どこか、体が軋んだような気がした。
耳の奥で聞こえたのは、漣。
きっと誰かの、声だった。

でも、一体誰の…?






「−−−こっの、バカ者がぁああああ!!!!」
「いっだぁーっ!!」



ぽか、とかコツン、なんて生易しいものではなく、ボカンッ!と。
お前それそんな音を立てといてなんで生きてんの?と思わず思ってしまうような鈍い音が響き渡ったのは、ノーマが押してしまったボタンのせいで、今までの人生を二回は振り返れただろう距離を昇降機で降りきってからのことだった。
全力でぶん殴ったらしいウィルの気はまだ済んでいないようで、怒りが突き抜けている状態を前に、あのモーゼスですらも大人しくしているのだから、何だかどうしようもない話である。
とばっちりを食らう前に、と辿り着いた地下空間の中で、クロエは辺りを見回してみたのだが、それはそれでちょっと現実逃避でもしてしまいたくなって仕方なかった。
空が閉じてるように見えるのもなかなかに認めたくないが、それにしても聞こえる音は、もしかしなくても。



「……海だ」



ポツリと呟くように言ったセネルの言葉に、ようやくノーマへの制裁も終えたらしいウィルも含め、全員が目の前に広がる静かに波打つ海を見て、呆然とするしか他に反応のしようがなかった。
こんなにも穏やかな海を、今まで見たことが、なかったから。
見入っていたと言っても良い時間の中で、「もしかして…」と小さな声でフェニモールが言った。
どこか彼女自身も半信半疑、と言った様子ではあったが、水の民であるからこそ、分かる。



「私達水の民の間に、ある言い伝えがあるんです。私達に恩恵を与えてくれる滄我とは別に、遺跡船にはもう1つ別の『滄我』がある、と」
「まさか、ならこの海が?!」
「はい、おそらくこの海がそのもう1つの『滄我』です。そして私達を歓迎している…海が穏やかなのは、『滄我』が私達を受け入れていることと一緒なんです。ここでならもしかすると、皆さんも爪術を使えるかもしれません!」



フェニモールが言ったその次の瞬間、ならば試してみよう!と張り切って言ったクロエを皮切りに、モーゼスにその『試し』がぶつけられるのは最早お決まり過ぎて誰も突っ込まなかったのだが(そっとライフボトルを使ってくれる相手も居ないのが、また二重に哀れだった)、確かに全員が爪術を使えるようではあった。
「おそらくこの空間でしか使えないでしょうが」と言ったジェイの言葉も碌に聞かずに上へ戻って水の民にフルボッコにされたモーゼスは放置するとして、とりあえずこの地下空間を調査することへ、話は進む。
ウィルの家にステラを1人で寝かせておくのも危険だったので海岸にキャンプを設置し、キュッポ達とフェニモールに残ってもらうことになったのだが、勘違いして勝手なことをしたモーゼスがステラを連れて来る間もずっと、海を見据えたままセネルが黙り込んでいたから、これにはクロエだけでなく全員が首を傾げた。
てっきりモーゼスがステラを連れて来ることに反論をするかと思っていたのだが、それにしてはどうも、反応がおかしい。



「どうしたんじゃ?セの字。何か変わったもんでも見えるんか?」



ステラを寝かせ、若干抜け切っていないダメージからアップルグミを食べながらモーゼスが言えば、そこでハッと我に返ったのかどこか慌ててセネルは振り返った。
その瞬間モーゼスを押し退けたクロエにフェニモールとノーマが何とも言えない顔をしたのだが、そこは突っ込んだら死んだ方がマシと思えるような目に合うこと間違いないので、言える筈もなく。



「どうしたんだ?クーリッジ。何か見えるのか?」



あえてモーゼスの問いから言い直しをしたクロエに、セネルの視界に入らない位置にまで移動してノーマが怯えてもいたのだが、クロエは勿論のことウィルも気にもしなかったのでスルーした。
と言うか、誰も突っ込める筈がなかった。
ジェイですらも若干顔を引き攣らせているクロエに対して、この分ならば下手なことしたら即死刑なのは分かりきった話過ぎるだろう。
容赦なく精神的に殺られると思われる。
…残念ながら変換ミスじゃないです。



「いや……何か聞こえたような気がしたんだが…気のせいだったみたいだ。悪い、クロエ」



済まなさそうに言ったセネルの言葉に、「ああ、本当に怖いのは天然なのか」と当人達を除いた全員の心が1つになったその瞬間だった。
結果無視されたモーゼスがいじけていることに鬱陶しいな、と思うよりも同情の方が勝ったのは、もう何とも言えない話過ぎるだろう。
余談だがステラの隣で添い寝していたグリューネは全員がスルーした。
自由人を止める術を誰か教えて下さい。



「それにしても一体どこから調べるべきか…灯台の下にこんな地下空間が広がっているとは思ってもいなかったが、決して狭いような広さではあるまい」
「闇雲に回っても体力を消耗するばかりでしょうね。ですが、こればっかりはどうしようもありません。まさかどこに行けば良いのか、なんて…」



見当もつきませんし、と。
ジェイが言い切るその前に、脳裏にふっとある情景が過ぎったのだから、これには全員が全員、何とも言えない表情になっていた。
妙な沈黙にかろうじてフェニモールが苦笑いをしている、ぐらいなのだが……正直これはないだろう、と思わずにはいられやしない。



「……今の、見えましたか?」



ジェイの言葉に、死んだ魚のような目をしたウィルが頷いたが、無表情なクロエよりマシだったので誰もツッコミはしなかった。
と言うよりも、あのモーゼスやセネルの目もウィルと同じようではあったし、何とも言えない沈黙の意図するところなど、限られていた。



「滄我が見せた、と言うことでしょうか…」
「今見えた場所に行け、と言うことか…」
「でもでも、行き先が分かっただけまだマシなんじゃない?」



あははは、と言ったノーマ自身も、この広がる地下空間に顔を引き攣らせていて、そして途方に暮れるしかなかった。
簡単に言うけど広い。
ここ広過ぎるよ、滄我ちん。



「…ここでジッとしていても、何か変わるわけでもありませんし、行きますか」



若干嫌そうに言ったジェイの言葉に、セネル達も同意して海岸を後にしたのだが、せめて方角ぐらい教えてくれよと文句でも言いたくなったのは、それからすぐのことだった。
運が無かったと言うべきか。



目的地であった火のモニュメントに辿り着いたのは、他の3カ所を回ってしまってからの、ようやくのことだった。





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