最初から、わかっていたことだった。

長い間、ずっと。
今もまだ陸の民に虐げられ続けている水の民の身で、それでも陸の民の一人を、兄と呼ぶ、その意味を。



わかっていた、筈だ。
その行為に、憎しみしか持てられない同族が、何を思うかぐらい。



わかって、た。







「あたし、さ…陸の民に村を襲われてから、ここでワルターさんに助けられるまで、水の民と会ってなかったの。同い年の女の子にだって、ここに来てからはシャーリィが初めてだった」
「…うん」
「嬉しかった。本当に久しぶりだったから。妹とも離ればなれになっちゃったし、シャーリィと会えて、良かったと思った。…なのに、なのになんで、陸の民を、お兄ちゃんなんて呼ぶの?」



覚悟していた筈の言葉なのに、実際に口に出されてしまえば、シャーリィは返す言葉を持っていなかった。
フェニモールが言う。
水の民としての、彼女の、言葉。

もう何度目になるかシャーリィはセネルに縋ってしまいたくて、そんな弱さに気付いては俯いてばかりいるから、だから、知らなかった。
吐き捨てるように言う。

フェニモールの瞳が、何を映しているのか、なんて。



「あんた水の民なんでしょ?あたし達と同じなんでしょ?」
「……うん」
「ならなんで、陸の民を兄と呼べるのよ!ふざけないで!あたしの父さんも母さんも、村の皆も陸の民に殺されたのよ!あんたがお兄ちゃんなんて呼ぶ、陸の民に殺されたんだ!あんたそれでも水の民なの?!何もわかってないじゃない!あたし達水の民が、どれだけの仲間達が、陸の民に苦しめられてると思ってるのよ!!わかってたら陸の民をお兄ちゃんだなんて、絶対に呼べるわけがない!呼んでいい筈がない!!」



裏切り者!とでも続きそうな言葉に、シャーリィはもう黙って聞くことしか出来なかった。
わかっていた筈だ。
これは何もフェニモールだけの言葉じゃなく、水の民のほとんどの者の、気持ちであることぐらい。
何人も何十人もの仲間が殺された。
許される行為でないことを承知の上で、それでも陸の民を兄と呼び親しんだのだから、当然の結果だとシャーリィは否定も何もしなかったのだ、が。



「…って、ちょっと前のあたしだったら、そう言ったと思う」
「……ぇ?」



感情のままに言葉をぶつけて来た筈のフェニモールが、しかし次に紡いだのはそんな言葉だった。
思わず戸惑ってしまって、シャーリィは顔を上げてみて、そこでようやく気付く。
フェニモールは、顔を上げていなかった。

ずっと、俯いたまま。
顔を合わすことが、出来なかったんだ。



「ごめん…ごめんね、シャーリィ。あんたのお兄さん、あたしのせいで、あたしを庇ったせいで、こんな目に合ったんだ…」
「フェニモール…」
「謝って済むとは思わないけど、ほんとに、ごめん…」



まるで今にも泣き出しそうな、震える声でフェニモールがそう言った。
視界が、ぼやける。
悲しいわけではなく、かと言って嬉しいと言い切るにはセネルの状態からそんな風には思えれなかったけれど、辛いからと言う理由ではないのは、確かだった。



「ううん、謝らないで、フェニモール。私こそ、ごめんね。みんなの気持ちわかってて、そうしてたから…」
「シャーリィ…でも、それを言ったらあたしだってセネルさんのこと、」
「フェニモールは、お兄ちゃんが目を覚ましたらありがとうって言ってあげて?お兄ちゃん、すっごい頑張ったんだよね?だったら、言ってね。ありがとうって、お兄ちゃんに」



約束だよ、と。
そう言いながらも溢れて来た涙に、シャーリィは思わず俯いて顔を上げることが出来なかった。
セネルの性格などわかってる。
三年前、自分を助けてくれたあの時のように。
この遺跡船で、ヴァーツラフの手から助けてくれたあの時のように。
フェニモールのことだって、助けないなんて選択肢はきっと存在すらしてないと思った。
それはシャーリィが触れていい話ではないし、セネルの意思だとわかっている。
だけど、どうしても、こんなにも傷だらけの姿で横たわっているのは、不安で仕方なかったんだ。





「……ぅっ、」



どれだけの間ずっとそうしていたのだろう。
フェニモールと一緒に、ただ黙って横たわるその姿を見つめていることしか出来ずにいれば、不意に小さな声が漏れたからハッと我に返って顔を覗き込んだ。
覚醒が近いのか、少しだけ苦しそうに眉を寄せている。
その反応は同時に不安も呼ぶのだけれど、それでも目を覚ましてくれそうな分、シャーリィとフェニモールは逸る気持ちを押さえて見つめていたのだ、が。




「おい!見つかったか!?」
「確かこの辺りに逃げ込んだ筈だ!探し出せ!」




扉の外から、聞こえた声。
絶望を連れて、そこに居た。





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