グランドガルフを連れた眼帯の男が、『モーゼス・シャンドル』と言う名の札付きの山賊だと言うのは、3年前から遺跡船に住んでいるセネルもよく知っていた。
何かと耳にする機会もあったし事実ウィルが頭を痛めていたのも知っている。
けれど自分はマリントルーパーで管轄は港に限られていたし、関係ないと放置していた事実に今更自分を殺してやりたくなった。


久しぶりに、シャーリィに会えたのに。


再会に水を差したあの馬鹿山賊に、半殺しでは済まないな、と物騒なことを考えながら、セネルは霧の山脈を進むことにした。







「―――で、なんでお前まで着いて来るんだ?クロエ」



振り向くこともせず、ただただ足を進めながら言ったセネルに、クロエはムッと怒れて「そんな言い方をしなくても良いだろう!」と叫んだが特に意味はないようだった。
呆れ顔して進むウィルは溜め息を吐くだけで助け船を出すつもりはないらしく(むしろ街へ帰そうと言う気が満々に思えるのだが)、先へ先へ進むセネルを追いかけている。
置いて行くなとクロエは言いたかったが、今はのろのろ歩いている場合でもなければすぐに山賊のアジトへ行ってシャーリィを助け出さねばいけないとわかっていたので、負けじと足を進めた。
彼女が拐われた場に自分も居たのだ。
無関係だと誰が言っても、自分自身がそうとは思えない。



「シャーリィが拐われてしまったのは私にも非がある。助け出すのは、騎士である身ならば当然のことだ」
「それを言ったらヴァレンス嬢、彼女が拐われたことは俺にも非があるし、君一人が気負うことではあるまい」
「…レイナード、私のことはクロエでいい。それにやはり、だったら全員でシャーリィを助けに行くべきだろう?」
「クロエ…確かにそうだが」
「今更戻るつもりもない。剣もそうだが私も爪術士の端くれだ。足を引っ張るようなことはしない」



だから着いて行くと言ってやれば、前を進むセネルが盛大に溜め息を吐いたから流石にクロエもぴきりと額に青筋を浮かべた。
この男は先程浮かべていたあの優しげな態度は表情は妹限定なのか!と怒れて来たのだが、ウィルが宥めてきたのでクロエも渋々引き下がる。
息を吸って、吐いて。
一度落ち着いたあと、「それに」とクロエは静かに言った。
セネルの背を、見据えたまま。



「クーリッジ…本当に、大丈夫なのか?」



心配そうに言ったクロエの言葉に、セネルは今まで無心に動かしていた足をピタリと止めた。
振り向こうとはしない。
その背に、今度はウィルが声を掛ける。



「セネル、お前は大丈夫だと言って聞かなかったが、先程の苦しみ様はとてもじゃないが大丈夫だとは思えなかった」
「……」
「急に頭が痛くなった、と言ったな。一応俺の掛けたブレスは効いたようだが、本当に今は、なんともないんだろうな?」



下手な誤魔化しは通用しないとわかったのか、セネルは観念したようにゆっくり振り返ってこちらを見た。
無愛想だとクロエは思う時がよくあったが、ウィルに向ける表情はどこか柔らかく、おや?と首を傾げるが、3年の間どういう事情か知らないが面倒を見てもらっていたらしいとは聞いていたので、とりあえず今は考えないようにしておく。



「平気だよ。多少…まだ痛む気もするが、特に問題はない」
「セネル…お前は自分の体に無頓着過ぎるんだ。まだ痛む気もするなら大丈夫じゃないだろ」
「普通にしてるには問題ないぐらいなんだ。別に心配することじゃないし、そんなことよりも早くシャーリィを助けないと!」



自分の身を疎かにしてなにがそんなことよりも!だ。
と言うのはウィルだけではなくクロエも思ったことだったのだが、再び足を進め始めたセネルにこれ以上は何も言わないことにした。
優先順位の確定。
一、シャーリィを助け出す。
二、街に戻ってセネルを休ませる。


などと言う決め事がウィルとクロエの間に成立されていたことに、セネルは気付くことはない。
霧の山脈を通り抜け、そうして見えたこの場にはそぐわない家屋を前に、一度三人は物陰に身を潜めた。



「―――あれ、か」



モーゼスが拠点とする山脈のアジト。
人数はそれなりに揃っているだろうが、正面突破することに、迷いはなかった。






×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -