限界が訪れようとしていた。

やっぱりさっさと見切りを付けるべきだったかと。


後悔しても、今更だけれど。






「……なんだこの生き物達は」



ボソッと不機嫌さを隠すこともせず、露骨に言ったワルターの問いに、しかし答えを返せる人間などいなかった。
セネルを助ける為の情報を得ようと『不可視のジェイ』の指示通りに進んで来たと言うのに、ここに来てもうなかったことにするか、と嫌な現実逃避をしてしまうぐらい、ワルターは目の前に広がる光景を認めたくない。
眉間に皺を寄せ、どんどん人相が悪くなっている自覚はあったが、無言を決め込むにはどうにも堪えきれなかったのだ。
ああ、言ってしまおう。
生理的に受け付けられやしないんだ!



「お客さまだキュ?お客さまだキュ?」
「珍しいキュ〜!歓迎するキュ!」
「思う存分、寛いでいって欲しいキュ〜!」



キュッキュキュッキュ、あちこちから聞こえるなんだかよくわからない喋るラッコ(シャーリィが言うに、モフモフ族と呼ばれる由緒正しい種族らしい)(全く理解出来ないが)を前に、一行はどうしたらいいものか途方に暮れていた。
不可視のジェイの指示通りに列岩地帯を抜け湖の先にある地まで辿り着いたは良いが、まさかこんな喋るラッコに囲まれるとは思ってもいなかったので、ワルターとしては苛立ちが限界まで積もりに積もっている。
この分だったならまだハリエットとシャーリィを球体に入れて列岩地帯を進んでいた方が精神的には万倍マシだったと、散々なことを考えているのだが、それをそのまま口に出すようなことはしない。
どうやらこのラッコ、女性陣には愛くるしいとしか映らないらしく、和気藹々と戯れているその姿を前に水を差すような真似をするのは流石に躊躇われたのだ。
あっち見ればモッフモッフ、こっち見ればモッフモッフなこの状況はワルターのHPをがっつり削っていくのだが、シャーリィが嬉しそうにしている以上、端から順に蹴り飛ばしていくわけにもいかない。



「あ!シャーリィさん達だキュ!お久しぶりキュ!元気にしてたキュ?」
「ピッポさん!」



見渡す限り押し寄せるようなモフモフ族の群れに、そろそろワルターの目が一匹ずつの区別も付かない、毛玉の群れとしか認識しなくなりそうだった頃に、やけに親しげに声を掛けて来たラッコが居たから、自然と全員の視線が一匹限定に向いた。
この時点でワルターは若干窶れているのだが、そこはどうにか誤魔化し、ピッポと呼ばれたラッコと向き合う。
……正直に言ってしまうならラッコが詩人ってどういうことだ、とそこに尽きたが、もう今更突っ込んでも意味がないなとそこで強引に考えるのを止めた。
傍観に徹しよう。
これ以上考えれば、余計にストレスを貯めるだけなのはあんまりにも目に見えている。



「皆さんどうしたキュ?ピッポ達の村に遊びに来たキュ?」
「いや、遊びに来たわけではないんだが…ちょっと人を訪ねに来ていてだな」
「あ!なら皆さんジェイに会いに来たキュ?」
「ピッポさん、その人を知ってるんですか?!」
「知ってるキュ知ってるキュ!ジェイはピッポ達の家族キュ!皆さんはジェイにお仕事の依頼しに来たキュ?なら、ピッポが案内するキュ〜!着いて来て欲しいキュ!」



クロエとシャーリィの言葉を聞くなり、ぱっぱと決めてピッポが案内し始めたから、特にわざわざ断る理由もないからこそ一行はその後を着いて行った。
ラッコの群れから離れられたことにワルターが密かに安堵の息を吐いたことにウィルは気付いたが、そこは言わないでおく。
正直ここまでワルターが堪えきったことの方が、万々歳なのだから。



「さあ着いたキュ!皆さん、ジェイはこの家の中だキュ〜!」



張り切って声を上げたピッポの言葉を耳に、ウィル達は案内された家の扉を一応ノックしてから開けた。
出迎えとばかりに現れたラッコ(キュッポと言う職業格闘家のモフモフ族に、これまたワルターの顔が苦々しく歪められたのだが)にシャーリィ達が挨拶しつつ中へ進めば、ふとその先に小柄な少年が、背を向けて立っていることに気が付いた。
あれ?どっかで見たことあるような…つか、見たことあるよね?絶対見たよね!なんてノーマが言っているが、口に出すか出さないかの違いで思ったことは全員似通っているので、特にツッコミは入れない。
振り返った少年は案の定、ここへ来る過程で船の操縦をしてくれた彼だった。
ワルターの顔が益々険しくなる。
胡散臭いと、思った通りだった。



「君は……」



呟くように言ったウィルの言葉に、少年は満足そうににっこり笑って言った。



「はい、皆さんのご察しの通り。はじめまして、僕が『不可視のジェイ』です」



よろしくお願いしますね、などと続けて言われてしまえば、むしろ文句など何も言えなかった。






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