感情のままに殴られた方が、きっと、ずっと楽だった。





「いい加減にしろ。そんな風に他人の同情を買うような真似をして満足なのか、貴様は」



躊躇いなく頬を叩いたワルターのその言葉に、セネルは睨み付けるどころか一度大きく目を見開き、そうしてすぐにグッと唇を噛んだ。
思わず目を背けてしまいそうになるけれどそれを堪え、視線だけは交えたままにするのは、強がり以外の何ものでもないだろう。
側でブレスを唱えてくれていたノーマが息を呑み、クロエとフェニモールがワルターに非難めいた言葉を放とうとしていたが、ウィルに止められているのがわかった。
何がしたいのか、わからない。
否、わからないのは別に、それに限った話では、ないのだけれど。



「……っ、お前に何がわかるんだ!」
「わからんさ。いや、貴様の様な愚かしい人間の気持ちなど、俺はわかりたいとも思わん」
「ならなんで…っ!」
「この状況で優先することもわからん馬鹿には付き合いきれん。お前がここで勝手に傷付いてシャーリィはどうなる。嘆いていれば助かるとでも思っているのなら、そこで一生そうして居ろ。―――俺は行く」



言うなり、さっさと立ち上がって背を向けたワルターに、セネルはその話の内容に何かぶつけることよりも先に、思わずきょとんと目を丸くしてしまった。
扉の外へその背は消えるが、立ち去ったわけではないと、何となくわかってしまうこの状況に、むしろ着いて行けない。
フェニモールも似たような感想のようで、思わず顔を合わせて首を傾げてしまえば、クロエとウィルが苦く笑った。
「ワルちんも素直じゃないね〜」とノーマが笑う。
つまり。
つまり?



「さっさと手当てしてもらって次に行くぞ、と言うことらしいな。クーリッジ、どうする?」
「…いや、それは曲解過ぎるだろ」
「そうかなー?あたしの耳にも、そんな感じに聞こえたんだけど。セネセネ次第で、一緒にリッちゃんを助けに行ってくれるってことでしょ?」



だってほら、外で待っててくれてるみたいだしー。
と、続けてそんなことを言われてしまえば、流石にセネルも反論する術を持っていなかった。
クロエとノーマ、果てはウィルまでもが「なら行くぞ、セネル」とまで声を掛けてくるのだから、もうどうしようもない。
ワルターが言うことは尤もなことであるし、実際に待っていてくれていると言う事実にセネルは拒絶する態度も何もかもを持っていなかったのだ。
だから、




「立てますか?お兄さん」



心配そうに声を掛けてくれたフェニモールに、セネルは頷いてまだ痛む体を酷使して無理にでも立ち上がろうとしたのだが、次の瞬間、目の前に完全にどこかで見たことがあるグランドガルフが躍り出たから、思わず「は?」と口に出してしまった。
ぽかん、と口を開いたままで呆然としていれば、まるで乗れと言わんばかりにグランドガルフは背を向ける。
こんな人に慣れた魔物を誰が連れていたかなどセネルは一人しか浮かばず、また、その一人が浮かんでしまったからこそ碌な反応も取れなかった。



「よう、セの字!なんじゃワレようけ怪我しちょるそうじゃのう」



カラカラッと笑って目の前にまで近付いて来たモーゼスに、傷口が開くことも一切厭わずセネルが顔面にストレートを決め込んだけれど、誰も何も言えなかった。
「気持ちはわかるが、落ち着けクーリッジ!」とクロエは思うもこればっかりは口に出したら不味いとわかっているので何も言えず、ウィルに至っては「よし、止めを刺すぞセネル」とブレスを唱えようとする辺り、大体根本的な部分はみんな似通った心境になっている。



平手で済ませれるような優しさは、誰も持っている筈がありませんでした。






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