この場所に至るまでの火・氷・雷のモニュメントの三か所を巡っていて、立てられる予想があった。
仮説しかないと言うのは口にするのは憚れてジェイは何も言わずに先へと進んでいたのだけれど、おそらくではなく確定してしまえるだけの情報を全員が等しく手にしているだろうに、誰も何も気が付けていないと言うのは、幸か不幸かまでは、分かりやしない。
今までのことを鑑みて、光のオブジェクトに触れて得る情報よりも、各場所に居たゲートを倒した後に与えられるこの星の過去の映像の方が、より多くの代償を必要としているのではないのか、と。
早い段階で予想していたジェイは、だからこそ地のモニュメントでアースクエイクゲートを倒したその時に、セネルが倒れたことに心配こそしたものの、慌てることも驚くことも、する筈がなかった。




「落ち着いてください、皆さん!セネルさんは僕とウィルさんで街の病院に連れて行きます。皆さんはキャンプ場に戻って体を休めてください」
「だが、ジェイ!私達だって…!」
「皆さんは今の戦闘でだいぶ疲労している筈です。僕とウィルさんは後ろで待機していましたから十分まだ動けますが、皆さんの体は休養を必要としている筈です。僕らを信じて、待っていてください」
「ジェイ…」



苦しそうな呼吸を繰り返すセネルを前に、自分達も着いて行くと主張を曲げたくなかったクロエ達でも、ジェイにこうまで言われては、流石にこれ以上は何も言えなかった。
「クーリッジを頼む、ジェイ」だとか「セネセネをお願い!」だとか各々言葉を掛けるものの、実際は自分たちもキャンプ場に行くまでが不安でもあるぐらいで、限界だと言うことが分からない程、そこまでバカにはなれそうにない。
「ギートの力を借りて行きますね、モーゼスさん」と話したジェイの言葉に、言われたモーゼスも何の反論も出来ず、分かったと了承するしか、なかったのだから。





「どこへ行くつもりだ、ジェイ!街の病院へ連れて行くのでは…!」
「まずは僕に着いて来てください、ウィルさん。下手な騒ぎにはしたくないんです。早く!」



地のモニュメントから離れ、てっきり全速力で街へ戻るとばかりウィルは思っていたのだが、先を行くジェイがギートを連れて灯台を通り過ぎてしまったのだから、これには驚いてしまうしかなかった。
慌ててジェイに声を掛けたものの返って来たのはそんな言葉で、疑問に思えどとりあえず、引き離されないよう足を進める。
地のモニュメントからはおそらく真逆の位置に在るだろう海岸に辿り着いた時、なぜか砂浜に何かしらの物体をはめ込む為の穴の空いたよく分からない物体があったが、総スルーしてジェイは波打ち際にまで駆けて行き、そうして一度周りを確認した後に自分の腰上辺りの高さまで海水に浸り、未だに波打ち際から動くことの出来ていないウィルに向かって、叫んだ。



「ウィルさん!セネルさんを連れてここまで来てください!早く!」



今何か変な言葉が聞こえなかったか?と僅かに働いた思考がそんな結論を頭の中に弾き出していたが、セネルを乗せていたギートに背中をド突かれ、促されるままその体を抱き上げてジェイの元まで自身も海に浸かりに行けば、そこから更に信じられない言葉を耳にした。



「では、ウィルさん。セネルさんをここに沈めてください」



は?と思って固まったウィルは、別にこれ自分が悪いわけじゃないだろとまず、そう思った。
真剣な表情で今こいつなんて言った?と思う反面、ああ身長さだな。そんなにここ深くもない場所じゃないか。



「……ジェイ、俺は今何かしらの幻聴が聞こえたような気がしたんだが」
「幻聴でもなんでもないですので早くセネルさんをここに沈めてください」
「幻聴じゃなかったらそんなバカな話があるか!!セネルをここに沈めろだと?!そんなことしたら死んでしまうぞ…!!」
「ウィルさん!!」
「……ジェイ」
「今は僕の言う通りにしてください。おそらく今のこの状態のセネルさんを病院に連れて行ったところで何も変わりません。一番可能性があるのが、この方法なんです。さあ、早く!」



ジェイの言葉に、ウィルはもしかしたらと頭の中に過ることがあったが、それがあんまりにも信じられないことだったから、どこかぼんやりとする頭で、とりあえず水面に浮かばせるように、セネルの体を横たえさせた。
意識を失ったままただ息だけが荒く、おそらく相当発熱しているだろうこの体にこれ以上負担を掛けてはいけないのだからこんなことをしていてはいけないと思うのだが、冗談などではないジェイの雰囲気に、咎め立てることも、出来なくて。
本当は薄々どこかで気付いていたのかも、しれなかった。

眩い光が、滄我砲を止めたあの光が、脳裏に過る。
その華奢な体を支えていた自分の手を、そっと離したのは、それからすぐのことだった。



「―――これは…っ!」



海の中にたゆたう銀色の髪に、光が集う。
それはどこか幻想的な光景だった。
穏やかに水の中で呼吸を繰り返すことのできるその存在の名を、知らないとは、今更言えることでは、ない。



