フェニモールを連れて空高く飛び立って行ったワルターの背を見送った後、一行はジェイに指定された『雪花の遺跡』へやって来たのだが、とてもじゃないが潜入など出来そうにないヴァーツラフ軍の警備と、今、目の前で笑みを浮かべている少年の雰囲気との温度差に何だか本気で泣きたくなっていた。
ニコッと笑っている筈なのに、どこまでも絶対零度なその雰囲気は表情一つ、強張らせることを許してくれない。

皆まで言わずともわかった。
それはそれは大層、ジェイは怒っている。



若干八つ当たりも兼ねているかもしれないが、何でか成り行きで共に行動することになったモーゼスに対し、「貴方のせいで全部台無しですよどうしてくれるんですかバカ山賊(丁寧な訳)」と口に出さずともそう訴えてくる何かがある。と言うか「ぶっちゃけ事の発端は全部てめぇにあんだよ猿が!少しは頭使えるようになってから山下りて来いボケ!(直訳)」と如実に訴えてくる視線があった。
それに気付いたクロエは思わず帰りたくなり、ノーマは宿屋のベッドで泣き寝入りしたくなった。
バカなモーゼスは勿論、気付いていないのはセネルぐらいだろうか。
(セネセネってば天然なのかなぁー?)
(いや、私に聞かれても困る。)





「いやぁ、皆さん。元気そうで何よりです。どっかのおバカさん加入のせいで、ここまで辿り着けるかちょっと心配していたんですよ」
「あ?それはどういうことじゃちっこいの!」



ニコッと笑って告げたジェイの言葉に、一体どういう心の鍛え方をすればそう言えるのか、無謀にもモーゼスが食って掛かったから、クロエとノーマは揃って足元から崩れ落ちるように倒れてしまうところだった。

く う き 読めやー!

と、何だかよくわからないテンションで叫び出したくて仕方ないのだが、身を潜めているとは言え、ここは雪花の遺跡。
あんまり騒がしくしては確実にヴァーツラフ軍にバレるから言えないのだが、もう頭が痛くてどうしたらいいのかわからない。このパーティで唯一頭の良いウィルに縋るように視線を向けたが、彼もまた傍観に徹していたから言葉は届きそうになかった(無言のままモーゼスの後頭部を見てる)(逃げてモーすけ!ハンマーがあんたを狙ってるよ!)。
またライトニングでも唱えそうになったら、止めよう。
そう決意してクロエもノーマも傍観するに限ると無表情無関心を決め込もうとしたのだが、しかしどす黒いオーラを纏っていたジェイが次にした行動は、普通にニコッと笑って、セネルに話し掛けたことだったから、思わず二人してきょとんと目を丸くしてしまった。



「はじめまして、セネルさん。僕が『不可視のジェイ』です。毛細水道での件はあそこでバカが絡んでくる危険性を考えていなかった僕に非があります。シャーリィさんをヴァーツラフ軍に奪われることになり、申し訳ありません」
「そんな、気にしないでくれ、ジェイ。非常識の固まり相手なら、誰だって予測つかないさ」
「そう言ってもらえると助かります、セネルさん」
「待てやぁああ!!ワレら人をなんじゃと思っちょる!」
「山賊A」
「意味わからんぞセの字!!」
「体のいいパシりですね。貴方をここに連れて来てもらったのは、貴方の連れてるグランドガルフに用があっただけなので。ああ、でも僕が頼む前にセネルさんを乗せたのはいい判断ですよ。用事はそれだけです」
「ワレはギートをなんじゃと思っちょるんじゃ!!」
「いやですね、グランドガルフだと思ってるに決まっているじゃないですか」
「そういう意味じゃないわ!!」



うがー!と何だかよくわからない喚き声すら上げたモーゼスに、ウィルの鉄拳制裁が下されるのを満足そうに眺めた後、ジェイはなるべく負担の掛からないようにセネルの手を取り、あちこちの傷の具合を確かた。
毛細水道の中で何が起こったのか自分の目で見ていないからこそ、ジェイは詳しくはわからないが、ヴァーツラフ軍の護送車に乗せられていた時よりは、格段とセネルの傷口は癒えているように見える。
回復は間に合ったのかと思う反面、ここまで回復させられる術を誰か持っていたのだろうか?とジェイは疑問に思ったが、ストレスの要因(確実に胃に穴が空きそうだ)(ウィルさんの)やら何やらが頭に過って、そこは追求しなかった。
治っていないより治っている方が絶対良いだろう。
痛々しい痕は、どうしたって残って、いるけど。




「これからの作戦、そして情報の受け渡しに関して、皆さんにお聞きしたいことがありますけど、よろしいですか?」



セネルの傷の具合を見ていたジェイが、視線はそのままで、不意に声だけでそう聞いた。
その言葉にクロエとノーマは顔を合わせてお互いに首を傾げているが、とりあえずウィルの「なんだ?」と返した言葉に、再び視線をジェイへと戻す。



「なに、簡単なことですよ。本当だったら僕の持つ情報はこんなにもポンポン出すものではありませんので。あなた達にもそれ相応のものを、かけてもらいたいと思うんです」
「かけ…?」
「ええ、かけです。あ、ちなみにセネルさんは除外です。分かりきっていることをわざわざ聞きたいとは僕も思いませんので。対象はウィルさん、クロエさん、ノーマさん。そしてついでのついでに百万歩譲って、バカ山賊にもとしましょうか」
「…ワレはいちいちワイに突っ掛からんと気が済まんのか」
「そんなわけないでしょう。貴方が自意識過剰なだけです」



ニコッと笑ったまま言うジェイに、流石にこれ以上喚いたらウィルの手によって鉄拳制裁(と言うか次こそは絶対にハンマー)を喰らうことを学習したのか、どうにかモーゼスもここはグッと我慢して堪えた。
偉いぞモーすけ!でもちょっと遅かったんじゃないかな!と若干顔色を悪くしたノーマが思ったが、残念ながら気付いてもらえそうにはない。
話を途中で打った斬るのは失礼だからと、黙ったままのクロエの手は完全に剣の柄を握っていた。
気付いてしまったノーマは、頭を抱えるしかない。
自分みたいなタイプよりも、クロエやウィルのようなタイプの方が、いざと言う時には面倒なのだと、ノーマは密かに学習していたのだ。貧乏くじ。



「それで、一体何をかけると言うんだ?」



状況打破すべき救世主の、ウィルの言葉に、ノーマは心の中でガッツポーズしてしまった。
が、偶々見てしまった怪訝そうに顔をしかめるセネルを前に、とりあえず黙っておくことにする。
敵の敵は味方精神から一緒になってモーゼスを苛めていたが、元々警戒心の強いセネルだから、初対面の人間相手にこんなことを言われては、不審に思えて仕方ないのだろう。
一体何を言うつもりだ?と目で訴えるセネルに、しかしジェイは見透かしたように笑って、何の躊躇いもなく、言った。






「皆さんの、命をかけてもらえませんか?」






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