爪術士が居ると聞いた。
遺跡船で、マリントルーパーとして働いていると。
歳は十代後半ぐらい。
褐色の肌をした、銀髪の、少年だと。
遺跡船に調査をしに行っていた同胞がそう言った。
それを、彼女も聞いてしまったのだ。




「それだけ、で?」
「ああ、それだけだ」



動揺が隠せないのか、僅かに震える声で言うセネルに、ワルターは淡々とそう返した。
先を歩くクロエやウィル達は知らないが、共にギートの背に乗っているフェニモールは、辛そうに顔をしかめている。
セネルの表情は、あえてワルターは視界に入れなかった。
情けない顔をしていたら込み上げて来るのは怒りしかないだろうし、わざわざ自分から癇に障るものを見ようとは思えない。



「確固とした話じゃないとは言った。噂程度でしかないとも。だがシャーリィはそれでも行くと言い張った。もしかしたら、本当にお兄ちゃんかもしれないと。たかだか噂だろうと、それに縋ってしまうぐらい、シャーリィはずっと悔やんでいた。追い詰められていた。貴様が思っているよりも、3年の月日はずっと、重かったんじゃないのか」



顔も合わせず、淡々と話すからどこか本当に他人事のようにしか聞こえない(事実他人事なのだが)ワルターの言葉に、セネルは一度だけ目を瞑って、それから静かに息を吐いた。

生きてるか死んでいるか。

それすらも分かり得なかった3年は、セネルからすればマウリッツに確かに託したからとシャーリィに対してそこまで不安ではなかったが、シャーリィからすれば目の前に突き付けられた死に置いて来てしまったと、気に病んで不安で不安で仕方なかったのだろう。
だから、噂にすら縋った。
甘えん坊だった彼女だ。
無茶をしても、無謀だと言われても、それでも、会いたかったんだろう。

3年の月日では、彼女の想いを、色褪せてはくれなかったのだ。




「……正直に言うとな、ワルター。3年経ったから…3年水の民の里に居たから、シャーリィはもう俺のことを、陸の民である俺のことを、お兄ちゃんなんて呼んでくれないと思ってた」
「……」



それは当人に聞かれたら本気で悲しまれて怒られるぞ、とワルターはつい思ったが、口には出さず溜め息を吐くまでに止めておいた。
おそらく同じようなことをフェニモールも思ったのだろう。
眉間に皺を寄せて少しだけ不満そうに口を尖らせているその姿に、幸か不幸かセネルは気付けていない(肝心なところで鈍い男め)。



「馬鹿なこと考えてたんだな、俺」



自嘲するようにセネルが言った。何か言いたそうにしていたフェニモールも、そんな呟きを耳にしたら、何も言えないようだった。



「本当に、大馬鹿だ…」



呟くように言う小さなその言葉に、ワルターの限界はもうすぐそけにまで差し迫っていた。
落ち込むにせよ何にせよ勝手にしろと思うが、どうにも複雑に絡む思考回路も感情も、上手くいってくれない。
セネルが自ら囮となって消えてからの3年、シャーリィの側に居るだけだったのはワルターだ。単なる護衛として。
常に近い程、側に居た。
居ただけだった。

だからこそ、彼女が何をずっと見ていたかを、知ってしまっている。
その瞳に、映っていたものを。




「馬鹿だなんだのそんな風に言っている暇があるなら、貴様はさっさと動けるようになってシャーリィに謝れ」
「……」
「これは返す。俺が持っていても意味などない」
「…ぇ?」



言えば、戸惑いながらも顔を上げたセネルに、ワルターは碌に視線も合わせずに手を突き付けた。
呆然としたまま反応を返せないでいるセネルに、そのまま睨み付けて「さっさと手を出せ」と無言のまま訴える。
ほんの少し妙な沈黙が流れたけれど、何とか手を出したセネルに、ワルターはその手に持っていた小さな貝殻を渡した。

シャーリィと、対になっている、それ。



嬉しそうに笑んだ彼女の姿が、浮かんで消えた。
誰が持つことに意味があるのか、わからない筈がないだろう。



「ワルターが、持っていてくれたのか?」
「…不本意ながらな」
「そっか。悪いな。ありがとう、ワルター」



さらっと言ってしまえるセネルに、ワルターは沸々といろいろと言ってやりたい言葉が多々と込み上げていたが、そこはどうにか呑み込み押し流し、耐えた。フェニモールが少し戸惑っているようだが、その反応を見るに彼女もまた、似たような経験をしたのだろう。
フェニモールは純粋に困惑しただけのようだが、ワルターはそうは思えないのだ。
複雑な想いをぶつけはしないものの、何も知らない癖に、とどうしても苛立ってしまう。




「あ!ウィルっち、あそこ!」



一体どれだけの時間歩いていたことか。
それほど強い敵に出会すこともなく、道なりに進んで行ったその先に、仄かに射し込む光と共に見えた出口に、ノーマがまず反応を示しこう言った。
ようやく出れるのか、とクロエがホッと息を吐いた理由はワルターしか知らないが(どうやらまた水に流されないか相当不安だったらしい)、特に誰も気付かなかったようなので、良しとしよう。
考え無しに出口に向かって駆け出して行こうとしたノーマとモーゼスに、ウィルの怒鳴り声が響いたのだが、続く鉄拳制裁のその前に、ひょこっと姿を現した存在が居た。
助かった〜、と心底ノーマは安堵するが、後回しにされただけだな、とセネル達は気付いてる(あんまりにも可哀想なので、教えはしなかったが)。



「皆さん、お待ちしてたキュ!」
「ジェイから皆さんへの手紙、預かってるキュ〜!」



明るい声で言ったキュッポ達の言葉に、場の雰囲気が和らいでくれるかと期待したが、まあ無理だった。





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