誰かの声が、響いてる。
私の中で、泣いている。




『―――忌々しき陸の民どもめ!何故我が子らが殺されなければならぬ何故一方的に虐げられねばならぬ!!』
『ああ、やめろ…やめてくれ……我が子らの命をそれ以上何故奪う!何故この星を穢すのだ!!』

『滅びてしまうがよい!滅んでしまえ!愚かで汚らわしい、憎き陸の民どもよ!!』



嘆き悲しむその声に、頭は割れそうな程痛み、正直に言うならばもうやめてくれと形振り構わず訴えたくなる程でもあった。
痛い、苦しい、もうやめて、と。
どれだけ繰り返そうとこの言葉が届かないのは分かっていて、何度も何度も突きつけられるのは、陸の民を恨め、憎め、滅ぼしてしまえと、そんな感情だけ。
メルネスとしての役目を果たすように、同胞が苦しみ続けていた四千年以上の歴史を辿るように滄我の記憶を見せられ、嘆きを抱かされ、否定は確かに出来ないとは、思った。
苦しみを、知っている。
恨みも、嘆きも、憎しみだって、きちんと分かっていた。


陸の民と水の民とでは、所詮相容れることなど出来ない、そういう関係だ。


どれだけの年月の間、虐げられていたと思っている。
幾万もの命が失われる理由が、一体どこにある。


許すことなど、出来ない。
私はメルネス。
大いなる滄我の代行者。

その声を聞きその意志を継ぐ者。
望むままに、この命を捧げ水の民を救う者。


陸の民は、要らない。
この星に大地は、必要などない。




『―――シャーリィ』



独りぼっちでただ海の意志に耳を傾けるばかりの暗闇の中。
膝を抱えて蹲っていた少女の元に、よく知った声が届いたのは、四千年以上もの間積み重ねられ続けている怒りと憎しみ、そして嘆きに呑まれていた、そんな時だった。
この星の記憶との狭間に、何人かの声が、聞こえてくる。

私の、名前だった。
『メルネス様』ではなくて、『シャーリィ』と。

捨てた筈の名前だ。
もう必要のない、名前だから。
『シャーリィ』は水の民を救う為に、『メルネス』になったのだから。



『私たちが付いているぞ、シャーリィ』
『大丈夫だって、リッちゃん!』



聞こえてくる声に、涙が溢れて止まらないのだと知ってはいたけれど、どうしていいのか分からなかった。
憎めと声がする。
事実少女にとって陸の民はどうしようもなく憎くて憎くて、仕方がない。
首の刎ねられた男を思い出す。
肩口から斬られ血を噴き出し事切れた幼子は、胸を貫かれ何も分からぬまま倒れ伏した青年は、焼き払われた里は、汚された海は、実験に使われ苦しみの中息を引き取った同胞達の無念はどうなる。
一体どうしたら、この悲しみを許せると言うのだ!



『シャーリィ!』



名を呼んで、手を差し伸べてくれる優しい人達。
矛盾を抱え込んでいる自覚は少女自身にも確かにあったのだけれど、震える指先は自分の腕を掴むばかりで、動かすことなんて出来なかった。



「わた…し、わたし…は……っ」



いっそ誰もが虐げると言うのならそれで良かったのに。
助けてくれた人達もまた陸の民だから、どうしようもなかったのだ。















「なーんか、びっくりしちゃったって言うのか…さっすがセネセネと言った方が良いのかと言いますか…どゆことなの?ジェージェー」
「僕に聞かないでくださいよ、ノーマさん。本人に直接聞いたらいいんじゃないですか?」



カチャカチャカチャ、と。
何やらよく分からない機械を操作しているジェイに、ノーマが小さな声でそう聞いたのだが、案の定返ってきた素っ気ない返答に、何とも言えない空気が更に何とも言えないものになったのだが、騒がしくしてまで問いただすことはノーマには出来そうにないことだった。
昨夜、一体何があったのか突然の地響きと揺れにフェニモールの機嫌がマッハで下がり、落ち着いた頃には既に般若の面でも装備しているように感じた程怒り狂っていたのだから、暢気に眠っていたノーマとしては、何にも言えないような状況でもあったのである。
何をやったのか何があったのか詳しくは知らないが、落ち込んでいたセネルを慰めるにはクロエかウィルが適任だとノーマも思っていたので、きちんと海岸へ向かって行ったクロエの背を見送って気が付いたらベッドの上だったのだから、多分こっそりと後を付けようとした瞬間にウィルにでもぶん殴られたのだろうとは容易に分かる話だった。
同じようにその辺に転がっていたモーゼスよりは扱いがマシだったので、怖くて何も言えないが。



「でもさ、一晩経ったらセネセネも体調良くなって聖爪術も受け取れてて良かったよね!これで後はリッちゃんを止めに行くだけだし!滄我ちんも良いサービスすんじゃない!」
「ミスリルハンマーで頭かち割られたくなかったらもう少し声を抑えた方がいいですよ、ノーマさん。だんだん大きくなってます。今邪魔したら間違いなくそこのモーゼスさんと同じ結果になりますけど」
「……すみませんでしたー…」



慌てて口を押さえて小声でそう言ったノーマに、いつもだったならジェイも呆れたように溜め息を吐いていたところだったが、どうにか堪えて密かに冷や汗を掻きながら手元のパネルを操作し続けていた。
昨晩、突如姿を現した光跡翼にこれは最早一刻も猶予がないと早朝になってキャンプを畳み今朝になって昇降機の元へ場所を移したのだけれど、それにしたって吹き荒ぶブリザードが超怖い。
ポッポ達が見つけてくれた列車の説明をぶっ飛ばし、機動から何やらまで全ての操作を丸投げしたウィルにジェイも何とも言えない気持ちになったのだが、正直かなり怖かったので何も言えなかった。

線路は地上へと続き、光跡翼の中へと延びている。

光跡翼が機動する前ならば阻止すべく玉座へと、蜃気楼の宮殿へと向かうところだったのだが、事態はそんな悠長なことを言っている場合ではなくなってしまった。
大沈下を引き起こされる前に、光跡翼へと向かわなければならない。
列車を動かす為の操作を行っているジェイは別として、実際に辿り着くまでの時間を中でどう過ごそうが勝手だったのだが、出発直後からのフェニモールとウィルのW説教は辿り着いても続きそうで操縦室に逃げ込んだノーマの顔は引き攣っていた。
一撃で沈められたモーゼスは今頃仮眠室でベッドとお友達だろう。
「モーゼスちゃんもお休みなのねぇ〜」と連れて行ってしまったグリューネには誰もツッコミを入れることなんて出来なかった。
余談だが仮眠室に寝かせたステラと添い寝をすることに何も言えなくなった時点で、既にグリューネに関しては触れていい領域ではなくなってしまっている。



「ノーマさんがパンを作って来てくれていて今回ばかりは本当に助かりましたよ。タイミング見てきちんと食べて体を休ませておいてくださいね?2、3時間はおそらく掛かるでしょうから」
「あの殺伐とした空間に忍び込んでパンを取って来るだけのスキルなど身に付けてないんですけど…!もーヤバい。すっごくまずい。ウィルっちもフェモちゃんも容赦ないんだもん。あたしの胃に穴が空くよ〜…今ちょうど無言タイムに突入したとこだし」
「……自動操縦に切り替えるのを無しにしたくなるようなお知らせですね」
「……一人だけ逃げるのは無しだからね、ジェージェー」



そう言われては流石に到着するまでここに居るわけにもいかないか、とジェイは小さく息を吐いた後、パネルを操作して列車の操縦を自動へと切り替えた。
なかなかに後ろを振り返りたくない心境なのだが、そろそろ止めに入らなければ万全の状態で光跡翼の中へ潜入することが出来なくなるだろう。
昨晩、海岸に行ってから戻って来ないセネルとクロエに、迎えに行ったフェニモールとウィルの怒りと言ったらそりゃあもう手の着けられない程だったのだ。

聖爪術を、手に入れたこと。
一体何があったのか詳しくはジェイも知らないが、とりあえず予定時刻を大幅に上回った挙げ句セネルが気を失ってクロエが途方に暮れていたのはウィルから聞いていたので、何か口を挟むべきではないのだなとそう判断したに過ぎなかった。
正座で説教を受けているセネルとクロエには悪いが、何か言える筈がないだろう。
もっとも、セネルに関しては発熱までしていたと言うのに、翌朝になって目が覚めたら今までの疲労も全てなくなっていたと言うのだから、静の滄我様様としか言い様がない。



(…滄我を受け入れたから、ああも回復したと言うこと、か…良かったと言うべきか悪かったと言うべきか、微妙なところだな…)



何とも言えない隣室の雰囲気に何とも言えない表情でノーマが立ち尽くしているのを横目に、ジェイはそんなことをぼんやりと考えながら、線路の先に見える光跡翼を見据えた。
ウィルが何も言って来ないことから、おそらくクロエがセネルだけが聖爪術を受け取れなかった理由を誰にも言っていないのだと、ジェイには分かる。
セネルが拒絶した大凡の理由を、ジェイは知っていたのだ。


複雑な立ち位置だと思う。
セネル・クーリッジと言う人間は。




「でもまあ、たまにはクーもフェモちゃんとウィルっちに怒られた方がいいかもね〜。セネセネの無茶っぷりは今更だけど、なんだかんだ言ってクーも似たようなもんじゃん?」



立ち尽くしたままとばかり思っていたノーマが不意にそう話し始めたことに、ジェイはうっかり同意をしそうになったがギリギリのところで察してどうにか言葉を呑み込んだ。
室内の温度が氷点下にまで達したような錯覚がする。
こうなってしまうとジェイは何も言わないどころか首を縦に振ったりすることも出来ず、ノーマに対して本当に何の反応も返すことが出来なかった。
ぞっと背筋が粟立ったのは別に気のせいでも何でもないのだろう。
暢気に話しているノーマはそのジェイの反応に疑問こそ抱いたものの、肝心なことに気付けないまま首を傾げていた。
だからモーゼスさんに続いてバカなんですよ、とは言ったらダメだろうが、超言いたい。



「猪突猛進っぷりは笑えないってね。ま、そこがクーのいいとこだってのもあるけど、たまにはウィルっちのあの鉄拳食らうのもいい勉強になるって〜」
「……ノーマさん。死にたくなかったらそれ以上は言わない方が身の為ですよ」
「へ?」



直後響いた鈍い音に、早いとこハリセンを手に入れないとそのうちライフボトルが足りなくなるんじゃないかな、とジェイは思ったが、口が裂けても言える筈がなかった。






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