「…やっぱり、そういうことですか」
「ジェイ…これは、まさか…!」
「以前から疑問に思っていましたが、もう間違いありません」



驚きと、戸惑いと、けれどどこかで確かに感じている、「ああ、やっぱり」と言う妙な納得。
否定できる言葉の方が、持てなかった。
破滅の光を包み、空へと返したあの白銀の鳥の姿をした光は、この子どもの髪の色とよく似ていたと、確かに気付いていたと言うのに…どうして、今更。




「セネルさんはハーフなんです。水の民と陸の民の間に産まれた、二つの種族の血を引く、存在なんですよ」


















「狭間の子だと?あの男が?」



何をいきなり突拍子のないことを言ってるんだ耄碌爺め、とまでは言わないものの、それに近いことをワルターはいきなり呼び出された蜃気楼の宮殿内にある一室にて、マウリッツ相手にうっかりそんなことを思ってしまったのだが、それも仕方のない話だとそう思った。
冗談にしてもふざけた話だと、笑いすらも欠片もないそんな話に、しかしマウリッツは重要な話だとそうやって言うのだから、ワルターとしては眉間に凄まじく皺を寄せるぐらいしかなく、逆にどんな反応を取ればいいのか、それすらも分かりそうにない。
背を向けたまま話をするマウリッツを前に、ワルターは盛大に溜め息を吐いてわざとうんざりとした態度を見せ付けるように隠さなかった。
メルネス親衛隊隊長としての肩書も相俟って、ワルターは自身の水の民の血を誇りに思っているのだ。
そんなバカげた話をしている暇があるならさっさとオートマタの調整したいんだが、と言いたいものの、流石に長であるマウリッツにそこまでのことも出来ず、溜め息ぐらいしか吐けそうにない。



「妙な話をするんだな、マウリッツ。薄汚い陸の民と俺たち水の民との間で、子など成せる筈がない。この血を得ようと今まで陸の民達が何度か水の民を騙したこともあったが、全て滄我がその存在を許さなかったとよく話したのは、俺の勘違いでなければ、長だった筈だが」



顔を合わせようとしないマウリッツに向かってそう言えば、「それもまた否定はしない」とそんな言葉が返って来たのだから、ワルターは怪訝そうに顔を顰めてしまった。
何が言いたいのか、いまいち理解できそうにない。
こんな話をするのにまさか呼び出したんじゃあるまいな?とそんなことすら思えて仕方なかったのだが、冗談でもなく本気でこんな話をする為にわざわざ呼び出してくれたようで、今すぐワルターは心の底からオートマタ整備に戻りたかった。
与太話に付き合ってやる程、自分はお人好しではないことぐらい、知っているだろうに。



「陸の民と水の民とが、その間に子を成そうとしても滄我の意思は決して許さず、またそのような目的で近付いて来る陸の民は、更なる惨劇を望んでいるだけ。陸の民に心を許さず、近付くことなかれ。我々が心に刻んできた言葉だ。だがしかし、例外と言うのもまた、存在している。私と滄我しか知らないことだろう」
「その例外と言うのが、あの男だとでも言うのか?それこそあり得ない」
「セネルが我々と近い存在であることは、いくら言葉を並べても信じ難いことだろう。だがお前は知っている筈だ、ワルター。他の陸の民との、その差異に。違和感はずっと、感じていただろう?」
「………」
「セネルは他の陸の民とは違う。かと言って我々とも存在が違う、この世界で唯一の狭間の子だ。命を懸けて水の民を救い陸の民を殺めた人間に、慈悲の心で滄我がその存在を認めた、最初で最後の碧血を継ぐ子。…全てが良い様に作用していたのだろう。我々にとって、最も良き形でな」
「…どういうことだ?」
「ワルター、お前はこの全てが成し遂げられたその後、メルネスが居なくなり一体誰が民を導いていけるのか、不安に思ったことはないか」



そうやって聞かれれば、流石にそこで返答をしないと言うことも出来ず、ワルターも素直に「不安がないと言えば嘘になるが、大沈下をすると言うことはそういうことなのだろう」とそう返した。
シャーリィと言う少女のことが頭に過ったが、今はもう、そのことに感傷している場合ではない。
惜しむ時はもう過ぎてしまったのだ。
だからこそ、メルネスには成し遂げてもらわなくてはならないだろう。
……この胸の痛みも、気のせいだ。




「大沈下を起こしてもメルネスを失わない術が、我々には残されていると言ったら、どうする」



あんまりにもあり得ない話の連続に、ワルターは思わずぎょっと目を見開いて、今度こそ立ち尽くすことしか、出来なかった。
ゆっくりと、マウリッツが振り返る。
聞きたくないとこの心が思ったのも、全て気のせい、だ。



「狭間の子には一度だけ滄我をその身に宿すことが出来る。大沈下をセネルに起させ、幾万の同胞の血を吸った忌まわしき大地を全て消し去ったあと、メルネスが我々水の民を導いてくださる」
「!!」
「その為の任を、ワルター。お前に託したい」



信じられないことの連続で、頭が上手く、働いてくれない。
この男は、何を。
いま、何を。




「告げるだけでいい。その身に背負った業の深さに、あの子どもは必ず、器を滄我へ明け渡すことになる。…期待しているぞ、ワルター」



その瞬間が粛清の時だと喜ぶ同胞の声に、賛同できないとどうして今更、そんな言葉が。






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