引き離されて暮らすようになってから、気付いたことがある。



大切な人。


心の底から手放しで、大好きだと慕えるからこそ、二人は確かに抑止力でもあったのだと。


(知ったらきっと、あの優しい人達は心を痛めてしまうけど)


一人になってから名前で呼ばれるよりもずっと『メルネス様』と呼ばれる方が多くなった。
その呼び名は嫌い。
誰も『シャーリィ』として見てくれなくなるから苦手だけど、口に出して言うにはどうしても出来なかった。


縋るように言われる。
(縋りたいのは私だってそうなのに。)
助けて下さいと願われる。
(二人を助けてって、私、何度願ったんだろう。)
陸の民が憎いと何度も聞いた。聞かされていた。
(それでも大好きな人は、確かに憎いと言われる種族の一人だった。)



考えれば考えるだけ答えは見えないまま、涙ばかり溢して過ごしていた。
水の民と、陸の民について。

どうしたいんだろうって、考えても答えは見つからなくてぐるぐる思考ばかりが巡って、そんなぐだぐだな頭でも、確かなものは一つあった。
難しいことは全部放棄しよう。
『メルネス』も水の民の皆のことも、大切だけど考えない。
今、私がしたいことは―――









「私達が煌髪人だったら、なんだって言うんですか」



それは凛とした、弱さなどどこにも感じない声だった。
自分が盾となることで守っている相手、背後に庇われている筈のシャーリィの声に、言葉に、驚いたのはウィル達よりもワルターの方だったろう。
ハッとして僅かに振り返った先に、どこまでも真っ直ぐにジェイを見据えているシャーリィの姿があったから、ワルターは「こいつらのような愚かしい人間共に言わなくていい」と陸の民に対する常の嫌悪感を含めた言葉を言うことが出来なかった。



「こうして話に出された以上、今更否定などはしません。出来るとも思ってもいません。ウィルさんとクロエさんは見ましたよね?私がこの遺跡船に初めて来た日に、お兄ちゃんが何をしてくれたか」



強い意思を持って言うシャーリィの言葉に、急に話を振られたクロエは少し戸惑いながら、ウィルはほんの少しだけ険しい表情をしながら、それでもすぐに頷いて答えた。



「ああ、苦しそうにしていたシャーリィを、クーリッジが泉の中に入れたのはきちんと覚えている……その時、髪が光ったことも」
「え、うそ!じゃあ本当にリッちゃん達あの煌髪人なの?!まっ、まっさかー」
「嘘ではあるまい。その時のことは、俺も記憶している。もっとも詳しく聞く前にいろいろあってうやむやになってしまったがな…」
「ちょっとやそっとのことじゃうやむやに出来る話じゃないでしょーよウィルっち!」
「……ちょっとやそっとのことだったら、どれだけ良かったことか…」
「………確かに」



どこか遠い目をして言うウィルとクロエに、ノーマが「ちょっとなんでそんな反応するのさー!」と一人喚いていたが、何か返す気力は二人にはなさそうだった。
シャーリィが初めて遺跡船に来たあの日。
思い出すとあんまりにも内容の濃い1日(しかも現在進行形で継続中)のことは説明するには躊躇われて、あのワルターですら事の一端を負っているからこそ、若干視線を逸らしている(シャーリィの位置からでは気付けないが、もし見ることの出来る位置に居たならば彼女も驚いて目を丸くするに違いない)。
しかし情報屋と言っているだけあって、わけがわからないと喚くノーマと違いジェイは粗方把握しているのか、動揺も何も表情は全く変わらなかった。
黙って、続きを待っている。
シャーリィは、怯んだりなんかしなかった。



「ジェイさんが言いたいこともわかってるつもりです。私達煌髪人がこの遺跡船にどう関わっているか。ヴァーツラフ軍がどうして執拗に狙って来るのか。言われなくてもわかってるつもりです。でも、ううん、だからこそ、だったらなんですかと私は言います」



真っ直ぐにジェイを見据えて、シャーリィがはっきりとそう言った。
どこまでも通る声だ。
苦しいのは、誰だろう。
庇われているばかりだったのに彼女がこんなにも強くなれるのは、今ここに彼らの為だけだとわかってるのに、醜さを露呈される気分になるのは、一体誰だったんだろう。



「私は煌髪人です。でも、煌髪人であることより何よりシャーリィと言う一人の人間です。煌髪人も言い伝えも関係無く、ただ捕まったお兄ちゃんを助けたい。昔のように一緒に暮らしたい、たったそれだけです。でも私一人じゃ何も出来ない…だから、お願いですジェイさん!お兄ちゃんを助ける為に、あなたの力を貸して下さい…!」



自分が無力だときちんとわかっているからこそ、意地を張ることも無理をすることもせず、シャーリィは頭を下げてそう頼んだ。
煌髪人であることが、一般的に考えてただの人間であると扱われることは稀だと知っている上で、シャーリィとして、セネルの妹として、ただ彼の救出を願った、その姿。
今までのことを考えると人間など信じられないだろうに、彼女は幸運なことにこの場に集う人間は稀有な思考回路を持っている人達ばかりだった(気が付いたら全員立ち上がって頭を下げていた)(…と言っても流石にもう一人の彼は複雑そうだけど、しかし軽くとは言え一度でも頭を下げるとは思ってなかったな)。

そんなことを考えていれば、ジェイは思わず密かに笑みを浮かべてしまっていたが、取り繕う気はなかった。
見えていないだろうし、胡散臭い笑みだと言われるし自覚もあるが、こういう人達は嫌いじゃない。



「嫌ですねぇ、皆さん顔を上げて下さい。そんなに畏まらなくても良いですよ。最初に言いましたよね?依頼を引き受けるのは確定したと」
「だが、私達はクーリッジの居場所を知りたいとしか…」
「あれ?そうでしたか?クロエさん。僕の記憶では、セネルさんを助けるのに力を貸して欲しいだったと思いますが」



あっさり言ったジェイの言葉に、弾かれるようにクロエとシャーリィは弾かれるように顔を上げ、目を丸くした。
ノーマがにやにやと笑って、「ジェージェーも素直じゃないなぁー」などと言ってウィルにぶん殴られているが、そこは気にしない。
ノーマには悪いけれど、気になんてしていられない。



「僕個人としても皆さんに大切に想われているセネルさんに興味がありますしね。必ず、助け出しましょう」



希望がそこにはあった。

小さな光。
知らないからこそ揺らいだ瞳に、ああ、光しか、灯らなかったんだ。





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