「ワルターさん…」



か細い声でそう呟いたシャーリィの言葉に、どうして?なんで?とそんな想いが続くのは声に出さずとも簡単にわかることだった。
震える手で、それでも頑なにセネルの腕を掴んで離さないのは、シャーリィ自身、いまのこの状態でセネルの命を握っているのがワルターだと気付いているからだろう。
セネルもまた、それを自覚しているからこそ警戒しつつも下手なことを言い出せなかった。
わりと高度を保って進んでいるこの状況で、もし球体から弾き出されるようなことにでもなったら確実に、死ぬ。
目の前の人物の気持ちを、彼と同じ立場の人達が抱くだろう感情を、その理由を、悲しいぐらい、セネルは知っていた。
それこそなぜ自分が殺されないことに疑問を抱く、くらいには。



「……貴様を憎む気持ちも殺してやりたいと言う気持ちも確かだが、今ここでは殺さん。薄汚い陸の民の命を、呆気なく終わらしたのでは気が済まん」



心底忌々しげに吐き捨てたワルターに、そこまでの憎しみを込められているのは本音を言うと辛かったが、それでも今は殺さないと言ったその言葉は嘘ではないと思えて、セネルはほんの僅かだけ張り詰めていた緊張を解いた。
そうして震えているシャーリィの手にそっと触れ、大丈夫だから離してくれ、と視線を送るが、シャーリィは首を横に振るばかりで決して離そうとはしない。
その姿にワルターが目を細め、睨み付けているのがわかっているから、セネルは自分の体で少しでもシャーリィを庇うようにし、ワルターの姿を真っ直ぐに見ることしか出来なかった。
彼女達と同じ、水の民を。




「…貴様に少し、聞きたいことがある」



忌々しげに睨み付けてくるにしては、思いもよらぬその言葉にセネルは訝しげに首を傾げた。
聞きたいこと、などと言われても、思い当たるものなど何もありはしない。



「なにを…?」



少しばかりの沈黙の後、素直にセネルがそう聞き返せば、ワルターは一度目を伏せて、言った。



「俺の名はワルター。誠名はデルクェス」
「…?」
「セネル・クーリッジ。お前にこの意味は、わかるか?」
「…ワルターさん?」



質問の内容に、困惑したのはセネルではなく、むしろシャーリィの方だった。
なぜ、お兄ちゃんにそんなことを聞くんですか?と。
続く言葉にしかしワルターは答えず、ジッとセネルを見据えている。
わけがわからないとシャーリィは不思議そうに一度首を傾げたが、とりあえずワルターと同じようにセネルを見上げて、驚き目を見張った。
最初こそ、ワルターの言葉に考えようとしたのだろう。
しかしシャーリィが見上げた時には既に震える両の手で顔を隠していた。
そうし、て。



「―――ああああっ!!!!」



叫び出したのは、一瞬のことだった。
突如頭を抱え、苦しみ始めたセネルに、シャーリィは顔を真っ青にさせ体を支えようとするが、上手くいく筈もない。
あの泉での苦しみ方よりももっと酷いようにも見えるその姿に、シャーリィは涙目になりながら何度も何度も踞るセネルを呼んだ。
けれど、声は届いてくれなかった。



「お兄ちゃんっ!!どうして…、こんな…っ!」
「…ぅ、ぁああ…っ!」
「お兄ちゃん!大丈夫、大丈夫だよ!だから、だからっ!!」



爪術を使えないシャーリィにとって、苦しんでいるセネルを前にそれだけしか言えなかった。何が大丈夫かなどシャーリィ自身、わかりやしない。
踞って頭を抱えるセネルと、必死に寄り添うシャーリィを前に、しかしワルターは冷ややかな目でその様子を見ているだけだった。
セネルのこの痛がり様は、確かに先程あの泉で見た時と同じようなものだろう。
けれど、言ってしまえばそれだけなのだ。
ワルターが感じた、あの違和感が、こうして球体に入れていても何も感じないから。
だから、気にする必要性を感じなかった。
苦しんで、果てはこのまま死んでしまっても構わないと視線を向けることすらやめようとしたその、とき。



「――くろ、ぃ…つば、さ?」



微かに消え入りそうな声で言ったセネルのその言葉に、今度はワルターが驚き目を見張る番だった。
取り乱していたシャーリィには、聞こえなかったのだろう。
必死に声を掛けるシャーリィを前に、ワルターは己の使命もどこかへ忘れ、ただ愕然とするばかりだった。



「貴様…なぜ、それを…」
「………っ、」
「お兄ちゃん?!」



呟かれたその言葉に、ワルターは問い詰めようとしたのだが、それよりも先にセネルは意識を失ったようだった。
ぐったりと動かなくなったその体に、シャーリィが涙を溢しながら縋りつくが、目を覚ます気配はない。
その様子にワルターは小さく舌打ちをしたが、答えられてしまった以上、更に追求する必要もあったのでとりあえず安静にすることが出来る場所へと、高度をゆっくり下げた。
水晶の森を抜けた、その先に。
聳え立つ壁に手を添えて、扉を開く。




目指すは、秘密の地下道へ。






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