頭に血が上ったままの状態で、言葉よりも先に手が出るなんて本来ならばやってはいけないことだとクロエだって分かっていたが、それでも自分自身を止めることが出来なかった。
パンッと乾いた音。
その衝撃に少しだけセネルもよろめき、数歩分、距離を開けてしまう。
手加減と言うことが頭になく全力でひっ叩いたつもりだったからこそ、クロエとしては無意識の内に加減していた自分が不思議ですらもあった。

許せないと、はっきりとそう思ったから。
許してはいけないと、そこまでの怒りを感じたから。

叩かれたことに対してとっさに睨み付けるだけの余裕もなかったのか、呆然と見てくるセネルにクロエは喚き散らしたいと思ったのと同じくらい、無性に悔しくて泣けてくる思いだった。


この男は本当に、どうしてこうも、分かってくれないのだろう。





「…罪滅ぼしなど、バカなことを言うな。負い目は確かにあっただろう。シャーリィ達が住んでいた村がお前のせいで襲われたと言うのなら、もしかしたら本当にそうなのかもしれないし、そうやって自分を責めていればいい。本当のところを私は知らないのだから。お前のせいだろうともなんだろうと別にいい」



これは聞きようによってはかなり厳しいことだったのだが、指摘されたことに対してセネルが唇を噛みしめるより早く、クロエは「だが!」と声を上げて、続く言葉を言った。



「何が罪滅ぼしだそんな気持ちで自分の命を懸けれるものか!ワルターとシャーリィがヴァーツラフ軍に囲まれた時に二人を庇ったのは誰だ!捕らわれていたフェニモールを守ろうとしたのは一体誰だ!何度その身を挺して戦った!私達にどれだけ心配をさせてまで誰を守った!罪滅ぼしだとかそんな気持ちで、自分を顧みず動ける筈がないだろう!!」
「でも俺は…っ!」
「罪の意識はそれもあっただろうな。当然のことだ。水の民達をあれだけ苦しめていたヴァーツラフの元に居たと言うのなら、自然なことだろう。だが、お前は大切な気持ちを忘れている!見ようともしていない!確かにお前は卑怯者だ。挙げ句弱虫だ!逃げたいと言う気持ちを今抱いているのも自分の苦しみを少しでも軽くしたいからだけだろう。だけど、今はそのことについて考えている場合ではない筈だ!」



段々と自分が何を言いたいのか分からなくなってもいたが、それでもクロエは思うままにセネルに言葉をぶつけていた。
このままの方が、嫌だった。
シャーリィやフェニモール、水の民達のことを一番に考えていたのは一体誰なのか、その空っぽの頭に刻み込んでやりたい程、セネルは何も、分かっていない。
隠し通せることでもないから、自分自身に資格を問う気持ちも理解出来ないことはないが、それにしたってクロエには我慢ならないことだった。


同じことを繰り返すことになろうと、何度でも言ってやる。
分かるまで、繰り返す。
そうでないとこんなにも悲しい想いを抱いたままだと言うのは、苦しいだけではないか。




「今、お前が苦しんでいることに対しての答えを持っているのは、私でもなければフェニモールでもなく、シャーリィやステラさん、共に暮らしていた水の民だ。謝るべき相手も、私達ではない。だが、このままではそれも叶わなくなるんだぞ?そうでなくとも、お前の中でシャーリィは多くの命を犠牲にする道を選ぶことの出来る子だと、そう思っているのか?」
「…違、う。シャーリィは……そんな…っ」
「ごちゃごちゃ考えるから、そうなるんだ。お前の中にはいつだってシャーリィ達を守りたい、水の民達を助けたい。それだけしかなかっただろう?」
「……っ」
「シャーリィが今何をどう思っているのか、お前は私達よりも知っている筈だ。それならどうしたい?何をしたい?答えは本当は出ている筈だ。違うのか、セネル!」



真っ直ぐに見据えて言ったクロエの言葉に、セネルは大きく目を見開いた後、一度だけぎゅっと瞼を閉じて俯いた。

自分が、何を思って、本当は何をしたいかと言うこと。
言い訳ばかりしているのではなくて、謝りたいと、そう思うことを優先させるのではなくて、もっと一番最初に、思った気持ちを。



『―――お兄ちゃん』



陸の民である、敵でしかない存在をそれでも慕ってくれた、彼女だった。
命を奪うことなんて出来るような子ではなくて、だから、そうだ。

きっと、苦しんでいる筈だ。
優しい、彼女だったから。
それなら、何をしたいかなんて―――





「シャーリィを…止め、たい。話を、したい…っ、苦しんでる筈だ、本当は、シャーリィは大沈下なんて、起こしたくない筈なんだ!」



顔を上げ、真っ直ぐに見据えてはっきりとそう口にしたセネルの言葉に、クロエはにこりと笑って頷いた。
思い詰めて自分自身を責め続けるセネルの姿は見たくないし、それは違うと、クロエは何度だって言うだろう。
それこそ見くびるなと言う話だった。
シャーリィをステラを、水の民達を助けたいと必死に動いてきたその行動と気持ちに、みんな付いて来たのだから。



「シャーリィ達を止めて、それから、これからの話をしよう。謝るのも何もかも全てはそこからだ。私はシャーリィ達とセネルが一緒に過ごせる未来を、信じてる。止めれる筈だ、私達なら!」
「ああ!」



力強く返事をしたセネルの指先が、爪が光を放ったのはその次の瞬間のことだった。
驚いたクロエと違い、得ることの出来た聖爪術にセネルがほっと安堵していたのが見えたが、それが不味かったのだろう。
ぐらりと傾いたその体を、とっさに受け止めたクロエは今この時になって、今更海岸に来る前の会話を思い出していた。



『お兄さんまだ体の調子が整っていないようなので、20分経ったら戻ってくることを約束に許可したんですが…そろそろ30分くらいになるんですよね。出て行ってから』



氷嚢片手にとんでもなく冷たい声で言っていたフェニモールの言葉を何も今過らなくてもいいではないかとクロエは思いつつ、寄りかかる重みにどうしようかと悩んでいたのだが、足元から崩れ落ちてしまいそうになるぐらいの衝撃が襲ったのは、その時だった。




「な、何が起こって…っ?!」



遺跡船を揺らがす地震のように感じたクロエは、セネルの髪が一瞬蒼く光ったことに、気付くことが出来なかった。


全ての始まりが、今、目覚める。
玉座の間に集う水の民の誰にも、少女の悲鳴が届くことはなかった。




「―――光跡翼、起動」





終わりの形を、世界に、今。






×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -