ふわ、と内臓が浮き上がるかのような浮遊感に、文句どころか叫び声すら、上がらなかった。
遅れて感じる嫌な重力の負担に、沸々と沸き上がったのは、得体の知れない制御盤を一切の躊躇いもなく蹴った一人の少女に対する、怒り。
こればっかりはもう庇い切れないと、セネルは怒りが心頭し過ぎてハンマーを構えることすら忘れて拳を振り上げるウィルに対し、何も言わなかった。

ゴンッ、と酷い音が聞こえたとて、仕方ないだろうに。





「―――っ!!ちょっとなにすんのさウィルっち!これ以上馬鹿になったらどーしてくれんのよ!」
「得体の知れん装置を蹴った時点でこれ以上ない程お前は馬鹿だろうが!むやみやたらにいじるなと何度言ったらわかるのだ!!」
「ま、まあ無事に下に降りれたことだし、別にいいじゃん!」
「いいわけあるか!!一歩間違えれば誰かが振り落とされていたのかもしれんのだぞ!少しは反省しろ!馬鹿もんが!!」



言うなり、そうして再び響いたゴンッ!と鈍いその音に、最早誰も庇う真似もせず、クロエに至っては静かにただ黙って怒りを溜めているようだった(額に青筋が浮かんでるのは、多分気のせいじゃない)(武器を掴む手ぐらいは離してやってくれ、可哀想だから)。
急に体験するには苛立ちしか募らないノーマの暴挙に、しかし幸いなのは当初の目的通り、下へ辿り着く為の道が拓けたことぐらいだろうか。
浮遊感に酔ったのか若干…いや、相当顔色の悪いモーゼスをセネルは放置しつつ、辺りを見回せば下へ下へと続く道がそこには続いていた。
となるとノーマが蹴ったあの装置は昇降機だったのだろう。
一体どんな理屈で動いているのかセネルはさっぱりわからないが、とにもかくにも先へ進むかと視線をウィルに戻してみて、そして固まってしまった。
一発二発叩いた程度では、怒りが治まらなかったのだろう。
未だにノーマに対し説教を続けているその背に、最悪巻き添えを喰らうかもしれないと思うからこそ、セネルは何と声を掛けて良いのかわからなかった。



「そこまでにしてやってくれ、レイナード。ノーマに対して怒る気持ちも、言ってやりたいことが山程あるのも痛いぐらいよくわかるが、今はそんな場合ではないだろう。先を急ごう」
「まあ…確かにそうだな。続きはシャーリィを助け出してからにでもしよう」
「ああ、その時は私も加勢するぞ」
「それは心強いな」
「ちょっとー!笑顔でなに怖いこと言ってんのさクー!ウィルっちも賛同しないでよ!しないで下さい!」
「「ノーマのせいだろう」」
「…………すみませんでした」



ここまで来たらもう謝ることしか出来ないノーマと、相当に怒っているクロエとウィルの姿を横目に、セネルはもう呆れて溜め息を吐くしかなかったのだが、隣で撃沈しているモーゼスに何だかもう苦々しく顔をしかめるしか出来なかった。
さっさと復活してくれないかな、と面倒臭くて仕方ないとそんな態度を露にしてもみるのだが、あの浮遊感はモーゼスには相当堪えたようで、暫く立ち直れる兆しが見えないらしい(まあ、一番風の煽りを受ける場所に居たから、仕方のないことかもしれないが)。
あの高さから落ちていたら人生を何回振り返れるんだろうな、と半ば現実逃避していれば、先へ進むことがようやく通ったのか気を取り直してウィルが声を掛けて来た。
それにセネルは頷いて、ギートの背に乗せてもらいながらも下へ下へと進んで行く。
途中何回か昇降機を使うことになり、その度に若干モーゼスの顔色が悪くなったりもしたのだが(一回目以降はすぐに立ち直る辺り、単純だとも言えるのだが)(……単なる馬鹿だとウィルが言ったのは、聞こえなかったことにしよう)現れる魔物を順調に倒しつつ、辿り着いたそこはどうやら地底湖のようだった。
更に先へ進めば、工房のような建物とモフモフ族の姿。
おや?と首を傾げつつも案内されるままに中へ踏み入れれば、そうして見えた光景に思わず顔を引き攣らせてしまった。
もしかしなく、とも。




「皆さん!お待ちしてたキュ!」




明るく言ったポッポの側に、見えた潜水艦には、何だか嫌な予感しか、しなかった。





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