淡い金の髪をした、彼女の後ろ姿をそこに見た気がした。
手を伸ばせば、届くのだろう。
名を呼べば、振り向いてくれるのだろう。



(―――ステラ、)



心の中で呟いた言葉を、けれど口にすることはしなかった。
呼んで、振り向いて、そうして触れて。
結果は目に見えていた。
この手は、彼女に触れられない。


こんな手では、君に、ゆるされない。










少し眠るだけのつもりがうっかり思っていたよりも随分寝入っていたらしく、目が覚めた時には何でかずたぼろになったモーゼスの姿と(理由は誰に聞いても教えてもらえなかった)(何があったんだろ?)、一体いつの間に誰が置いていったのか、あんぱんのレシピなんかが置いてあったから思わずきょとんと目を丸くしてしまった。
手に入った雄々しきものの角、グランゲートの角でポッポが潜水艦の強化している間に、ノーマとクロエが早速あんぱんを作っていたが、涙で濡らしたような跡が所々に残っていたもののレシピは正しかったらしく、疑問に思いはしたが有り難く使わせてもらうらしい。
それなりに時間を潰していれば、頑張って改造をしてくれていたポッポが完成したと呼びに来てくれたので礼を言い、雪花の遺跡へ向かうべく早々に乗り込んだのは良かったのだ、が。




「…………セネセネ、なーんかこれ、水漏れてない?」




ポッポ3世号改の乗り心地は、言っちゃ悪いが、最悪でした。




「漏れてるな。大体足首ら辺か?今のところ」
「ははは、だよねー。全くポッちんも慌てんぼさんなんだから、ちょーっと失敗しちゃったのかなー?」
「ちょっとじゃなくて大分だろうな。ぶつけてはいない筈だが、あちこちから水漏れしてる」
「ははははは、つまり?」
「水没し掛かってる」



潜水艦を操縦しながら、さらりと言い放ったセネルの言葉に、「なにとんでもないことをさらりと言ってんじゃー!」とノーマが反射的に叫び返したが、まあ今更なことだった。
ポッポがわざわざ改造してくれたポッポ3世号改。
お前これ改造してようやく成功率一割なんじゃねぇだろうなおい!とあの愛くるしいラッコの胸ぐら掴み上げて叩きのめしてやりたいぐらい、何やら潜水艦はギシギシと素敵な音を立てて現在、足首の少し上まで水が迫って来ている。
「こんなところで死にたくなんかないー!!」と喚き散らしているノーマの隣で、潔いと言えば良いのか、ウィルは静かに手を合わせ「すまない、アメリア…ハリエット、幸せになってくれ」と目さえも瞑って本格的に祈っていた。……現状を踏まえた上の行動だと言うのなら、とんでもなく不吉で嫌な呟きである。



「ちょっとセネセネ!セネセネ様!何とかしてよー!!マリントルーパー!」
「おい、しがみつくな!もう少しで辿り着くんだから、ギリギリ大丈夫だろ」
「ギリギリって言葉が嫌だ…嫌すぎる…!こんなことならやっぱり最初からモーすけに潜水艦を後ろから押してもらうべきだったのね…!」
「おぃいい!!やっぱりってどういうことじゃシャボン娘!」
「そういうことじゃ半裸変質者!」
「変質者言うな!」



ぎゃあぎゃあと賑やかどころか単に騒がしくなって来た潜水艦内の現状に、セネルは溜め息を吐きたくて仕方なかったのだが、そろそろ膝裏にまでは平気で達しそうな水の勢いに、この反応もまあ当然かと止めようとはしなかった。



「(大丈夫、怖くない、落ち着け)(大丈夫、怖くない、落ち着け)(大丈夫、怖くない、落ち着け)(大丈夫…)」



現在、水深膝上辺り。
全く会話に交ざらない人物の方から聞こえる、必死過ぎてもう呪詛にでも等しい言葉の羅列に、止めとけば良いのに、それでも突っ込む勇者が居るわけで。



「…ん?なんか変な呪文聞こえんか?」
「(大丈夫、怖くない、落ち着け)(大丈夫、怖くない、落ち着け)(大丈夫…!)」
「…………モーすけ、死因が水死以外になりたくなかったら、聞こえないでいた方がいい声もあるんだよ」
「は?そりゃどういうこと、」



言い掛けて、そこで殺意を向けられて初めてモーゼスも気付いたらしく、サッと顔から血の気が引き途端に黙り込んでしまった。
いま、自分の後ろには般若の仮面を着けたお方がきっと居る。
だらだらと流れる汗と予感どころか確かな現実に、モーゼスはもう泣きたくなって仕方なかった(本当に怖いです、クロエさん)。



「ま、まあ大丈夫だって!まだ腰まで浸かったとかなわけじゃないし!もう少しで着くんだよねー?セネセネ!」



必死になって明るく聞いたその言葉に、肯定以外の答えをノーマは必要としてはいなかった。
ああ、もう少しで着く筈だ。とその言葉だけ下さいと。
内心もう土下座する勢いで縋るように答えを待ったのだ、が。



「その筈だが…まずいな。舵が利かなくなってきた」



ここに来てまさかの、更なる爆弾発言投下。
その直後、本当に沈没するとは、夢にも思っていませんでした。






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