懐かしい気がした。
初めて訪れた場所だと言うのに、どこか、まるで昔暮らしていたあの村のような。









「……ん、」



一体どれだけの間そうしていたのだろう。
ようやく浮上してくれた意識をどうにか再び沈めたりしないように保って、ふと目を開けたらそこは全く知らない、見たことのない天井が広がるばかりだったから、シャーリィはきょとんと目を丸くして暫くそのまま固まってしまっていた。
自分はベッドの上に居る。
寝かされている。
それはわかるのだが、なんでそうされているのか全くわからなくて、状況は理解出来そうにない。
比較的上質なシーツの上に四肢を投げ出して、シャーリィは何気なく一度目を瞑った。

ここは、どこなんだろう。
どうして、こんなところにいるのだろう。



どうし、て。





「―――お兄ちゃん!」



思考を働かせたその先に、いきなり頭を押さえて苦しんでいたセネルの姿を思い出し、シャーリィは勢い良く上体を起き上がらせた。
そうだ、お兄ちゃんが、お兄ちゃんが苦しんでた!
と、今になって思い出した事実に慌てて周りを見回すも、先程まで居た筈の泉の側なんかじゃなくどこかの部屋の中と言う現実に、自分でも血の気が引いたのを感じている。
自分ではどうにも押さえられないぐらい、情けなく体が震えていた。
抱くように自分の両手で掴んでみても、それは変わらない。



「お、目覚めよったか!」



勢い良く音を立てて扉の開く音が聞こえたと思えば、いきなりこう声を掛けられてシャーリィは思わずハッと顔を上げたが、すぐに身を守るように体を強張らせた。
わけのわからないまま視線を向ければ、眼帯をした男がカラカラと笑って、足元に魔物を連れて近付いて来るのが見える。
後ずさるにしても何にしても、この目の前の男によって自分はこの部屋に連れて来られたんだな、と言うのは何となくわかった。
まさか自身が拐われたとは気絶していたからシャーリィは知らないから、とりあえずは怪訝そうに見ることしか出来やしない。



「まあそう警戒すんなや。嬢ちゃんがワイの望みを叶えてくれたら、すぐに帰しちゃる。ワレはメルネス、なんじゃろ?」



言われた瞬間、シャーリィは目を見開いて咄嗟に手で口を押さえ込んだ。

―――この人も、村を襲った陸の民と同じなんだ。

頭に浮かんだのはそれだけだった。
それだけで、シャーリィは心臓が馬鹿みたいに五月蝿くなるのを感じ、喉が嫌に渇く。
3年振りに会った兄との再会を引き裂き、私欲の為に利用しようとする陸の民の愚かさに、感じたのは怒りと絶望だけだった。
それは自分の感情だけではないとわかっているけれど、『メルネス』と言った目の前の男に対し、シャーリィはそれ以外の感情を、なかなか見つけられそうにない。



「……なにが、目的、なんですか」



震えからかどうしても辿々しくなってしまうもののそう聞けば、先程までの笑顔をどこかに消し、真剣な顔をして男は言った。



「ワイの目的は、聖爪術を手に入れることじゃ」
「…聖爪術?」
「そうじゃ、聖爪術。爪の輝きは七色に及び、その威力は海をも押し返す、爪術の究極奥義」
「……」
「ワイは、そいつが欲しい。家族の絆を守る為にも、そいつが必要なんじゃ」



はっきりと。
家族の絆を守る為と言った男に、シャーリィは目を丸くして少し困惑してしまった。
メルネスの力を利用し、道具と見なしているような人間だと思っていたのに、どこか違う気がする。
家族、なんて言葉が出て来るとは思っていなかった。
そしてその言葉が出て来るならば、こんなとこをしないで欲しかった、とも。



「……聖爪術なんて、知りません。私、ここに来るの初めてなのに、わかる筈がありません」
「知らん言われてもここで諦めるほどアホやない。暫くここで考えたらええわい」
「そんな…!お兄ちゃんのところへ帰してください!」
「嬢ちゃんが聖爪術の在処を教えてくれたらの。ギート、見張っちょれ」
「ちょっと…っ!」



言えど、聞くつもりなど全くないのか無情にも扉が閉められてしまったから、シャーリィは力無く項垂れることしか出来なかった。

悔しい、と思う。

どうして陸の民はいつもいつも苦しめるんだろう、と思考はそちらへ傾いて仕方ない。
ただ皆で一緒に暮らしていたいだけなのに、お兄ちゃんとお姉ちゃんと一緒に居たいだけなのに、どうして邪魔ばかりするのだろう、と。
苦しくて苦しくて泣きそうになったその瞬間、ふと自分の爪が光ったように感じて、シャーリィは視線を手に移してみた。
けれど、



「……そんなわけ、ないよね」



小さな、諦めを含んだその言葉は、容易く空に溶け誰にも届くことはなく消えてしまった。

わかってる。

儀式に失敗した自分には、何の力もないことぐらい。
爪術なんか使える筈がないのだ。

海に、嫌われてしまったから。


爪が光る筈なんて、ない。





「……お兄ちゃん」




不安になりながら、ただ心配して呟くことしか、出来なかった。





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