燃え盛る炎を前に、湧いて出たのは怒りだけだった。



「ワイの家族の仇じゃ!覚悟せえ!!」



突如現れたかと思えば、こう叫ぶなりメラニィに挑んだモーゼスと山賊達に、崖下に潜んでいたクロエはどうしたものかと困惑していた。
思ってもいなかった第三者の介入によりおそらく戸惑っているのだろう、ジェイからの合図はまだ無く、ブレスが打ち込まれる気配はない。
ちらりと横目でワルターの様子を伺えば、かつてない程にまで不機嫌さを露にしているその姿があったから、クロエは気付かなかったことにしてとにかくセネルが居る護送車の様子を見ることにした。
幸いセネルが乗っているのは後方故に、前方でモーゼス達が騒げば騒ぐだけ警備は手薄になっていると言えば手薄になっているのだが、これを好機にと突っ込んで良いかは、容易に判断は出来そうにない。



「くっ、こんな時にシャンドル達が出て来るとは…!」
「…………大方ヴァーツラフ軍にあの住処を襲われたんだろう。家族の仇と言っていたが、いい迷惑だ」
「ワルター!そんな言い方は…っ」



タイミングは悪いと思ったが、何もそんな言い方はしなくても良いだろうと言い掛けたその時、突如辺りに煙幕が満ちたからクロエはとにかくセネルを助け出すのが先決だとワルターと共に駆け出した。
居場所の目処は立っているので、迷うことなく駆け寄り、容赦無く兵士を倒す。
然程強くもなく、そう大した手間を掛けずに周りに居た兵士を昏倒させ、さあセネルを連れ出すぞと護送車に乗り込もうとした瞬間、鋭い剣先が空を斬ったから、クロエは咄嗟に剣を交えることで勢いを殺そうとした。
が、



「……その剣…そうか、ヴァレンス家の一人娘、か」
「なっ?!」
「大きくなったものだ…一度助かった命、わざわざ捨てに来たのか」



淡々と放たれたその言葉に、クロエは自分の中から冷静さが消え去るのがわかった。
剣を握る手が、力を込め過ぎて真っ白になる。
どの面下げて、よりによってこの男がそれを言うかと思った。

雨の日の、あの記憶を。

植え付けた癖に。
全てを奪った癖に。

こんな男など、生きる価値もない癖に!!



「おい女!そいつになんか構ってなにを―――」
「私のことはいい…構うなワルター。先にクーリッジを助けてくれ」
「……?」
「ヴァレンス家の誇りに掛けて、私はこいつを殺す。早く行け!」



怒鳴るように叫べば、了承したのかワルターが護送車に乗り込むのが気配でわかったから、直ぐ様クロエは目の前の憎いとしか言えない存在に斬り掛かった。
冷静さはどこにもない。
そんな剣を奮うのは危険だとわかっているけれど、それでもどうして止まらない。
怒りに駆られた剣で腕を掠めれば、見えた刺青に余計に頭が真っ白になった。

こいつが、全ての元凶。

父様と母様を奪った、私から全てを奪った、愚かな卑しい、さっさと死ねばいい男。
挙句ヴァーツラフなどに加担する、最低な男!



「女!何をしてる!さっさと引き上げるぞ!」



無事にセネルを奪還したのか、球体の中にセネルと側に居た少女を入れたワルターがそう言ったが、クロエは断固として目の前の敵に向かうのを止めようとしなかった。
憎しみしか宿していないその目では、周りの様子など欠片も入っていないのだろう。
徐々に薄くなって来た煙幕を横目に、ワルターは一度舌打ちをして護送車から飛び降りた。
そして、



「―――デル・クェス」



呟き、そして一切躊躇うことなく自身の力を宿した魔物を差し向ければ、咄嗟のことに男は怯み、その隙を逃さずクロエが剣を降り下ろした。
肩口から脇腹に掛けて振り切ったものの、出血は少なく、膝を着きはしたが深手ではない。
呻き声が聞こえた。
まだ、死んでない。



「今の内だ、行くぞ」
「いや、まだだ!まだあの男を殺していない!」
「そんなことを言ってる場合では…」
「私はこいつを殺す為だけに生きてきたんだ!!邪魔をするなワルター!お前は先に行け!」



まるで子ども染みた癇癪を起こしたみたいだった。
形振り構わず怒鳴り付けてそう言えば、次の瞬間響いたのは、パンッと乾いた、そんな音。



「貴様が何を目的として生きてきたかなど俺には関係のないことだし興味も湧かん。だが今の状況を考えろ。貴様は何をしにここへ来た」
「………っ!」
「わかったらさっさと行くぞ、クロエ」



相当不本意ながらも、そう名前を呼ばれてしまえば、僅かながらも少しずつ冷静さを取り戻してしまった。
駆け出した背を、追い掛けるしか出来ない。
殺したかったと、そんな感情をかなぐり捨てることも叶わぬまま、進むしかなかった。



目指すは、毛細水道。



雨の日の記憶を、そこに連れたまま。
叩かれた頬が、ただ痛かった。





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