鼻を掠める臭いに顔をしかめていた。
ここには、それしかない。
それだけしか、ない。




「こっちだ」



淡々と放って前を進む男の背を、シャーリィは抵抗こそはしないものの、睨み付けながらその後を歩かされていた。
雪花の遺跡と呼ばれる地の、奥深く。
何の目的があるのか知らないが、煌髪人が必要だと、道具としてしか見ていないそんな態度を示された以上、碌なことにはならないとはシャーリィだってわかっていた。
自ら囮となって捕まったのだから、その覚悟は、出来ている。



「読め」



ある一室に連れて来られたと思えば、有無を言わさぬ声色で目の前の男、紅い鎧を纏った―――ヴァーツラフにそう言われ、シャーリィは視線を壁画へと移した。
煌髪人を道具としてしか見ていない、幾人もの同胞を惨たらしく殺したこの男に思うところは多々あれど、戦う術がないシャーリィは一矢報いることすら、出来やしない。
それにあの時、秘密の地下道を抜けた先で見た…ヴァーツラフに対するセネルの反応に、シャーリィは無闇に歯向かってはいけない、とそう感じていた。
とは言え、そう馬鹿みたいに素直に言うことを聞くつもりも、ないのだが(ああ、皮肉なことに、私はメルネスだった)(死んで困るのは、きっと)。



「貴様なら読める筈だ。さあ、読め」
「……」
「どうした?早く読んでみろ」
「―――嫌です。私は読みません」



はっきりとそう言ってやれば、すぐに側に控えていたヴァーツラフの兵に睨み付けられたが、シャーリィは怯むことも臆することもなかった。
本音を言ったら、怖くて仕方ないのだけれど、それは表に出さない。示さない。
壁画に書かれた文字は確かにシャーリィは、煌髪人である自分には読めるものだったけれど、そう簡単に口を割る気はなかったのだ。
要求を突っ張ねて、ヴァーツラフをただ見据える。
道具の分際でとか、手間を掛けさせるなとか、そんな言葉が返って来るかと思っていたのだが、しかし不意にヴァーツラフが低く笑ったから、シャーリィはただ困惑して思わず一歩、後退さってしまった。



「威勢のいい小娘だな。どうやら先に、感動のご対面とやらを叶えてやった方が良さそうだ」
「……どういうことですか?」
「見たらわかる。来い」



言って、部屋を出るべく足を進めたヴァーツラフに、訝しげに眉を顰めながらも、シャーリィは大人しく後を着いて歩いた。
何がしたいのか、何をするつもりなのかわからないまま足を進めれば、拓けた空間の中央になにか大きな球体が位置する場所へ連れられて、思わず一度足を止めてしまう。
遠目で見たところではその球体に水が入っていることぐらいしかわからなかったのだが、無理矢理背を押され、目の前にまで連れ来られて、ようやく気が付いた。

カタカタと、体が、震える。
咄嗟に口元を押さえていなければ、形振り構わず叫んでしまうところだった。



「……うそ、」



呟けたのは、たったそれだけの言葉だった。
意味を持たない、その言葉。
本当はわかっていた。
うそ、なんて放ったところで、目の前の事実は何も変わらないことに。
むしろ、変わらないからこそ、それしか呟けなかった。



「……嘘っ!!」



たゆたうは、金の色と誰よりも優しい、あの―――

















「うっわぁー…すごーい!見て見てみんな!下とかぜんっぜん見えないよー!」



ジェイに指定された巨大風穴と呼ばれる地に、ようやく辿り着いたかと思えば、一人はしゃぐようにノーマがそう言った。
無闇にあちこち動き回るなと口酸っぱく言っている筈なのに、ちっとも聞きやしないノーマに呆れつつ、ウィルは溜め息を吐きクロエは苦く笑うことしか出来ない。
同レベルでノーマと似通った反応を示すモーゼスの姿もあり、セネルはうんざりと言った様子で頭を抱えていた(さりげなく二人の側から離れているのは、この賢いガルフのおかげと言うことだろうか)。



「ノーマ、あんまり下を見すぎて落ちたりしても知らないからな」
「もー、クーったらそんな不吉なこと言わないでよー!洒落になんないって」
「こんの高さから落ちたら…まあ、助からんじゃろうな」
「モーすけも黙る!楽しまなくっちゃ損でしょ!」



いや、別に景色楽しむ為にここに来たわけじゃないからな、とごもっともなツッコミがまさか届く筈もなく。
楽しそうに辺りを見回すノーマの姿に、ウィルとセネルはもう何度目かの溜め息を吐いた。
とりあえず好き勝手してればいいよ、もう。と半ば投げ遣りに近い心境で成り行きを見守っていたのだが、不意にノーマが「みんな!これこれ!」と何かを見つけたらしく呼んだから、セネルとウィルは一度顔を見合わせたあと、ノーマ達の元へ足を進めた。
本当はここの地下へ行かなくてはならないから道を探したかったのだが、特に他に何かあったわけでもないから、仕方あるまい。



「なんだ?これは…何かの装置にも思えるが」
「自然に出来たやつじゃないのは、確かなようじゃのぉ…」



クロエとモーゼスが口々に感想を言うが、特に明確な答えは見つからず、ノーマが発見した台座を前に各々不思議そうに首を傾げた。
この手の物にはさっぱりだな、とそんな感想しか抱けない人間ばかりなのだが、ここはこの面子唯一の学者に、賭けるしかない。



「ウィルは何かわかるか?」
「……おそらく何かの制御盤のようだが…どうやら起動していないようだ」



一通りざっと見た後、冷静にそう分析した結果が、まさか続くノーマの発想に繋がるとは、誰も夢にも思っていませんでした。



「はいはーい!そういうことは、あたしにまっかせなさーい!とりゃ!」



妙な掛け声と共に響いたガンッ!と鈍いその音に、「お前仮にもトレジャーハンターなのにそれで良いのかよ?」と誰もがそう思いはしたが、何の前触れもなく急降下した地面に、惜しくも言葉にはなりやしなかった。





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