誰かが呼んでいる、声が聞こえたような気がした。
遠いのか、近いのか。
それすらも分からない波間に揺られ、ああ、でも確かに、聞こえたと思ったんだ。



『−−−とっても悲しそうな顔を、してるのね』

…だれ?

『一人で抱え込んでしまって、背負おうとして。とっても、辛そうな顔をしてるわ』

…別に、辛くなんかない。
シャーリィやステラ、みんなの方が俺なんかよりずっと、辛い思いをしてるんだ。
俺にそんな、資格なんてない。


いらない。


『でも、あなたはまるでこの世界を覆う海と、おんなじ顔をしてるわ』

……海?

『ずっと昔から泣いてるの…あなたには、聞こえないのかしらねぇ…』

そんなことを言われても、俺はシャーリィのように海の声が聞こえるわけじゃないから、無理だ。

『本当に?』

こんなことで、嘘なんか吐けない。

『海の泣いてる声は、聞こえない?分からない?』

分からない…とは、違うと、思う。
聞こえないけど…ああ、でも、知ってる。分かってる。



この蒼がずっと泣いていることを、俺は知っていたんだ。














「わ、わ、わ、ワルちんストーップ!あたしら別にそんな…って、あれ?」
「…………入り口に戻ってる、みたいですね」



状況判断なんて全く出来てやしかったのだが、あのままなら陸の民だと言うことで絶体絶命だと誰もが思っていただけに、いきなり風が吹き抜けたかと思えば入り口に戻ってました、とそんな展開にはジェイも含め全員が全員困惑するしかない。
瞬間移動するような術を誰かが持っているわけでもなかったので(別にダクトがあるわけでもないし)、どういうことだろうね?とノーマが首を傾げて聞くことには誰も答えれないのだが、ついつい放心状態になっているよりも、とあの時崖下へと消えて行った金と銀を思い出して、血の気が一瞬で引いた。
全身に嫌な倦怠感があるものの、そんなことより。



「クーリッジとフェニモールを探さないと!」
「あの高さから落ちたんじゃ…早う探さんとあの嬢ちゃんが居るとは言え不味いじゃろ?!」



足に上手く力が入らず、地面に座り込んでいたものの慌てて立ち上がってクロエとモーゼスがそう言った。まさにその時だった。




「あら、みんなセネルちゃんとフェニモールちゃんのこと呼んだぁ〜?」



場にそぐわないどころかあのジェイですらも全力で壁に頭を打ち付けたくなるような間の抜けた声に、意気込んだ2人はずっこけウィルとジェイは天を仰ぎ、唯一ノーマだけが嬉しそうに「グー姉さん!」と呼ぶことが出来ていた。
すぐに振り返ったノーマに倣い、なんとか気力を振り絞ってウィル達も振り返ったのだが、にっこり、微笑んだグリューネの腕の中に見えたのは、間違いなくあの銀髪で。



「クーリッジ!!」
「セネセネ!!」
「セの字ぃーっ!!なんちゅう役得じゃ!羨まし…っ」



仕様もないことをほざき掛けた…と言うかまんまほざいたモーゼスの後頭部に、ウィルがハンマー(武器名・パイルドライバー)をお見舞いしジェイがクナイを投げつけクロエが脳天に肘鉄を喰らわせ撃沈させていた。
息の合い過ぎる流れにノーマはさり気なく引いていたが、まあモーゼスなら死なないだろうと深くは突っ込もうとは思わなかった。
大丈夫だろう、多分。
そしてあんたら体怠くないの?とかは、確実に禁句。



「みんなで仲良くお散歩してたのねぇ〜。お姉さん、みんなを追いかけて来たのだけど、間に合ったかしら〜?」
「いや、別に散歩してたわけじゃないんだけど…じゃなくてグー姉さん!セネセネ…っ」
「…この人が溺れている私たちを、助けて下さったんです」
「フェニモール!良かった、無事だったんだな…!」



見事、地面とお友達にしたモーゼスは物の見事に放置と言うかなかったことにして、グリューネの側に居たフェニモールにクロエが本当に嬉しそうにそう言ったのを、えげつなっ!と無残なモーゼスを見てしまっただけにノーマはそう思ったが、口には出さずにどうにか耐えきることに成功した。
にこにこ笑みを浮かべたまま、グリューネはウィルにそっと抱きかかえていたセネルを渡す。
海に落ちたせいでセネルとそしてフェニモールはずぶ濡れだったが、水を吸っている筈だと言うのに、それでもウィルは思ってしまった。
−−−軽い、と。




「どうやら気を失っているだけのようですね…とにかく今はすぐにウェルテスに戻りましょう。いつまでもここに居ては、上に居る彼らが戻って来るのと鉢合わせになってしまいます」



鉢合わせたら最後、また彼らは殺そうとするからでしょうね。とその言葉だけは飲み込んだジェイに、フェニモールは察せない程馬鹿でもないから分かってしまったのだが、特に何か言うこともなく、目を瞑ったままのセネルを心配そうに見つめるばかりだった。






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