが、虫けら同然と扱われた今、何の術も持てていない。



「さあ、力を見せてみろ!メルネスの娘よ!」



弁を開き、水を満たした球体の中でシャーリィとステラの髪が目映い光を放っていた。
待ち望んだ反応に、ヴァーツラフが愉快そうに笑う。
しかしそれも束の間、どれだけ強い光を放とうとそれ以上変化を見せない球体に、ヴァーツラフの眉間に皺が寄った。
光を放つばかりで、封印の解ける気配が、まるで無い。



「どうしたメルネスの娘!早く封印を解くがいい!貴様の力なら、それが可能な筈だ!」



言い切るヴァーツラフの言葉を耳に、目映い光を放つ球体を背に、朦朧とした意識の中、セネルはぴくりと指先を動かした。
口の端を伝う血を拭う気にもなれず、ゆっくり、体をどうにか動かして、光を放つ球体と向き合う。
ふらつく足を無理矢理動かして、光へ、手を伸ばした。

橙色の、彼女の、光へと。




「…ステ、ラ……シャー…リィ…ッ」




霞む視界の中。
名を呼んで、求めるように触れた、その瞬間。



白銀の光が、ただ―――





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